*31話 3ユニオン合同「井之頭公園メイズ」攻略⑪ 14.5層? モンスタールーム


 不思議な感覚だった。足元の床が抜け、「ストン」という感じで落下した俺は、「あっ」と思った時には見覚えの無い場所に立っていた。途中までは落下感が有ったが、視界が暗転した次の瞬間には、もうこの場所に立っていた。床に墜落するような衝撃や痛みは全くない。


「どうなってるんだ?」


 まず咄嗟に頭上を見上げるが、自分が落ちて来たような穴の形跡はない。これ迄と同じ「井之頭公園中規模メイズ」特有の土壁風の天井が有るだけだ。それで改めて周囲を見渡す。これ迄よりも周囲が薄暗く感じるのは気のせいか? 


 見渡した結果、この場所が横に長く縦に短い小部屋としか言いようの無い部屋状の空間だと分かった。3mx10mくらいの空間。しかし、困ったことに出口に相当する構造が見当たらない。とここで、耳元からハム太の声が上がる。


14層半・・・・……落とし穴の罠だったのだ……吾輩としたことが、不覚なのだ」


 14層で落とし穴に嵌まった結果、14と15の中間の場所に落下してきた、といったところか。


「落下というよりも転送と言うべきなのだ」


 まぁ、落ちて来た穴が無いからそうなるか……って、この状況だと、外に出られないじゃん! もしかして……


「ここで飢え死にさせる、って感じの罠なのか?」


 言ってから自分でもゾッとする。まぁ、ハム太の【収納空間(省)】の中には多分2か月は持つ分の食料や水がストックされている。でも、出られなければ結果は同じだ。いや、反って食料が有る分、生存期間が引き延ばされて余計に残酷な気が……


「落ち着くのだ!」


 とここで珍しく鋭い声を発したハム太は、背中のバックパックからヒョイッと床に飛び降りると、周囲に藪睨みの視線を向ける。両手(前足)をキワキワと動かしながら微妙にピントが合っていない風の視線を方々へ向けているが、こういう場合のハム太は大体【鑑定(省)】を使っている。この場合もそのようだった。


「うむ……正面の壁の向こう・・・・・に何か居るのだ。つまり、これは『魔物の間』の罠。こちらの世界・・・・・・風に言うと『モンスタールーム』なのだ」


 は?


「コータ殿は時々呑み込みが悪くなるのだ……つまり、この先のモンスターを斃せば出られるのだ」


 ハム太がそう言った瞬間、正面の壁に赤い燐光で何か文字のようなものが浮かび上がる。浮かび上がった文字は、一定のリズムで姿を変えているように見える。


「む? あちらの世界・・・・・・の文字なのだ」

「なんて書いてあるんだ?」

「15、14、13……カウントダウンなのだ」

「え? じゃぁ――」

「備えるのだ、10、9、8――」

「なんて唐突な!」

「剣を抜くのだ、可成り強敵が出るから覚悟するのだ!」


 見ればハム太はいつの間にか例の甲冑姿になっており、その手にはハムスターサイズの長剣が握られている。どうやらやる気・・・らしい。ならば、俺も!


「2、1、0!」


 その瞬間、目の前の壁に浮かび上がっていた赤い燐光の文字は3度ほど点滅。そして、フッと壁ごと消えた・・・・・・


「来るのだ!」


 オッケー! ハム太、頑張ってくれ!


 という事で、俺はこの瞬間、スキル【隠形行Lv3】を発動。


 ――【隠形行Lv4】――


 おっと、レベルが上がったようだ。


*********************


「きえぇぇぇぇっ!」


 とか、


「うらぁぁぁぁっ!」


 とか、


「こなくそおぉぉぉぉ!」


 とか、ハム太の気合の声が響く。


「ひきょうものぉぉぉぉ!」


 最後のは俺の事だな……頑張れ、ハム太!


 正面の壁が消滅した結果、目の前は一気に開けて10mx30mの広い空間になっていた。雰囲気的には霧台メイズの5層を少し狭くした感じだ。その広間に居たのは7匹のモンスター。人型のシルエットをしているが、コボルトやゴブリン、豚顔オークとはまるで外観が異なる。


 後でハム太に聞いた所、それらは亜竜人ドラゴニルという系統のモンスターだという。別に蜥蜴人リザードンというモンスターが存在するが、それらの上位種族になるらしい。ちなみに16層辺りから出現する蜥蜴人リザードンに対して、亜竜人ドラゴニルが出現するのは18層以降とのこと。また、同じ階層で出現しても蜥蜴人より亜竜人の方が圧倒的に強いらしい。


 亜竜人は、ドラゴンの名を冠しているだけあって、強力な身体能力に加え、防具が不要なほど固い外皮と鱗を備えている。その上、【統率】【眷属強化】【連携】といった厄介な集団戦用スキルや中級相当の【属性魔法】を使い、中には竜息ブレス攻撃が出来る個体も居るとのこと(全部、後から聞いた話で、戦闘中は知る由も無かったけど)。


 そんな亜竜人だが、今目の前に居る連中は下級種に分類されるレッサー・ドラゴニルが6匹と、中級種のレッド・ドラゴニル1匹という取り合わせだった。ちなみに中級種のレッド・ドラゴニルは往々にして20層の番人センチネルモンスターになる場合が多いらしい。


 6匹のレッサー・ドラゴニルは盾持ちが2匹、槍持ちが2匹、弓持ちが1匹、錫杖のような棒(杖?)を持っているのが1匹、という組み合わせ。そして後方に控えるレッド・ドラゴニルは赤銅色ののこぎりのような大剣を持ち、泰然として戦況を眺めている。


 戦いは、盾持ちドラゴニル2匹と槍持ちドラゴニル2匹の計4匹がハム太に挑みかかっている状況。ただ、やたらとすばしっこい・・・・・・ハム太を捉えきれずにいる。考えてみれば当然だが、鼠サイズの相手に対して槍やら剣やらを持ち出しても、上手く行かないのは道理だろう。「鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん」の言葉通りだ。それにハム太は(自称)メラノア王国の聖騎士で、且つ異世界大賢者(兼勇者)大輝が造り出した造魔生物だ。そんじょそこらの喋るだけのハムスターとは訳が違う。今も、(口では文句を言いつつも)嵐のような猛攻をひらりひらりと躱しながら、チクチクと反撃を行っている。


 ただ、ドラゴニルの攻撃がハム太に当たらないのことの裏返しとして、ハム太のハムスターサイズの長剣ではドラゴニルに有効なダメージを与えられないのも又道理。結果として、ハム太は徐々に左側の壁へと追い立てられている。


 「当たらなければ、どうという事は無い攻撃」vs「当たってもどうという事は無い攻撃」的な状況。どっちが有利かは冷静に考えなくても分かる。現に4匹のドラゴニルは徐々に大胆な攻撃を見せるようになった。遂には鉤爪の鋭い両手で直接ハム太を捕えようし始める。


 流石にこのままはマズイかな……と思う俺。現在ハム太とは反対の右側の壁際に張り付いて【隠形行Lv4】を維持している。ハム太がサクっと終わらせてくれるかな? と期待したのだけど、そうは問屋が卸さないらしい。でも、明らかに強そうなモンスターを相手に、俺の力で通用するかな?


「ふぎょっ! ふぎゃぁ!」


 対してハム太はいよいよ部屋の隅に追い詰められている。それでも、無遠慮に突き出されるドラゴニルの腕を(変な声を上げながら)躱している。まぁ凄いけど……時間の問題か。


 しゃーない、不意打ちで行くか。


 俺は、そう決心すると太刀[幻光]を握り直す。やるなら【能力値変換】からの「飛ぶ斬撃」。それを重ねまくった上で、足りなければ[敏捷]と[力]を上げて接近戦に持ち込もう。見る限り、盾持ち2匹の防御力は厄介だが、不意を突ければなんとかなりそうだ。よし!


(待った、待った! コータ殿、待った、なのだ!)


 え?

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