*10話 井之頭中規模メイズ⑥ 卑怯と利口は紙一重?


「なぁ、これって……ちょっとインチキじゃないか?」

「気にしたら負けです」

「そうか……う~ん、そうかも」

「そうですよ」


 とは、俺と朱音の会話。場所は10層降り口手前の階段の中。後7段降りて、その先を3m進めば広大な10層の空間に出るという場所。


「準備オッケーです」

「こっちも大丈夫」

「遠藤君、頼んだよ」


 そんな声を掛けてくるのは、春奈ちゃん、毛塚さん、そして古賀さんだ。他にも小夏ちゃんや、この作戦・・・・言い出しっぺ・・・・・・の飯田も居る。


「じゃぁ、手筈通りに先ず偵察を」


 ということで、俺は【隠形行Lv3】を発動。気配を消して、その上足音を立てないように残りの階段を降りる。目指すは10層。目的は言った通りの偵察だ。まず何を置いても、現在の10層の状況を把握しなければ、闇雲に行動には移れない。極短時間で効果的にスキルを使用することが、これからの作戦の肝になる。


 飯田が立案してホワイトボードの書き込んだ作戦は「一撃離脱 ――ヒットアンドアウェイ――」というもの。ヒットアウンドアウェイ自体は別に珍しい作戦ではない。俺達[チーム岡本]でも良く使用する(というか、結果的にそうなってしまう)感じの作戦だ。主に通路の曲がり角などを利用して、遠距離攻撃、離脱、遠距離攻撃、と繋げていく戦い方になる。


 ただ、この作戦をやろうとすると、どうしてもモンスターと距離を取れる通路や曲がり角といった構造が必要になる。それらが全く存在しない10層では、本来無理な戦い方だ。ただ、その「無理」を飯田は予想外の発想で可能にしようとしている。多分【直感】スキルの影響だろうが、これがあったから素直に障害物を出さなかったのだろう。そう思うと、事前の打合せが少なかった点は反省するべきだ。既に他の小規模メイズで突破した経験の有る10層だから、油断した……んだろうな。


 と、そこまで考えたところで、ハム太の【念話】によるツッコミが入る前に、思考を今の作戦へ戻す。丁度10層の広大な空間に足を踏み入れたところだ。目の前には見張りよろしく豚顔オークが3匹。並んで入口に当たる通路に睨みを利かせている。ただ、その視線は、通路から空間に入った俺を目の前にしても変化がない。【隠形行】が効果を発揮している証拠だ。


 その様子にホッとしつつ、俺は【隠形行】を重ね掛け。次いで、3匹の豚顔オークの脇を抜けて、空間の内部へ入り込む。内部の様子は、先ず、撤退直前まで突進を仕掛けてきていた豚顔オークの集団21匹(内、厄介なアーチャーは3匹)が、入口通路付近にたむろしている。一方、その先の空間の中ほどには、コボルト・メイズハウンド・ゴブリンの混成集団約35匹、頭上には3匹に減った赤飛蟻といったところ。


(まずは入口付近のオークなのだ)


 というハム太の【念話】に内心でうなずき返す。一度に全部を相手にするのは無理だから、何度かに分けて数を減らしていく事になる。ただ、豚顔Aオークアーチャーは先に潰しておきたい。


(アーチャーの位置は吾輩が【念話】で朱音殿に伝えるのだ)


 そうしてくれると助かる。と思いつつ、再び【隠形行】を重ね掛け。因みにLv3になった【隠形行】は[魔素力]消費20で効果時間が30秒に伸びている。今の俺ならば、連続使用で300秒、大体5分ほど効果を持続させることが出来る計算だ。その上、[魔素力回復]ポーションばかりを選んで8本持っているから、それらを全部使えば理論上40分は持つ。でも……飲みたくないなぁ、マズイから――


(朱音殿に伝えたのだ)


 と、ここでハム太から豚顔Aオークアーチャーの場所を朱音に伝えたという報告。これで偵察は完了。


 じゃぁ、ボチボチ始めるか……ハム太、アレ出してくれ。


(ガッテン、なのだ)


 次の瞬間、俺の掌に牡丹の花の絵がプリントされた真っ赤な紙箱が現れる。少し古風で中華っぽいデザインの箱の中身は爆竹だ。[受託業者メイズウォーカー]を始めた頃、何かの役に立つかと思って買いはしたものの、出番が無くてハム太の【収納空間(省)】の肥やしになっていた物だ。これを、階段で待機する面々への合図として使う。モンスターも驚くし、在庫も消費出来るので一石二鳥だ。


 ということで、俺は箱の中から爆竹をひとふさ取り出し、導火線だけを外に出すようにして再び箱の中へ戻す。これで、箱ごと投げられるし、20連発x6房、120発分の爆竹が連鎖的に発火するだろう。後は、投げ込む場所だけど……後ろの方に居るゴブリンSHシャーマン周辺が良いかな?


*********************


――パンッ、パパパパ……パパパッ、バンッ!


 10層の広大な空間に連続した発破音が鳴り響く。間近で突然起こった爆音の連鎖に、ゴブリンSHシャーマンと取り巻きのゴブリンファイターは、数匹揃って腰を抜かしたように転倒。同時に、空間内部に居たモンスターの注目が、一気に後方へ向かう。


 俺が放り投げた爆竹は最高の形で合図になった。


 その合図を受け、入口付近では早速、真っ赤な炎の柱が上がる。次いで(多分朱音の矢だろう)、豚顔オーク集団に矢が射掛けられる。ビュンビュンビュンとリズムよく飛ぶ矢は狙い違わず、3匹の豚顔Aオークアーチャーを射抜いた。


 モンスター集団は、後ろに気を取られた直後に反対側から攻撃を仕掛けられ、軽く混乱状態に陥る。そこに容赦なく、朱音、飯田、春奈ちゃん、小夏ちゃん、毛塚さん、古賀さんの遠距離組が火力を叩き込む。矢、土塊、炎、が一時、これでもか・・・・・という勢いで、手前の豚顔オーク集団に叩き付けられた。


 一方、空間の後方に移動した俺は【隠形行】を維持したまま、転倒から立ち直ろうとするゴブリンSHシャーマンへ急迫。矮躯わいくなゴブリンの中でも特に体格に劣るゴブリンSHは、首やら胴やらに、それっぽい(種類の分からない動物の髑髏)を飾りのように身に着け、よじれ曲がった杖を持ち、それらしい・・・・・格好に見えるが、接近してしまえば、只のゴブリンよりも貧相だ。


 人間の手首ほどの太さしかない首を刎ね斬るのは造作もない。


「ギョ――」


 妙な鳴き声を残して、そんなゴブリンSHの首が宙を舞う。


 ほぼ同時に、俺の【隠形行】も効果を失うが、大半のモンスターの注目は前方に移っている。俺に気付いたのは、この場に居る後4匹のゴブリンFだけだった。という事で【能力値変換】で[抵抗]の4分の1を[敏捷]へ変換し、俺は素早く太刀[幻光]を振るう。


 これがゴブリンナイトだったら、多少苦戦を強いられただろうが(と言うより、そもそも仕掛けないけど)、それよりも劣るゴブリンFが、しかも、油断しきって太刀の間合いを取られる迄接近を許した状況ならば、さほどの苦労はない。


 結果として、大した抵抗を受ける事無く、俺は4匹のゴブリンFも仕留める。


「退きます!」

「分かった!」


 と、ここで、前方に攻撃を展開していた遠距離組が撤退を開始。一方、俺の方は、


(そっちは11層なのだ)


 とハム太が言う通り、11層へ降りる階段へ飛び込んだ。


*********************


 これ以後の展開は、終始俺達が主導権を取り続け、一方的な攻撃を展開することになった。階段というセーフゾーン・・・・・・(?)を利用し、リスポーンが発生するギリギリの時間を目一杯活用した「ヒットアンドアウェイ」戦法だ。


 この間、11層側の階段に潜んだ俺は、時折ハム太の【念話】でコミュニケーションを補足しつつ、攻撃開始の合図役と、攻撃を助ける囮役に徹した。【隠形行】を活用してモンスター側の様子を観察し、機を見て9層側への合図として爆竹を鳴らす。そして、攻撃の混乱に乗じて、背後から攻撃を加える、という訳だ。


 背後には不定期に起こる爆竹の発破音。前方には神出鬼没に遠距離攻撃を仕掛けてくる[受託業者]。そんな攻撃を散発的に受けたモンスター集団は、その都度10匹前後数を減らしていく。


 そして、モンスター集団の残りがコボルト+メイズハウンドが20匹程度になったところで、9層側から前衛組と近接組を加えた総攻撃が始まる。その総攻撃を最後に、10層のモンスターは(数匹のスライムを残して)一掃されることになった。

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