*幕間話 チーム岡本の日常③ 嶋川朱音の場合
1月の温泉での告白。あれは、私の計算によると、決して的外れな行動では無かったはず。同年代の一般的な男性と比較して、余りにも奥手なコータ先輩に、或る程度こちらを
告白して、お付き合いを「するの、しないの?」と結論を迫ったとしても、やんわりと
普通の男なら、私クラスの容姿の女性がそういう素振りを見せれば、とにかく「何かイイこと有るかも?」と乗って来る(それが普通の男か? という疑問はあるけど)。逆に警戒する場合もあるかもしれないけど、それにしても何等か「意識してます」という兆候は表れるはずだ。
だけど、実際のコータ先輩はその後しばらく完全に無反応だった。いや、無反応というよりも、全体的に退行したと言うべきかもしれない。パッと見は普通に見えるように振る舞っていたが、私の目には前の職場で働いていた頃のコータ先輩に戻ったように見えた。
何事も「どうでもいいや」と考えていて、特に自分自身については極めて「無価値」と思い込む。自分自身に興味が無いから、他人の言う事を素直に受け入れるようになる。それは、集団で行動する場合に「協調性」として現れるけど、根っこに在るのは極端な自己否定だ。[
現にコータ先輩は、敵モンスターの集団に単身で突撃を仕掛ける場面が増えた。まぁ、それが結果的に良い方に作用して、難しい局面を打破したりするのだけど、それにしても、と思う。いつも後ろから見ている私だから、そんなコータ先輩の変化に早々に気が付いていた。
「何があったのだろう?」
と思う。もしかして、
「私が変に
と後悔したこともあった。また、あまり考えたくない話だけど、
「里奈さんに告白して失敗したのかな?」
と勘繰ったりもした。もしもそうなら、喩え
「私が一番じゃなくても、抱きしめてあげるのに」
と思う。寧ろ、そうでも構わないから私の所に
「来て欲しい――」
「ねぇねぇ、朱音ちゃん、さっきから声に出てるわよ」
とここで、不意に中年乙女(男性)の
「え?」
「だから、声に出てたって、『何があったのだろう?』の辺りから」
「……マジ?」
「マジ……朱音ちゃんも案外乙女ね『抱きしめてあげる』なんて、私でも言った事無いわ」
「ちょっと! やめてよミッキーさん!」
「なによ、照れてるの?」
「人が真剣に悩んでいるのに、茶化さないで!」
「ごめんごめん、コーヒー飲むわよね」
ミッキーさんはそう言うとカウンターの裏に引っ込んだ。
場所は横浜某所に在る「ミリタリーショップ プラトーン」。ここのオーナー兼店長のミッキーさん(本名:
そんなミッキーさんは、意外な事に(と言っては失礼かな)、恋愛経験豊富なので、大学時代に私の彼氏がストーカー化した時なんかは、ちょっと助けてくれた事もある。まぁ最終的にはアドバイスだけではなく、物理的に(グーパンチで)助けてくれたものだ。
それで、今回の件については、押す側の経験が不足している私に、「押しのスペシャリスト」としてアドバイスをしてくれたりもしている。例の「言うだけ言って返事は聞かない」というやり方は、このミッキーさんの発案なんだ。
「私のアイデアが悪かったのかしらね」
と言いつつ、ミッキーさんはカウンターの裏から戻って来る。そして、手に持ったマグカップを私に差し出しつつ、
「上手くいくと思ったのに」
との事。そしてずずぃとミルクたっぷりのコーヒーを啜ると、
「で、その先輩君、相変わらずなの?」
と振って来る。対して私は、
「それが、最近どういう訳か元に戻って来て。ほら、この間『ちょっと引いてみるのも手』って言ってたでしょ。だから、あの事はなかった風に振る舞ってみたら、なんだか前よりも距離が詰まった気がして」
と言う。この間のホワイトデーの夜の事だ。成り行きで2人きりになった状況で、私としては「あの話、コータ先輩はどうなんですか?」と詰め寄りたい気持ちだったけど、それをグッと堪えて、敢えて「何でもない風」に振る舞った。その結果、一緒に食事に行くことになったし、その後も、以前よりずっと距離感が近くなった気がする。
それに、どういう訳か、あの日のメイズ潜行以降、コータ先輩の戦い方も雰囲気も大分元に戻って来た気がする。
「あら、じゃぁ良いじゃない」
とミッキーさんは言うけど、本当にそうかな? と思う。少なくても、コータ先輩の雰囲気が元に戻った事について、私は一切関与していない気がする。というか、
「まぁ、こうやって関係を近づけて行って、行くときは一気に行くのよ!」
ミッキーさんはそう言うと
「一気に?」
「そう、友達感覚で付き合って、そうねぇ……例えば家飲みとかに誘って、2人きりでよ。それで後は、ウフッ、分かるでしょ?」
「それって……犯罪じゃ?」
「何言ってるのよ、これが男女逆ならまぁ犯罪かもしれないけど、男なんて単純よ。なんだかんだの、なんだかんだで、気が付いたら自分から腰を振ってるものよ」
相変わらず過激なミッキーさんの発言だけど、思わずそんな場面を想像してしまう。耳が熱くなる感じがする。
「な……なんだかんだ、ねぇ……」
「そう、なんだかんだよ。身体から入る恋愛だって始まってしまえば中身は一緒よ」
「身も蓋もないですね」
「男と女なんて、そんなもんでしょ。それに先輩君って童貞君でしょ? だったら初めての女は特別なのよ。私だって――」
「ミッキーさん……の初めてって……」
「聞きたい?」
なんだか、とてつもない自分語りが始まりそうで、私は全力で首を横に振る。それにミッキーさんは「なんでよ~」と不満そうに声を上げる。と、その時、タイミング良く私のスマホが鳴った。着信を見ると……ベトナムに居るお母さんからだった。
「もしもし、ああ、元気にしてるわ。そっちはどう? ――え? お父さんが会社を作った? なんでまた――」
聞けば、ベトナムに赴任していた父が、会社を辞めて独立したらしい。なんでも、元の会社(食品機械メーカー)が現地子会社を閉鎖し、現地のエンジニアリング会社に機械のメンテを委託することになったそうだ。それで「ならいっそのこと俺がやる」と、メンテナンスを行う会社を自分で立ち上げたとのこと。まぁ、前々から現地子会社の社長だったし、謎の行動力を持つ人だったから分からないでもない。それで、電話の向こうの母は、
『ねぇ朱音、アナタ、こっちに来てお父さんとお母さんを手伝ってくれない?』
とのことだった。
結局、この時の電話は何とか断ることが出来た。まぁ、頼んでいる側も別に差し迫った人手不足がある訳じゃないらしい。ただ、独立したからには、娘を呼び寄せて家族一緒に手を取り合って頑張っていこう、という発想になったらしい。
まったく、こっちは
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