*28話 3ユニオン合同「井之頭公園メイズ」攻略⑧ 夜のメイズの過ごし方


「あ~、疲れたな!」

「本当に疲れましたぁ」

「こここっコータ先輩がぽポっポ、ポンコツになるから」

「どうも、すみませんね!」

「ポンコツか、ハハハ、こりゃイイわ」

「そんな事ないですよ! 大丈夫ですよ、コータ先輩。気にしないでください」

「どうも……すみません……」


 というのは[チーム岡本]内の会話。場所は10層で時刻は20:30の少し前。状況としては1日の活動を終えてベースキャンプの10層へ戻って来た、というもの。


 結局、スキル【能力値変換】の過負荷発動オーバーロードによる後遺症は、あの後3時間ほどで通常の状態に戻った。ただ、元に戻るまでの3時間は可成り苦労をさせられたし、他の面々に苦労を掛ける事になった。その結果、飯田から「ポンコツ」呼ばわりされているのだけど、悔しいが反論できない。


 ちなみにこの件については、岡本さんから「そう言うのは、分かった時点で言ってくれ」と注意されている。久しぶりに上司に叱られた気分になったが、ド正論過ぎて反論の余地がない。


 まぁ、一応自己弁護(?)をするならば、状態的にはPTメンバーの1人が【弱化魔法デバフ】を受けた状態を疑似体感することが出来た訳だから、そんな状況下で「PTの戦力がどれだけ落ちるか? どうやってカバーするか?」を検証することが出来た、と言える(我ながら苦しい言い訳だ)。結果的に岡本さんの【戦技(前衛職)】が高性能な事と、飯田の【2属性魔法:中級】が洒落にならない猛威を振るった事と、そして何より朱音の射撃技術と風属性矢の取り合わせが凶悪過ぎる攻撃性能である事を再証明することになった。


 また、俺は俺で「全能力値3割減」というほぼ魔坑外套の恩恵が無くなった状態で戦うと「どんな感じに成るか」を知る事が出来た。結果はダメダメだったが、だからこそ、最近サボりがちになっていた道場通いを再開しようと決心することが出来た。ちょっと豪志ごうし先生に顔を合わせ辛いけど……この際「いや~お久しぶりです!」で乗り切ろうと思う。


*********************


 そんな感じで反省をしつつ、その傍らで野営(メイズの中でも野営で良いのか?)の準備を進める。ざっと見渡してやたらに・・・・広い10層の思い思いの場所に各ユニオン・PTが設営をしている。


 こうやって見ると、各自で野営の準備は個性が出ると思う。


 例えば、普段から調布ビルメイズに週4で籠っているという[CMBユニオン]のおっちゃん達は、3PTが夫々それぞれ1台リアカーを持っており、それに必要な荷物一式を積み込んでいる。リアカーだから階段を移動する時だけ手間が掛かるが、その手間を補って余りある積載量の優秀さだ。これは[DOTユニオン]でも取り入れたいと思う。


 そうやって大量の物資を運び込める[CMBユニオン]だが、野営装備は至ってシンプルで、各自の寝袋とエアーマットだけだった。嵩張かさばるテント類を持っていないのは、男所帯だからこそ、といったところか。まぁ、通年気温も湿度も余り変化しないメイズの中、夜露に濡れることも雨の心配もないのだから、これはこれでアリだ。


 そんな割り切りで野営装備を簡略化した[CMBユニオン]だが、そうやって出来た積載スペースにはぎっしりと「アルコール類」が積まれている。全員が吞兵衛気質のおっちゃん達だけど、それにしても今回1泊2日の予定に対して量が多すぎる。ただ、これには理由があって、


「だって、一回潜ったら出るのが面倒だろ。だから、15層をやった後も2日間ほど残るよ」


 とのことだった。ちなみに普段の活動が4日間なのも、持ち込めるお酒の量がネックになっての事らしい。


 それで[CMBユニオン]のおっちゃん達はさっさと野営準備を終えると、早速酒盛りを開始している。レトルトパックの牛丼をつまみに焼酎を飲んでいるが……あんなに紅ショウガを入れたら、中身の半分は紅ショウガだろう。まぁ、どうやら美味しいらしいので、何よりだ。


 一方[月下PT]はと言うと、以前の「小金井・府中事件」を除けば、普段はメイズ内に泊まることは無いらしい。なので、野営装備はこなれていない・・・・・・・。全員が1人用のドームテントを持っているし、飲み物・食べ物類も各人が思い思いに準備した感じだ。ただ、流石に金満・金持ちPTだけあって、装備類はどれも一流ブランドの物ばかり。中には本格的な雪山登山で使われるようなテントを持っている人もいる。寝袋だけで寝る気満々の[CMBユニオン]の隣で、ゴツイテントを懸命に組み立てようとしている月下PTの光景は、ちょっとチグハグで面白い。


 と、そんなよそ様・・・の光景を観察している[DOTユニオン]だが、野営の装備は[CMBユニオン]と[月下PT]の折中的なモノになっている。メンバーに女性が3人いる事から、彼女達用のドームテントが1つ。その他の面々はCMB同様に床にエアマットと寝袋だ。それに食料や飲料水、簡易トイレセット等を1泊2日に合わせた分だけ持ち込んでいる。荷物は基本的に14人で手分けして10層に運び込んでいる。


 食事に関しては自衛隊の「戦闘糧食」にならい、レトルト一択。ただ、初日の昼はコンビニ弁当になる事もある。飲料水に関しては基本的には「水」だけ。その他の嗜好性の食品類は各自の積載量と相談して持ち込む感じだ。1泊2日の活動を開始した当初は、他にも色々持ち込んでいたが、今はすっかり無駄を省いて洗練された(味気無いとも言う)準備になっている。まぁ、小学生の遠足じゃないから、仕事だと思えばこんなものだろう。


 ただ、これは[DOTユニオン]として活動する時に限った話。[チーム岡本]単独で活動する場合は話が違ってくる。


 現在[チーム岡本]は単独活動として水・木の1泊2日で各地の小規模メイズに籠っている。その活動中の野営時は、ハム太が持つ【収納空間(省)】の性能を遺憾なく発揮し、ちょっとしたレジャーキャンプも顔負けの快適さをエンジョイしている。現時点では、他の[受託業者]にも5層泊まり込み組・・・・・・・・は居るものの、10層でそれをやるPTは無いので、人目をはばからずにやっている感じだ。


 まず食事だが、これは調理器具も材料も全て収納しているため、普通に出来上がりたてを食べることが出来る。最近は1周回って・・・・・カレーブームが再来している感じだ。まぁ結局キャンプ飯の定番になっているが、俺は前日から仕込みを行い、鍋ごとハム太に収納してもらっているので、キャンプ場で作るカレーとは一線を画している。


 一方、テントやベッドについては今とそれほど変わりが無い。この辺に改善の余地があるのは確かで、現在[チーム岡本]ではトレーラーハウスかキャンピングカーを買うかどうかが話題になっている。お値段1,500万円前後と少々お高いが、4人で割ると400万円弱。別に悪い買い物ではないと思う。目下最大の難関は俺の妹千尋と、岡本さんの奥さん鳴海さんを説得すること。それさえクリアすれば、購入を妨げる障害は無い。


(DOTユニオンの時は、吾輩詰まらないのだ)


 とハム太が不満を漏らすのは分かるが、生憎【収納空間(省)】は現代社会の仕組みを大きく乱すスキルだ。とてもじゃないが、それをおおやけにすることは出来ない。まぁ、同じスキルの通常版・・・を持っている朴木太一ほうのきたいちの動向次第かもしれないが……そういえば、田中社長も手島も、その朴木と相棒(?)の金元恵かねもとめぐみが行方不明だと言っていたけど、あの話って、その後どうなったのだろう?


(もっと【収納空間】が普及すれば、吾輩も日の目を見ることができるのだ?)


 いや、残念だけどそれは無いぞ。だって、そもそもハム太の存在自体が「喋るハムスター」なので規格外過ぎて他人に知られるのはマズイだろ。バレたら最悪実験動物だ。最終的には解剖されて標本になる。


(ずっと日陰者で良いのだ……)


 だよな。まぁ、これが終わったらチー鱈でも買ってやるよ。


(北海道クッシャラ村産カマンベールチーズとオホーツク海産の鱈で作った生チー鱈が良いのだ)


 ……それって、最早チー鱈ではなく、チーズ蒲鉾な気がするんだけど、まぁいいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る