*18話 下北沢メイズ、管理機構アラート⑥ 2人の仕切り直し
5層の構造は「アトハ吉祥メイズ」のソレと酷似していた。広い空間が先へ行くに従い左側に緩くカーブしている構造だ。そのため、5層に降りて直ぐの場所から、6層へ至る階段を見る事は出来ない。
一方、構造が似ているから、という事なのか、この5層に出現した
ただ、構成は同じでも数が違う。見た感じ、記憶の中の「アトハ吉祥メイズ」5層と比較し、倍までは行かないが1.5倍ほど、モンスターの数が多いと感じた。これもやっぱり[高濃度MEO事象]の影響なのだろうか?
(世田谷のメイズも多かったニャン、だから多分間違いないニャン!)
なるほど、ハム太は心許ない返事だったが、流石にハム美は断定的に物を言う。やっぱり、頼りになる度合はハム太よりもハム美の方が上だなぁ。
(あああ、兄より優れた妹など……)
まぁ、そう落ち込むなハム太。経験の差だ。
「コータは左側から――」
とここで里奈
「回り込んでアーチャーを!」
なるほど、目の前には距離を詰めてくるゴブリンSの集団。その奥にはゴブリンAが5匹と護衛役として残ったゴブリンSが5匹。前面に出て来たゴブリンSは里奈達が受け止めるから、その隙に後ろのSとAを合わせた10匹を斃せ、という事だな。
「分かった!」
俺はそう答えると、【能力値変換Lv3】で[抵抗]の半分を[敏捷]に割り振り、次いで【隠形行Lv3】で気配を消し去る。
――【能力値変換Lv4】――
と、このタイミングで【能力値変換】スキルのレベルが上がったが、
「――ッ!」
気合を発声しては【隠形行】の意味が無いので、俺は呼吸を詰めたままカタナソード[陽炎]を振るう。完全な不意打ちに成功した俺は、全ての斬撃をモンスターの急所へ打ち込む。その結果、5匹のゴブリンAと5匹のゴブリンSはあっという間に血塗れの斬殺死体に変わる。
この間、20秒。単純な「2分の1変換」の効果は途切れることなく続いた。つまり、
(【能力値変換Lv4】で効果時間が20秒になったのだ、「4分の1回し」の効果は30秒に伸びたのだ)
ということ。流石はハム太だ、レベルが上がった時に抜かりなく【鑑定(省)】で効果を確認した――
(いや「多分」なのだ)
あっそ……そうだと思ったよ。
ということで、俺は後ろを振り返る。一応、ゴブリンSの集団を受け持った里奈達を気にしての事だ。ただ「場合によっては応援を」と思った俺の心配はどうやら無用だった。というのも、振り向いた先には、既にゴブリンS集団の姿は無かったからだ。その代わりに有るのはドバッと床に広がったドス黒い血の海と、そこに浮かぶ肉塊と化したゴブリンSの残骸。そして、その光景を蒼褪めた表情で見つめる[東京DD・A]PTの面々と、ちょっとした苦笑いの表情を浮かべる大島さんと水原さんの姿。
里奈は、と言うと、腰を落とした順手持ちの構えで六尺棒を残心につけ、
「次、来るわよ」
と、凄い表情で俺を見詰め返してきた。呼吸を整えるべく薄く開いた唇と、上気した頬の赤味が白い肌に映え、整った顔立ちは少し乱れた黒髪に縁どられ……俺はその表情に見入ってしまう……綺麗なんだよ、里奈は――
「コータ?」
「分かってる!」
どうにも外せない視線を無理やり剥がすと、俺は前方へ向き直る。もうこの時には
――オウ、オオォウゥッ!
と、コボルトチーフが上げる【遠吠え】が5層の空間に鳴り響いている。その遠吠えによって、30匹を超えるメイズハウンドが一斉にこちらへ目掛けてダッシュを開始。背後では[東京DD・A]PTの面々が怯んだような気配を発するが、
「行くわよ!」
「オウッ!」
それを後目に、俺と里奈は30匹の集団目がけて、逆に突撃を仕掛ける。
結果、真正面から衝突した2人対30匹の戦いは、当然といえば当然ながら、あっという間に終わった。勿論、俺と里奈のワンサイドゲーム。5層
一方、背後の方はと言うと、
「後ろに漏れて来たメイズハウンドは5匹くらいでした」
「遠藤さん、よくウチの課長代理と連携なんてできますね……俺らには無理ですよ」
と
「じゃぁ、一度地上に戻りましょう。MEOが戻っていると良いんだけど」
そんな里奈の言葉を最後に、俺達は5層を後にした。
*********************
結論から言うと、「下北沢メイズ」のMEO値は正常値(何を以て正常なのかよく分からないが)である30%前後に戻っていた。ただ、数値の履歴を見るに、俺達が5層の
「避難勧告相当の数字でしたね」と大島さん。
「まぁ短時間で治まったから、勧告は出ないだろうけど」と水原さん。
どうも、MEO値80%以上で日本政府か東京都辺りから、周辺に対して避難勧告が出ることになっているようだ。ただ、今回は80%を超えた時間が15分弱と短かったから、そのレスポンスを取れなかったのだろう。
「べ、勉強になりました」
「ありがとうございます!」
一方、途中からほぼ空気状態になっていた[東京DD・A]PTの面々はそんな感じ。対して俺は、
「結局、ドロップが殆ど出なかったな。なんだか、悪い」
と(口だけは)殊勝に言って見る。まぁ空気だったけど、何もしていなかったわけじゃない。3層4層を駆け抜ける際には、背後のモンスターと遣り合い、しっかりと後ろを守っていた(らしい、大島さん談)。なので、5層で僅かに出たドロップはこの際全て彼等に上げる事にした。その事には里奈達[管理機構巡回課]の面々も異存はないらしい。しかも、
「今回のご協力ありがとうございました……Bランクに大きく一歩近づいたわよ」
などと里奈が言うものだから、コウちゃん以下PTの面々はなんだか変な感じで盛り上がってしまった。「Aランクを目指すぞ~!」などと言い合っているが、そんな彼等に、
「まずは4層を普通に攻略できるようになってからだな」
と釘を刺す俺。するとコウちゃんが、
「他のPTの実力を上げて、全員で4層に挑みます!」
との返事。まぁ、その方法が一番良いと思うので、
「頑張れよ」
と激励しておく。それで、
「里奈達は、これからどうするんだ?」
と、俺はさり気ない感じで里奈に声を掛ける。ちょっとドキドキする。まぁ、1月からこの方4か月間、あってもメッセージのやり取りだけで、会話を交わしたのは今日が久しぶりなんだ。これまでは「
「うん……帰って報告書かしらね」
対して里奈は、俺に背を向けてそんな返事をする。向けられた背中が「もう喋り掛けて来るな」と言っているようで……腹の底にポッカリと穴が開いたような感覚を覚える。しかし、ここで思わぬ方向へ話は展開した。というのも、
「あ、課長代理、俺と水原で報告書は仕上げておきますから」
「明日の朝に判子を押してもらえるよう、机の上にでも置いておきます」
大島さんと水原さんがそんな事を言い出したのだ。
「え、でも……」
対して里奈も、そんな2人の言葉に戸惑ったような声を上げるが、
「今日は俺達殆ど働いてないですから」
「たまには、直帰でもいいじゃないですか」
結局大島さんと水原さんは、そう言うと里奈の返事を聞かずに「じゃぁ」といってビルを出て行った。その立ち去り際、一瞬だけ大島さんと俺の目が合う。その時、大島さんは殆ど両目を瞑るような不器用なウィンクを送って来た。
「?」
どういう事かね?
「……コータはこの後予定あるの?」
「え? な、無いよ」
「お昼は食べた?」
「いや、まだだった」
「じゃぁ、一緒に――」
どどどど、どういう事かね??
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