*13話 下北沢メイズ、管理機構アラート② 遠藤コータ、現着!


――管理機構アラート――


 今年1月にランク付の新型[認定証]が交付された際、併せてスマホへのダウンロードが推奨された[管理機構アプリ]の機能の一つだ。確か当時の説明では、


――[管理機構]が皆さまに協力要請をする際に、要請内容を一括送信するものです――


 ということだったが、なるほど、こんな感じに鳴るんだな。


 と、感心もそこそこに、俺はアラートの内容をもう一度確認する。「高濃度MEO事象」とはそのままの意味で、「メイズ放射物」を意味する英語の頭文字を取ったMEO、早い話が[魔素]のことだが、その濃度が上昇したということだろう。


 ネットの情報によると、先月3月の半ば(丁度[DOTユニオン]が井之頭公園中規模メイズの10層を攻略したのと同じ日)に、当時未開放だった世田谷メイズで同様の事象が起こったという。その時は[管理機構]が率先して5層の番人センチネルモンスター迄を掃討し、事態を鎮静化させたそうだ。


(まぁ、[管理機構]でそんな事が出来るのは里奈くらいだろう)


 と、その話を聞いた時の俺はそう予想したが、その後のメッセージのやり取りで、里奈本人から「そうよ」という話を聞いている。


 ただ、前回は日曜だった事と、解放前のメイズだったことで、[管理機構]が特例的に対応したが、本来この手の話・・・・・は[受託業者メイズウォーカー]の範疇になる。そのため、今のようなアラートが発せられたのだろう。それにしても……


(下北沢メイズとは、これから行こうとしていたメイズなのだ)


 というのは、なんだか出来過ぎた話のような気がしてくる。


*********************


 「太平洋ビル」は居酒屋やカラオケ店、スナックなどが入った6階建ての雑居ビルだった。その1Fは、本来は大衆中華料理のチェーン店が殆どのスペースを占めていたが、今は気の毒な事に看板を下ろしている。ビル全体も正面入り口はシャッターで閉ざされており、ぱっと見・・・・は何処から中に入れば良いか分からない。ただ、能々よくよく注意してみると、隣の建物との間の細い路地に


――入口はこちら⤴――


 という張り紙が出ていた。怪しい雰囲気が満点だ。こんな時でもなければ絶対入ろうとは思わない路地、しかし今は仕方がないので俺はその案内に従って路地の奥へ進む。というのも、この時点でハム太が


(うむむ……これは、ちょっと不自然なほど魔素が濃いのだ……コータ殿、用心するのだ、急ぐのだ!)


 と(【念話】で)言い出したからだ。「用心しろ」とか「急げ」とか、矛盾することを平気で言うハム太にちょっとイラっとするが、まぁそれだけ焦っているということは伝わって来る。


 [魔素]の影響を得て有効になった【気配察知Lv1】をフル活用して、俺は路地を奥へと進む。幸いにして、モンスターと遭遇するという事は無く、路地はそのまま奥で突き当りを右に折れて終わる。入口とおぼしき安っぽい扉は、そんな右に折れて直ぐの所にあった。ここから中に入るという事だろう。


 ドアノブに手を掛けたところで、俺は建物内部の気配を察知。しきりに動き回っている複数の気配を感じ取った。そのため、[受託業者]として最低限の装備をハム太の【収納空間(省)】から取り出しておくことにする。


(ガッテン、承知の助なのだ)


 俺の思考を読み取ったハム太は、謎の相槌を打ちつつ装備品を【収納空間(省)】から取り出す。因みに、この時【収納空間(省)】に入っていた装備は、スペア武器のカタナソード[陽炎]と初期装備(?)だった例の木太刀・・・・・の2振りのみ。


 実は、メイン武器の太刀[幻光Lv2]は、ちょっとした不注意で鞘を破損させてしまい、今朝から修理に出している。また、飯田金属製の最新防具(試作品)「乙式4型」は、昨日の夜に洗濯機に放り込まれ、今は物干し竿から日光浴をしているはずだ。


 まぁ、昨日が[チーム岡本]の水木1泊2日の活動終了日の木曜日だったから、こんな感じに成ってしまった。ただ、普段は余り触る機会のない[陽炎]に慣れるにはいい機会か……でも、防具が無しというのはちょっと心許ない。


(最初に使っていたプロテクターが残っているのだ)


 ……ないよりマシだと思う事にしよう。


*********************


 [陽炎]と木太刀を腰に差し、懐かしい肘と膝部だけのプロテクターを身に着けた俺は、安っぽい扉を開けてビルの中に入る。入って直ぐは狭い廊下だが、その先がエレベーターホールになっているのだろう。複数人の話し声が廊下の先から響いて来た。


「何で入れないんだよ!」

「仲間が待ってるんだ!」

「通せよ!」


 というのは、声の質から若い男と思われる。対して、


「ダメなんです。アラート発生時点でランクB以上じゃないと中に入れない決まりです!」


 というのは、こちらも若いが女性の声だ。なんというか、「単に『高濃度MEO事象』に偶然鉢合わせした」という以外の事情を感じさせるやり取りに聞こえる。俺は、廊下を急いだ。


 廊下を抜けると、開けたエレベーターホールに出る。ただ、今はエレベーターの正面が完全にパーテーションで覆われていて、本来広いはずのホールも狭苦しく感じる。口論のぬしは、丁度パーテーションを回って反対側、以前の中華レストランの入口付近に居た。回り込んで見てみると、パーテーションの設置された[認証ゲート]を前にして、[管理機構]の女性職員と6人の[受託業者]が押し問答をしているのが分かった。


 女性職員の方は、いかにも「この春に就職しました」という感じ。大人しい顔を泣きそうにしながら、気丈にも[受託業者]の圧に耐えている。一方、そんな幼気いたいけな女性職員に詰め寄っているのは……アイツラだった。


 6人揃って20歳そこそこに見えるが、髪の毛を金色やら茶色に染めて、よく見れば全員ピアスをしたり(本物か分からないけど)タトゥーを入れたりしている。最近絶滅危惧種に認定されたと噂のある、ヤンキーPTの面々だった。


「はぁ……めんっっっどう、くさぁぁ!」


 思わず漏れる溜息を追いかけて、身に積もるやるせなさ・・・・・が声になって出た。その結果、認証ゲートの前で女性職員を威圧していた6人全員が一瞬でうんこ座り・・・・・になり、こちらへ鋭い視線を投げ掛けて来た。これが無形文化財に指定されたと噂のある、俗に言う「メンチを切る」というやつか……ってか、コントだろ。

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