*幕間話 チーム岡本の日常② 飯田翔の場合
「じゃぁ
お父さん、いや、社長が念を押すような口調で言う。それに対して僕は、ようやく理解が得られた事にホッとしつつ、頷く。
「お前が始めた商売だ。お前の好きにやれば良い‥…」
対して社長(父)はそう言うと、テーブルの湯飲みを取ってそれを口に含む。そして一息吐くと、
「大手が参入してきた以上、納期とコストではどう足掻いても勝てない、だったら品質勝負で行く、というのはアリか」
と、納得したように言う。
ちなみに社長(父)が言う「大手」とは、スポーツ用品やアウトドア用品を手掛ける国内外の有名メーカーのことだ。少し前から海外メーカーのメイズ用プロテクターが国内に入っていたが、今年の3月からは国内メーカーが廉価な製品を市場へ投入し始めた。丁度3月末に行われた「第3期受託業者認定試験」に合わせて来た感じだ。
そんな国内大手メーカーが展開する「メイズ用プロテクター」商品群は全身セットで概ね8万円前後。廉価版だと4万円程度になる。対して
しかも、この価格で売っても原価率は6割5分。商売にするにはギリギリの線なのだから、如何に大手製品が安いかが分かる。その上、現在の工場負荷から考えると、発注を受けてから納品まで2、3週間掛かってしまうのも悩みの種だ。
とは言っても、そこまで価格と納期が違うのだから、
一方、
結果として、出来上がる製品の質と信頼性はこちらの方が遥かに上。しかも、国内[
現に、国内大手メーカーが参入した3月の初旬こそ、新規受注の数は減ったが、4月の半ばを過ぎた現在では2月頃の水準を取り戻している。そのため、社長(父)は積み上がったバックオーダーをスムーズにこなすため、生産力拡充を狙って「縫製工場に組立と検査も任せよう」と発案したのだが、それを僕は断ったということ。やっぱり、最終組み立て時の微妙なフィッティングや検査は自社でやるべきだと思う。
「そういえば、プロテクターの方は良いとして、武器の方はどうなった? 母さん、じゃなかった、専務、[管理機構]への登録申請ってもうやったのか?」
とここで、社長(父)は別の件に話題を移すと、台所にいる専務(母)へ声をかける。丁度、夕食の準備中といった専務(母)は、そんな社長(父)の問いかけに、
「あら、何を言ってるのよ。一昨日[特定装備事業者]の申請書に判子を押したの、社長でしょ?」
と呆れたように返事をしながら、テーブルの方へやって来る。
まぁこの件は僕も良く知っている話。というかその申請書を準備したのは僕だ。その[特定装備事業者]というのは、早い話が[
これまで、[
そんなグレーな部分を取り除くために出来たのが[特定装備事業者]の登録制度だ。所管省庁は内閣府。実際の登録内容の確認と業者に対する査察・監査は[管理機構]が行う事になっている。
その[特定装備事業者]への登録申請を
ちなみに売り出すのは[飯田式フランジメイス3号]の量産バージョンになる[フランジメイス壱式]と、[飯田式組立槍]の量産バージョンになる[ソードスピア壱式]だ。その内[フランジメイス壱式]の方は、現在岡本さんが使用している[3号]とほぼ同一品。[3号]の方には[属性石]を収納する開閉式の余計な構造が頭部に存在するが、それを省略し、更に若干重量を落として軽く短めに再設計している。
一方[ソードスピア壱式]は原型である[飯田式組立槍]から大幅な改良を加えた。まず、穂先に使用する刃物の部分はそれだけを取り外して単体で片手持ちの「
その結果、槍として使用する際の重量が3kgを超えてしまうが、これを実際にメイズで使った(使って貰った)結果、意外な事に、この重量感が好評だった。そもそも、メイズ内の戦闘で2.5mもの槍を振り回す機会は滅多にない。殆どが「構えてそのまま突き刺す」用途になる。そうなった場合、3kg超えの重量は威力と安定感になって良い方向に作用するらしい。
とまぁ、そんな感じで武器の方は事業者登録が無事完了した後に発売する予定になっている。
「そうだったっけ……ああ、なんだかそんな気がしてきた」
「大丈夫? ボケるにはまだ早いわよ」
「はははは」
ダイニングテーブルでは社長(父)と専務(母)がそんな会話になっている。一方、僕は壁の時計に目をやると、
「じゃ、じゃぁ、僕は出るから」
と言う。約束の時間が18:30で、今が18:00だから、家を出るには丁度良い。
「あれ、夕飯はどうするの
「た、食べてくる」
「そう……ははぁん、祥子ちゃんでしょ?」
「う、うん……」
こういう時、専務(母)の勘は良く当たる。ズバリと言い当てられて思わず照れてしまうが、そんな僕に、
「何? 翔、デートか?」
と社長(父)。別に
「ちちち、違うよ! うぅっ打合せだよ」
と強めの口調で答える。でもまぁ、これは嘘じゃない。
これから祥子さんと会うのは本当だが、目的は防具関連のデザインについての打合せだ。モックアップとして祥子さんが製作した試作品を祥子さん自身が装備して見せるという
祥子さんが持ち込む試作品の半分くらいは、ラノベの表紙で見るような露出の高い装備だったりするし、目の前でゆっくり着替えたり、その着替えを手伝う事になったり、その結果、色々と……ドゥヒュッ!
「ふうん、まぁあんまり遅くに帰したらダメだぞ、片桐さんとこの大事な一人娘なんだから」
「そうよ……ああ、そうだ、今度また連れてらっしゃい。ご近所なんだから気兼ねなくって」
ただ、社長(父)と専務(母)は僕の「打合せ」という返事に納得したのかどうか……
「それにしても、翔に彼女だなんてなぁ……有難い話だ」
「ふふ、私も心配だったけど、年頃になると自然にそうなるのねぇ」
「それはそうだけど、それにしても、片桐さんところの祥子ちゃんみたいな美人さんがねぇ」
「あら、翔だって、そんな捨てた物じゃありませんよ」
「そうかぁ?」
「そうよ」
と、僕をそっちのけでそんな会話が続く。それがどうにも気恥ずかしくて、僕は、
「い、行って来る!」
と部屋を飛び出すと、自室で荷物を纏めて逃げるように自宅を後にした。ただ、この間、顔のニヤニヤが止まらなくて、本当に困ってしまった……ドゥヒュッ
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