*19話 里奈の笑顔
行きがかり上、一緒に昼食をする事になった俺と里奈は、ビルを出ると下北沢駅の方へ向けて歩く。外の人通りは相変わらずの
ちなみに、ビルの外に出た辺りで、俺のスマホに圏外だった間の着信を知らせるメッセージが入った。見ると、岡本さんから2回、朱音から6回、千尋から2回、飯田から1回の着信があった様子。まぁ、今日俺が下北沢の田中興業に行っている事は全員が知っているので、[管理機構アラート]を見て連絡してきたのだろう。
それで、グループチャットアプリの方に
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[下北沢メイズ]の件、終わりました。
詳しくは日曜に話します。
コータ
PS.ポーション買取りのお金もその時に
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とメッセージを送っておいた。考えてみれば、メイズに入る直前に公衆電話から岡本さんにでも事情を説明しておいた方が良かったかも、と思うが、まぁ仕方ない。ちょっと心配させたようで悪い気がするが、そこはもう謝るしかないだろう。
「どうしたの?」
「ああ、PTのみんなが心配してたみたいで」
「そう……皆さんお元気?」
「元気だよ、あぁ、そう言えば岡本さんがマンション買ったって――」
などと言う雑談をしながら通りを歩く俺と里奈は、結局昼食を駅前のファミレスで済ませる事になった。
時刻は既に14:00近く。何処へ行こうか? と考えた時、咄嗟に浮かんだのは以前、里奈と千尋と3人で食事をしたイタリアンのカフェレストラン。ただ、2人ともメイズ帰りだし、ちゃんとしたお洒落っぽい場所で食事をするような格好をしていない。
里奈は以前の公務員っぽいパンツスーツ姿ではなく、裾を絞ったコットンパンツにシャツとブルゾンという動き易さを重視した組み合わせ。足元に至っては
まぁ、ジーンズにパーカーでスニーカー履きの俺も、むさ苦しさでは似たようなもの。ということで、結局は目についた駅前のファミレスに入ることになったわけだ。
「流石に腹が減ったよ」
俺はそんな事を言いつつ、ジャンボハンバーグ(300g)セット・ライス大を頼む。すると里奈が、
「あ、私も同じので」
と言う。言ってから、少し照れたように、
「私だって、腹ペコよ」
との事。それで思わず俺が笑うと、里奈も釣られて笑う感じになる。
「あんな感じでモンスターを斃しておいて、よくひき肉料理が食べられるな」
「なっ! そういう事言わないでよ、なんだかガサツな人間みたいじゃない」
「いや、大したもんだなぁって」
「それ、全然褒めてない」
「いやいや、凄いよ、里奈スゴイ」
「馬鹿にして……」
って……なんだろう、この会話の感じ。1月からの3月までの音信不通や、今日4か月振りに面と向かって会っている事を、全部「あれ?
「でも、なんだか久しぶりって気がしないわね」
とは一連の会話終わりに里奈が言った言葉。どうやら里奈も俺と同じ様に感じていたようだった。
「そうだな――」
里奈と感覚を共有出来ているのは素直に嬉しいと思う。ただ、そうなると、どうしても1月の
(コータ殿、覚悟を決めるのだ――)
(里奈様もそのつもりニャン――)
なぁ、ハム太とハム美。ちょっとの間だけで良いから、思考に割り込まないでくれないか。あと、ハム美は里奈と【念話】を繋いで、彼女が何を考えているかを盗み見るのもナシだ。本当はちょっとお願いしたい位の誘惑があるけど、そうやって他人の内面を盗み見るのは、特に里奈に対しては「絶対にやってはいけない事」だから。
(イージーモードは捨てるのだ?)
(……分かったニャン、ハム太お兄様、しばらく黙って見守るニャン)
(分かったのだ、こっちはこっちで、積もる話もあるのだ)
2人(?)はそんな【念話】を最後に、意識を遮断してくれた。礼を言うような話じゃないかもしれないけど、この時は素直にありがとうと思った。
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その後は運ばれてきたハンバーグセットを食べつつ、お互い近況報告や雑談レベルの話をして時間が過ぎて行く。俺としては「言いたい事」と「言うべき事」を抱え込んで、それを切り出すタイミングを探す時間になった。
ただ、少し不思議な印象だが、どうも里奈の方も何か言いたい事がある様子に見えた。勿論勘違いかもしれないけど、俺は里奈の些細な様子からそう感じ取った。そして、その印象はどうやら正しかった。というのも、
「ねぇコータ、あの夜の事だけど」
食後の紅茶を一口啜って、里奈は踏ん切りを付けたように切り出した。対して俺は「どの夜?」と
「うん」
と答える。
「その前に……色々とつらく当たってゴメンなさい」
「いや、いいよ。仕方ない事だと思っているから」
言葉通りだ。突然
「それで……でも、やっぱり大輝と話が出来て、本当に良かったと思ってるわ」
「そうか」
「死んだんじゃなくて、別の世界で元気にやっていたって、そう知れただけで、私はもう十分よ」
「もう十分」と言うところで、言葉に力を籠める里奈。そんな里奈は、そこで一拍間を置くと、
「随分と青春を引きずっちゃったけど『時間は前にしか進まない』って、当然の事を言われちゃったわ」
「大輝に、か?」
「うん……『自分がそうだったように、今ある未来を生きて欲しい』って、私にもコータにも」
「
「ほんと、そうね……でも、お陰で忘れた気になっていて、それでも心の中に残っていたものが、やっと綺麗になった気がする」
里奈はそう言うと、ネイビーブルーのブルゾンの内ポケットに手を入れる。そして、何かを取り出すと、それを左の手首に着け、俺を見て少し笑った。見たことも無いような穏やかで、吸い込まれるような笑顔。
でも、俺を責めるような笑顔でもあった。
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