*32話 3ユニオン合同「井之頭公園メイズ」攻略⑫ レッド・ドラゴニル


 俺がハム太援護のために「飛ぶ斬撃」に取り掛かろうとした瞬間、それを押し止めたのはハム太の念話だった。


 どういうこと? と思うが、その疑問に対してハム太は、


(この程度で吾輩が押されていると思われては心外なのだ!)


 とのこと。いや、どう見ても手詰まり感が出まくりなんだけど。


(今はこの4匹を引きつけながら、残り3匹の内、厄介なの・・・・を斃す準備中なのだ――説明が面倒なのだ!)


 ハム太は、そこで念話を止めると、代わりに思念そのものをイメージとして送り込んで来た。「イメージを直接見せる」というのは、受け手側の[抵抗]が十分に高くなければパニックを引き起こす(らしいbyハム美)。ただ、それさえ乗り切れば「百聞は一見にしかず」を地で行く情報量を得られる。


 それで、この時ハム太が見せたイメージは、つまり、4匹の近接ドラゴニルを引き付けつつ、後衛の2匹(弓持ちと錫杖持ち)に対して先に仕掛けようとしている、というもの。弓持ちの射撃が厄介なのはどのモンスターでも変わりないが、この場合ハム太は特に錫杖持ちのドラゴニルを警戒している。その理由は、この錫杖持ちドラゴニルが持っている【回復魔法:中級】にある。このスキルを自由にしておくと、どれだけダメージを与えても即死級の攻撃以外はそれなりに回復されてしまう。だからこそ、


(ドラゴニルヒーラーを先に斃すのだ!)


 となる。


 ちなみに、戦闘開始直前に俺が【隠形行】で姿を隠した件については、


(信頼関係に多少ヒビが入ったが、根に持っていないのだ、吾輩さわやかな聖騎士なのだ)


 「根に持っていない」って本当か? とも思うが、結果オーライらしい。まぁ、あの4匹の近接ドラゴニルの猛攻を見るに、俺だと対処しきれない可能性が高いし仕方ない。


(とにかく、吾輩が弓持ちに仕掛けるのと同時に、コータ殿はヒーラーを斃すのだ!)


 相変わらず、広間の隅で4匹の近接ドラゴニルと鬼ごっこのような戦いを繰り広げるハム太は、そんな念話を送って来る。


 この状況では選択の余地無し。俺は「分かった」と心の中で念じつつ、【隠形行】を維持したまま、そろりそろりとドラゴニルヒーラーの背後へ回り込む。


 この時のドラゴニル達の立ち位置は、近接4匹がハム太を手前側の隅へ追い詰め、一方後衛のヒーラーアーチャーは奥の壁に近い場所に陣取っている。両者の距離は15m程度か。


 一方、1匹だけ体色が異なるレッド・ドラゴニルは、そんな後衛2匹よりも更に後ろ、奥の壁に背中を預ける格好で赤銅色の鋸刃大剣を杖のようにして立っている。その姿は完全に気を抜いているように見えるが、それでいて隙が無いようにも見える。全身から何とも言えない「強者のオーラ」が立ち上っているような錯覚すら覚える。「こりゃかなわない」と本能が伝える感じだ。


 ただ、立ち位置的にヒーラーに仕掛けると、そのレッド・ドラゴニルにも接近しなければならない。だからこそ、攻撃は一撃離脱で、直ぐに距離を取れるようにしなければならない。と、ここで、


(準備はいいのだ? コータ殿)


 とハム太の念話。対して俺は、ドラゴニルヒーラーの側面を取った状態。レッド・ドラゴニルが怖くて背後まで回り切れなかったけど、多分オッケー。準備完了だ。


(では、321で行くのだ! 3、2――)


 ちょっと早いって! と抗議を伝える暇もなく、ハム太はカウントダウンを始める。俺は無理矢理覚悟を決めて【能力値変換】「[理力]、[抵抗]の半分を[敏捷]へ」と念じる。そして、


(1! 聖剣技大突ホーリーチャージ!)


 ハム太の(いちいち技の名前まで送って来る)念話を合図に、俺は一気に距離を詰める。目標は完全に油断しているドラゴニルヒーラー。一瞬で距離を詰め切り、脇構えに付けた太刀[幻光]を横一閃に振り抜く。


――ガキィ!


 と言う硬い手応え。


 同時に近くで「ドォンッ!」と轟音が響く。轟音はハム太がドラゴニルAに向けて放った「飛ぶ刺突」によるもの。以前、小金井緑地公園でレッドメーンに放ったのと同じ技だ。レッドメーンの胴に大穴を開ける威力だから、多分仕留めただろう。


 と、それは良い。それよりも問題は俺の方だ。今の一撃で俺はドラゴニルHを仕留め切れていない。


「グオォォン!」


 仰け反るドラゴニルHの首はザックリと斬れているが、即死級の傷とは言い難い。斬った瞬間、硬い外皮(というか鱗か?)に阻まれ、[幻光]の刃は後一寸いっすんの斬り込みが足りなかった。太刀を叩き込む[力]が足りなかった感じだ。


「くそっ!」


 毒づきつつも、振り抜いた太刀を手元に引き戻す。そして「[敏捷]の半分を[力]へ」と念じつつ、仰け反ってがら空きになった胴へ刀身を寝かした平突きを叩き込む。狙いは鳩尾みぞおちの左上。人間と同じ構造なら、この場所に心臓が有るはず。果たして結果は、


「ギャオッ!」


 【能力値変換】で[敏捷]から[力]へ数値を振り替えた結果、太刀[幻光]の切っ先は硬い鱗状の外皮を突き通し、奥の心臓を穿って背中に抜ける・・・・・・。ドラゴニルHは断末魔と共に大きく身体を痙攣させて力尽きる。しかし、


「――しまっ!」


 次の瞬間、俺はどうしようもない自分のミスを悟った。それは、太刀を必要以上に深く突き立ててしまった事。そして、大切な[敏捷]を[力]に割り振ってしまった事。これでは一撃離脱など出来るはずもない。また、こんな失敗をレッド・ドラゴニルが見逃すはずも無い。


「キエェェェ!」


 次の瞬間、俺は迫り来る殺気の塊・・・・に対して、反射的に身をすくめていた。


*********************


――ズバンッ!


 身を竦めた俺の頭上を、赤銅色の鋸刃が紙一重で掠めて行く。結果的に身が竦んだ事に助けられた。この瞬間、俺はドラゴニルHの身体に残った太刀[幻光]を引き抜こうとして間に合わず、咄嗟にその死体を盾のようにして身を庇ったのだが、レッド・ドラゴニルは構わずに鋸刃大剣を振り抜いたようだ。その結果は凄まじい。


「マジか!」


 と思わず驚愕の声が出る。それもそのはず。固い鱗肌に守られていたドラゴニルHの死体が、今の一撃で横一文字に両断されていたからだ。胸から上で上下泣き別れ・・・・となったドラゴニルHの半身が文字通り血の雨を周囲に振り撒く。その赤い飛沫しぶきの向こう側で、レッド・ドラゴニルは爬虫類の顔にいびつな表情を浮かべている。わらっているのか?


「くそ!」


 今の一撃で太刀[幻光]をドラゴニルHの死体から引き抜くことができた。その点だけが唯一救いか? とにかく、俺は太刀[幻光]を手元に引き寄せ、正眼に構えつつ後ろへ下がる。


 立ち会う時、気迫で負けていては先ず勝てない。そんな事は重々承知しているが、それでも俺は安全と思える距離まで間合いを取りたくて後ろへ下がる。そして、下がった分だけ間合いを詰められ、それが焦りとなる。どうする? どうできる? と言う疑問が焦りと共に頭の中を駆け巡る。


 と、この時、俺の頭の中に響いたのはハム太の【念話】。そうだ、ハム太に援護を――


(コータ殿、しばらくレッド・ドラゴニルを押さえていて欲しいのだ!)


 マジかよ! 


(流石に4匹相手だと少し時間がかかるのだ、よろしくなのだ! ガチャ!)


 確かに4匹相手だと時間が掛かるのは分かるけど、って言うか、能々よくよく考えたら、さっきの作戦って、こうなる・・・・未来が織り込み済みだったのか? あと、最後の「ガチャ!」てなんだよ、電話を切る音のつもりか!


(……隠形行の仕返しなのだ)


 ハム太のヤロー、やっぱり根に持っていたのか……


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