*33話 3ユニオン合同「井之頭公園メイズ」攻略⑬ 起死回生?


 「モンスタールーム」の罠が始まる直前、【隠形行】で姿を隠したのは、まぁ俺が悪いかもしれない。でも、事前に下打合せをする時間がなかったんだし、不可抗力だと思うんだ。しかも、結果的にドラゴニルヒーラーとドラゴニルアーチャーを仕留める事が出来たのだから、少し情状酌量があっても良いんじゃないかな? 少なくても、こんなやばいモンスターレッド・ドラゴニルを相手に単身で立ち回りを演じるような状況は釣り合わないと思う。


(――仕返しというのは冗談なのだ、戦略的思考に基づく役割分担なのだ)


 対してハム太はそんな感じの念話を送って来る。それで、


(気をらしていては本当にヤバイのだ、吾輩、今しばらく・・・・・は手助け出来ないのだ! こっちの4匹を片付けるまでコータ殿はこらえるのだ!)


 との事。まぁ、俺も別に気を逸らしてまで、頭の中で文句を言っている訳じゃない。というか、レッド・ドラゴニルを相手に気を逸らすなど、とてもじゃないが出来そうもない。


――ブゥンッ!


 今も、レッド・ドラゴニルが繰り出す鋸刃の斬撃を何とか躱すだけで精一杯だ。


「ギギィッ」


 レッド・ドラゴニルは、金属が擦れ合ったような声を発しつつ、鋸刃の大剣を手元に引き戻す。仲間の死体を両断した一撃以降、これまで怒涛の連続攻撃を打ち放ってきたが、俺はそれらを全て「逃げ」に徹することでしのいでいた。


 そのせいだろうか? この瞬間、レッド・ドラゴニルの雰囲気が変わった。同時にこれまで力任せに振るわれていた鋸刃の大剣が、下段と脇構えの中間的な位置でピタリと止まる。明らかにそれと分かる・・・・・・「構え」を取った格好だ。


 その状態で、レッド・ドラゴニルは左半身をグイと前のめり・・・・に傾斜させる。全力で踏み込んで一気に間合いを詰める魂胆だろうか? 逃げ回る俺に対して、そうはさせない、といったところか。


 どうする? これまでだって【能力値変換】を駆使して[敏捷]を普段の2倍に引き上げ、それで何とか逃げていたんだ。本気で間合いを詰められれば、どうしようも無い。


 どうする? 打って出るか? 


 【水属性魔法】から【隠形行】で姿を晦まし、【能力値変換】で「飛ぶ斬撃」を撃ちまくるか? それとも、逆に懐に飛び込んで捨て身の一撃をお見舞いするか? いや、ドラゴニルヒーラーにもダメージが上手く入らなかったんだ、それより強そうなレッド・ドラゴニルに攻撃が通用するだろうか? ――くそ、考えが纏まらない。


 そんな感じで俺は次の行動を決めきれない。対して、レッド・ドラゴニルの側は、そんな俺の様子を「怯んでいる」と受け取ったのか、前傾姿勢をまま大きく口を開けてわらうような形相に……いや、哂うんじゃなくて、息を吸っている? その証拠に爬虫類っぽい小さな鼻の穴まで大きく広がり、胸も明らかに大きく膨らんでいる。なんだ?


(ブレスが来るのだ、逃げるのだ!)


 え?


 そう思った瞬間、大きく開かれたレッド・ドラゴニルの口に灼熱色の光が灯る。そして、


――ゴォォォッ!


 瞬間、俺の視界はオレンジ色の炎と凄まじい熱に埋め尽くされていた。


*********************


「うわぁ!」


 その瞬間、何をどうしたか? などと言う記憶は無い。「逃げなければ死ぬ!」という本能的な直感があっただけだ。後になって思うに、その本能的な意識の働きが無自覚に【能力値変換】を発動させたのだろう。結果として、レッド・ドラゴニルが吐き出した炎の息ファイアブレスに呑み込まれる寸前、俺は炎の塊を右へ跳んで躱していた。


 ただ、至近距離で完全に不意を突いた攻撃だ。躱そうとして躱し切れるものじゃない。その証拠に、刺すような鋭い痛みと熱を左の手足に感じる。見れば左の手足を護っていた[乙式3型四肢防具]からブスブスと燻るような煙が上がっている。CFRP製の装甲は表面が泡立つように溶け、化繊の下地も半分溶けたようになって煙を上げている。


 その様子を見取ったところで、不意に刺すような刺激臭が鼻を突いた。化繊が焼け焦げる匂いに、別のきな臭さ・・・・が混じる。それで嗅覚が働きを取り戻すと、今度は俄然痛覚が主張を始める。最初は手足の先端に激痛を感じたが、今はそれが広がって左の手足全体と側頭部に無数の針を突き刺されたような痛みが走る。身悶えするような激痛だ。


 咄嗟に「ポーションを」と思うが、それをバックパックから取り出す余裕は無かった。というのも、炎の息ファイアブレスを放ったレッド・ドラゴニルは、手を緩めることなく、俺に斬りかかって来たからだ。


「ひっ!」


 半身を起こした状態の俺。その頭上に迫るのは赤銅色の鋸刃の大剣。俺はもう、殆ど悲鳴に近い声を上げて、その刃から必死に逃れる。左の手足に力が入らないため、右足一本で飛び退いて、無様に床に転がる。無茶苦茶に、我武者羅に、必死の思いで床を転がりまくる・・・。そして、その勢いを利用して上体を起こし、床に中腰の体勢となり、これまで取り落とすことなく持ち続けていた太刀[幻光]を右手一本で構える。


 だが、そんな俺の動きはレッド・ドラゴニルにとって、まるで死に掛けの鼠が藻掻く程度の事でしかなかった。


「キェェェッ!」


 見上げる視界には、大上段に大剣を振りかぶったレッド・ドラゴニルの姿。裂帛れっぱくの気合は俺を完全に間合いに捉えた証拠か。咄嗟に更に後ろへ逃げようとするが、そんな俺の背中に、無情にも壁の感触が伝わる。いつの間にか壁際へと追い詰められていたようだ。


「くそぉ!」


 逃げ場がないと分かった時、俺の肚に急に激しい怒りが沸いて来た。俺を殺そうとするレッド・ドラゴニルに対する怒りなのか? それとも、ここで無様に殺されてしまう自分自身への怒りだろうか? 良く分からない。だが、そんな事はどうでも良い。俺は、振り下ろされる鋸刃の大剣に向かい、怒りに任せて太刀[幻光]を振り上げていた。


 その瞬間、またも無意識に【能力値変換】が発動していたのだろう。[力]を極限まで上昇させた状態で振り上げた太刀[幻光]は火花を散らして赤銅色の鋸刃の大剣を受け止める。


――ガキィィンッ!


 鋸刃の大剣の中ほどに、[幻光]の切っ先3寸ものうちどころ・・・・・・・の刃が喰い込む。いや、両方の剣が互いに刀身に半ばまで斬り込み、それでお互いの刀身を喰い合うように止まっているのだ。


「キェィ!」


 思わぬ抵抗に、レッド・ドラゴニルは苛立ったような声を上げる。そして、力任せに鋸刃の大剣を振り払う。その拍子に太刀[幻光]は俺の右手を離れて床に転がる。絶体絶命の状態。「クソッ垂れ!」と思うが、案外[受託業者]の最期なんてこんなものかもしれない。そう思うと、なんだが全部を諦められる気がしてきた。ただ、


(里奈には、ちょっと悪いかな……)


 というのが心残りではある。後日連絡をする、と言っていた里奈から今のところ連絡は無い。


――そっちに無くても、私にはあるの――


 と言っていた、そんな里奈の言いたい事・・・・・を聞いてやれなかったのは、まぁ、申し訳ない気がする。


 目の前には改めて赤銅色の鋸刃の大剣を上段に構え直すレッド・ドラゴニルの姿。まるで時代劇の切腹シーンに出てくる介錯人のような所作に、自分の事ながら滑稽さまで感じてしまう。だから、


「……さっさと、やれよ……トカゲ野郎」


 柄にもなく、つい煽ってしまう。流石に言葉は通じないだろうが、俺の一言でレッド・ドラゴニルは柄の握りを改めた。そして、トドメの一撃が「来る!」と思った瞬間だった。


「隙ありなのだ! 聖剣技大薙ぎ胴ギガ・スラッシュ!」


 ハム太の口上と共に生じた衝撃波。俺は、倒れ込んで来たレッド・ドラゴニルの下半身・・・と共に、その衝撃波に揉みクチャにされていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る