*11話 春の夜の闇
この日のメイズ潜行は、結局、予定時間を1時間ほど超過し、19時の少し前に地上へ戻ることで終了となった。その後は手早くドロップ品の分配を行い、各PTの裁量で買取りや持出しを行う。普段なら、この後で次の予定を軽く打ち合わせてから解散となるのが通例だが、今晩はこの後に予定を抱えて(しかも大幅に遅刻して)いる面々が多いため、そのまま解散となった。
ちなみに、以前は18時頃に閉鎖されていた「認証ゲート」と「買取りカウンター」だが、現在は24時間営業に改められている。政府の方針が「メイズの開発と管理の強化」へ向かった事で、[管理機構]に十分な予算が付いた結果だろう。そのため、夜間の買取りカウンターには[管理機構]から委託を受けた警備会社の制服を着た30歳前後の男性が一人で暇そうにスマホを弄っていた。まぁ、夜の買取りカウンターには、こんな警備会社の人が居る場合も有れば、明らかに「バイト」と分かる若者が居る事もある。どうやら[管理機構]は夜間時間帯のカウンター業務を警備会社とアルバイトの両方を使ってローテーションさせているらしい。
と、そんな事はさて置き、気になるこの日の収入は[チーム岡本]の場合、ポーション5本([魔素回復薬]3本と[回復薬]2本)とスキルジェム【戦技】1を持出し品として申請し、残りを全て買取りに出した結果、
「1人28万か……」
と、岡本さんが呟くような結果になった。
「可もなく、不可もなく」といった感じだ。小金井・府中事件の時には買取り価格が8桁に達したから、それと比較すると随分と見劣る感じは否めない。でもまぁ、アレは特殊な事例だし、それを除いて考えれば、2桁万円の稼ぎは1日分としては上々。寧ろ、
「じゃぁ、今日の反省会は無しということで、すまんな」
「あ、良いですよ。岡本さん、家族サービスでしょ?」
「そうなんだよ、ちょっとな……」
公園の管理倉庫を出たところで、そんなやり取りになる。それで岡本さんがスマホの電源を入れると、直ぐにメッセージの着信を伝える音が立て続けに鳴った。どうも、メッセージは奥さんからの様子。約束の時間に遅れている事を心配するものか、それともお叱りのメッセージなのか、それは分からないが、
「じゃぁ、スマンな」
岡本さんはもう一度「すまん」と言うと、足早に駐車場の方へ立ち去って行った。何故、駅ではなく駐車場へ向かうのかというと、少し前に岡本さんは国産ミニバンの中古車を購入していたからだ。4人家族の移動用兼[チーム岡本]の移動用という事で、思い切って購入に踏み切ったらしい。
ちなみに新車でなく中古車というのは、岡本さんの奥さんの要望だとのこと。なんでも、
――新車なんて分不相応――
との事。まぁ、新車なら
それで、岡本さん的には、中古で購入したから浮いたお金で車高を下げたり、マフラー交換したり、エアロパーツを付けたりと、ドレスアップ(?)を考えていたそうだが、全て敢え無く奥さんに潰されたらしい。
――稼げば稼ぐほど、嫁がケチになっていく――
などと嘆いていたが、随分と金銭感覚のキッチリとしたしっかり者な奥さんだと思う(そう言うとニヤケ笑いをしていたから、岡本さんも
「じゃじゃじゃ、ぼぼっぼ僕も――」
と、声を上げる。なんでも、片桐さんとの待ち合わせ場所には、ここからだとバスで行く方が近いらしい。ああそうかい、お前も疑似リア充だったな。イケイケ、しっし――
「にっに、荷物はあ、ああ明日……とっととりに行きます」
それでも、飯田の[受託業者]装備一式は俺が(ハム太の【収納空間(省)】で)預かってやったりする。まぁ、重たい荷物を抱えてデートってのも変だから、この辺は仕方ない。一応、1年先輩だから、後輩の面倒は見てやらないとな……。
「飯田先輩、祥子さんによろしくです!」
「ドゥフュッ――」
「どんな返事だよ、さっさと行け!」
ということで、飯田はバス停の方へ姿を消す。そして気が付いたら、俺は朱音と2人きりで日が暮れた井之頭公園の西園に立っていた。時刻は19:30……どどどど、どうしよう?
*********************
正直に言うと、この後、少し微妙な感じになった。
まぁ、俺みたいな恋愛弱者にとって「意識するな」と言う方が無理な話だ。それを無理やり「意識してない風」に取り繕うから、余計に変な感じになる。それは分かっているのだけど、だったら「どうすれば良いのか」がサッパリ分からない。そんな訳で、一言も言葉を発しない沈黙が2分ほど続いた。
ただ、こんな状況をずっと続ける訳にもいかない。その辺を汲んで先に沈黙を破ってくれたのは、やっぱり恋愛偏差値高めの朱音だった。
「コータ先輩……」
妙にしっとりとした朱音の声が、新月翌晩の
「な、なに?」
対して、俺の返事は情けない事に、喉に絡み付いたような声。朱音がクルリとこちらへ向き直る。そして、真っ直ぐに俺の目を見ると、
「……あの……私……」
まるでこれから発する言葉を躊躇うような雰囲気の朱音。その圧に、俺は不覚にも気圧されてしまい、緊張して声が出なかった。ただ、真摯に俺を見詰める朱音の瞳に、妙な居心地の悪さを、ほんの一瞬感じてしまう。
目の前の朱音は、果たして俺の内心を見抜いているのか? 見抜かれているとすれば、随分と汚らしい物を見せていることになる。にも拘わらず、こうやって想いを寄せてくれる彼女に、俺は――
「お腹空きました! ご飯食べに行きましょう!」
「へ?」
あれ?
「今晩は予定無いって言ってましたよね?」
「あ、ああ」
「じゃぁ、例の火鍋屋さんに行きましょう!」
「お、おう」
「最近激辛がブームになってきて、お店が新メニューを出したんですよ」
「そ、そうなんだ」
「2人前からのオーダーだから一緒に挑戦しましょう」
どうやら俺は盛大な勘違いをしていたらしい……そう自覚すると、なんとも言えない気恥ずかしさがこみ上げてくる。でも、汚い思惑で自分勝手に態度を保留している、そんな自分を見せつけられるくらいなら、こんな恥ずかしさを感じるほうが、ずっとずっと御しやすくて、居心地がいい。
「そうだな、行こう!」
「どうしたんですか、急に元気になりましたね。って、ちょっと待ってください、荷物持ってくださいよぉ!」
「ほら、ハム太、収納空間で頼む」
「わかったのだ、ところでチーズケーキはどうなったのだ?」
「あ、忘れてたよ」
「あのカフェですよね、通り道です」
結局この夜、俺と朱音(とハム太)は立川の火鍋屋[炎川味]で嫌というほど激辛を楽しみ、多いに汗を流し、そして問題を先送りにした。
何故か分からないし、だからといって確かめようもない話だけど、どういう訳か、朱音からも
それで俺は「朱音も避けたいのだろう、もしかしたら
――私は変わりませんから――
と言われていたのにも関わらず、だ。
全く、俺はとんでもない愚か者だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます