*12話 下北沢メイズ、管理機構アラート① 意外な事情
2021年4月30日
この日、俺は久しぶりに下北沢にある田中興業の事務所を訪れていた。要件は最近
実は最近の[チーム岡本]は、丁度「小金井・府中事件」を機に、ポーション類を売りに出す事を控えていた。一連の事件の間、一時的に主要な[回復薬]や[魔素回復薬]の手持ちが心許なくなったためだ。それまでは、[回復薬]や[魔素回復薬]といった主要なポーション類であっても、効力の少ない(小)サイズの物は田中興業に売っていた。勿論「1本百万円」という魅力的な売値に釣られての事だ。
しかし、活動する階層が深まりモンスターが手強く、また、こちら側もスキルを多用するようになると、ポーション類は喩え[回復薬(小)]であっても「持っていて邪魔になる事はない」品になる。今更ながらに、重要性を再認識した訳だ。しかも[チーム岡本]の場合はハム太の【収納空間(省)】が使えるから、荷物の量を気にする必要が無いので尚更だ。
そんな訳で、特に[回復薬]や[魔素回復薬]は(小)サイズでも「売りに出さない」という方針になった。ただ、そうなると人間というのは意地汚い物で、他の(例えば[身体能力向上]や[爆煙薬]、[麻痺毒]、[疾病付与]、[疾病耐性薬]、それに各種[能力向上薬]等といった)[チーム岡本]には余り用が無さそうなポーション類であっても、
「その内必要になるかも?」
「取っておこう」
という事になる。その結果、今年の1月からこの方、田中興業へ足を運ぶ機会が無くなっていたという訳だ。
ただ、[チーム岡本]が
そういう状況だからこそ、
――スマンが、ポーションなら
という田中社長直々の申し出になった訳だ。
それにしても、需要があるポーションはやはり[回復薬]や[魔素回復薬]だが、「何でもいい」とはどういう事なんだろう?
(それはもう、多分【調合】スキルを持った人間が居るのだ)
と、ここでハム太の【念話】が割り込んで来る。へぇ、そんなスキルがあるんだ。
(【調合】スキルが有れば、どんな種類のポーションでも合成して好きなポーションに作り替えられるのだ)
そりゃ便利そうだ。でも、一般的な[回復薬(小)]のオークション価格は品薄な今でも精々65万円が良い所だぞ。「
(甘いのだコータ殿、例えば滅多にドロップしない【回復薬(特)】は四肢の欠損を直すことが出来るし、【疾病退散薬】は不治の病を治療することが可能なのだ)
なるほど、それだと世の中には「幾ら払っても良いから手に入れたい」と思う人は居るだろう。原材料が1本150万円でも十分に元が取れるのかもしれない。
俺とハム太は、そんな事を(脳内で)会話しつつ、下北沢の商店街を歩く。程なく、目印代わりの年季が入った喫茶店を見つける。その上が田中興産の事務所になる。
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買取り自体はスムーズに終了した。[チーム岡本]全員が厳選した
雑談として、田中社長は「最近の若い連中は」と少し嘆き節を展開した。どういう事かというと、以前調布のメイズで知り合った[ヤンキー風PT]を含めた子飼いの[受託業者]達の頑張りが足りないという話だった。
なんでも[赤竜・群狼クラン]に対抗するべく、[東京
「有望株をコッチに引っ張って来るつもりだ」
という計画を教えてくれた。
対して俺の方だが、実はこの田中社長が喋った雑談の内容が大当たりだった。
どういう事かというと、今日のポーション販売の
3月中頃のコーヒーショップでの一件で、
――借金を返すためにも、クランを抜けたい――
と言う手島の言葉を受けた[脱サラ会]の加賀野さんは、個人的に[赤竜・群狼クラン]のトップPTのリーダー、
ちなみに手島はというと、4月の始めに千尋の口座に12,000円を振り込んで来た。それで千尋は
――仕方ないわよ――
と納得している様子。しかし、俺としては、この細々とした返済がこれからも続くとは、全く、一切、毛の先ほども、考えていない。だから、手島には[赤竜・群狼クラン]を辞めてもらい、フリー(?)の[受託業者]としてキリキリ働いてもらいたいと考えている。
そう言う経緯から、俺はメイズとは違う意味で地下世界に詳しそうな田中社長に朴木と金元の居場所を聞こうと思っていたのだが、そんな俺の問いに対して、返って来た言葉は、
「ああ、遠藤さんは知らないか……実はその2人、どうも、少し前から行方不明のようなんだ」
という予想外の内容だった。
田中社長の話によると、詳細は分からないものの、朴木太一と金元恵の2人は、少なくとも2月頃から行方がつかめない状況になっていたとの事。それで、[赤竜・群狼クラン]のバックに居る中華系マフィアも、この2人の行方を追っているらしい、という物だった。
「まぁ、あの2人の求心力で[赤竜・群狼クラン]は持っていた、という面がある。だから、その2人が居ない事で、今の連中は結構内部がバタついているということだ」
結局、朴木と金元に関する情報は得られなかった。その代わり、近く大がかりな「引き抜き」を考えているという田中社長に、俺は手島の存在を明かし、
「借金を返させるためにも、ヤツを引き抜いて社長の手元に置いてやってください」
と頼んでおいた。ちなみに田中社長の返事は、
「よく見つけたな! 分かった、任せてくれ」
と力強い。田中社長がこちらのお願いに乗ってくれるなら、もう、手島関連の話は田中社長に任せようと思う。
「すみません、お願いします」
ということで、俺は雑談を切り上げて田中興業の事務所を後にする。帰り際、田中社長から、
「下北沢の駅の近くに出来たメイズをウチの[東京DD]がホームとして使ってるんだ、良かったら、帰りにでも顔を出してやってくれ」
という話があった。少し面倒な気がするけど、こちらのお願いを引き受けてくれた直後だから、
「わかりました、ちょっと覗いて見ます」
と返事をする俺。
この時、俺は手島の件については、既に半分片付いた気になっていた。しかも、行方不明だという朴木と金元の話に至っては、この後直ぐに直面した事態によって、完全に意識の外へ忘れ去ってしまうことになった。
まぁ、朴木と金元の2人については、面識は有るものの、深い付き合いという訳ではない。だから、
そんな後悔を感じるのは……まぁ大分先に話になる。
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「下北沢駅メイズ」は、今年の2月に出現したメイズだ。駅の北口に面した「第1太平洋ビル」という商業ビルの1階フロアのど真ん中にポッカリと口を開けている。田中興業の事務所からだと、少し回り道になるが、まぁ帰り道の途中と言えないことも無い。
「顔を出してやってくれ」と田中社長が言うからには、俺と面識のある人間が居るということだろう。まぁ、誰なのか何となく想像が付く。多分、以前調布のメイズで行きがかり上仕方なく共闘した[ヤンキー風PT]だろう。
俺の事を「アニキ!」とか「パイセン!」と呼ぶ
世間一般はゴールデンウィークの真っただ中。そういう訳で、駅に近づくにつれて人通りが多くなる。時刻は多分お昼前。混む前に昼飯を食べてしまおうか? と思い、俺はスマホを取り出し時刻を確認しようとする。その時だった。不意に、
――ウォーン、ウォーン、ウォーン、ウォーン
と、スマホが聞き慣れない着信音を結構な音量で響かせた。
「うわぁぁ!」
余りにも良いタイミングで変な音が鳴ったせいで、俺は思わずスマホを落とし掛ける。慌てて、お手玉のようになりながら、何とかスマホを空中でキャッチ。
「なんだよ」
と言いつつ画面を見ると、そこには見慣れない
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[管理機構アラート発令]
[高濃度MEO事象]
[場所:下北沢メイズ]
A・Bランク[受託業者]は
速やかに現地へ急行してください。
*****************
という表示が、真っ赤な背景に黒い太字で点滅していた。
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