*8話 井之頭中規模メイズ④ そして10層へ!


 彼女いない歴「年齢イコール」な俺の、怨念の籠った「飛ぶ斬撃」。障害物の奥に設置したU字溝を足場に繰り出すソレは、自分でも「力み過ぎかな?」と思うほど、散々な威力をモンスター相手に発揮した。


 それに加えて、朱音の風属性を帯びた矢も、普段の2割増しの回転数でモンスターの頭上へ降り注ぐ。その結果、「これぞまさにワンサイドゲーム」というような戦いの展開になった。


 そもそも通路を塞ぐ高さ2mの障害物は、9層程度のメイズハウンドやコボルトチーフにとって簡単に乗り越えられるものではない。助走をつけて跳躍するか、それこそ仲間を踏み台にして乗り越えるしかない。ただ、そんな対応が出来るような余裕を、俺と朱音は与えなかった。


 障害物の壁に近いメイズハウンドには、俺が斜め上から横薙ぎに斬撃を飛ばす。範囲を横に引き延ばし、広範囲を加害するようにイメージされた一撃は、本来威力が少し劣るが、それでも9層程度のメイズハウンドに対して必殺の一撃になる。結果として、一度の斬撃で3匹、4匹と纏めて屠ることになる。メイズハウンドの数はあっという間に減っていく。


 その光景に、壁から少し離れたコボルトチーフを含む一団は怯んだような様子になる。しかし、「戦うか逃げるか」考えて選択できるような暇を与えない。それらのモンスターは朱音の矢の攻撃対象だ。ちょっとした刃物のような狩猟用鏃ブロードヘッドに風属性を纏わせた矢は、こちらも一撃必殺の威力を誇る。しかも、最近の朱音は殆ど百発百中の精度で文字通り「矢継ぎ早やつぎばや」な連射を見せる。


 全体として、俺と朱音の一方的な攻撃は2,3分で終了。飯田の出した障害物の制限時間を余裕であまして、L字曲がり角の先を塞いでいたモンスターは全滅となった


「上手く行ったな」


 U字溝の足場の上で、結果を確かめるように言葉を漏らす俺。対して、隣の朱音は、


「はいっ!」


 と、少し弾んだ声。それで無意識に朱音の方を向くと、彼女も俺の方を見ていた。不意に視線がガッチリと噛み合う。……面と向かってハッキリ目を見るのは、多分2か月ぶり。そこには、一仕事・・・終えて頬を上気させた朱音の……うん、いや、うん……朱音ってこんなに可愛いかったっけ?


「コータ先輩、なんだか元に戻ってきましたね」

「ぇへ?」


 軽く動揺したところへ、不意に全く予想外の言葉を掛けられる。思わず返事に詰まって変な声が出た。


「最近、なんだか昔のコータ先輩に戻っちゃった感じがして……」

「う……そんな事――」


 言いつつ内心は「ハッ」という気になる。確かにここ2か月ほど、自分の殻に篭りがちな心情だった。だが、努めて沈んだ気持ちを外に出さないように振る舞っていたつもりだったのだが……どうやらお見通しだったらしい。


「でも、安心しました!」

「そ……そうか」


 「心配かけてゴメン」とか「ありがとう」くらい言えよ俺、と思うが、口から出たのはそんな言葉。ただ、この間、ずっと見つめ合ったままだったりする。上気して少し潤んだ朱音の瞳に捕らえられて、そこから視線が外せない感じだ。蛇に睨まれた蛙ってこんな感じなのか? いや、違うか……とここで、朱音のぷっくりした唇が小さく開き、そっとした声・・・・・・で、


「私は……変わりませんから」


 と呟くように言う。


 どーいう意味ですか? 朱音さん、それってどーいう意味ですかぁ!? イカン、動揺が止まらない。俺の青春が準備運動無しで全力疾走を始めそ――


(うるっさいのだ! それより、後方が押されているのだ!)


 あ、ごめん。


 結局、さっき[TM研]の面々を注意した自分の言葉がそのまま帰って来た感じの失態。それをハム太に指摘されてしまった。


「あ、朱音、後ろの方の援護へ」

「はい!」


 結局、色々纏めて有耶無耶になった。


*********************


 総勢50匹の混成モンスター集団に対峙した[TM研]。[脱サラ会]と岡本さんのバックアップを得てもやや押されていた。そこへ駆け付けた俺と朱音に、[脱サラ会]の後衛、古川さんが短く、


「シャーマンだ!」


 と状況を伝えてくれる。


 つまり、小規模メイズなら13層くらいから稀に出現するゴブリンSHシャーマンが、9層のこの場に出現したという事。「何匹ですか?」という朱音の問いに古川さんは「多分1匹、でも通路の奥に隠れていて狙えない!」とのことだ。


 どうも状況は、ゴブリンSHが指揮する格好で、5、6匹のゴブリンアーチャーも通路の奥に留まり、そこから鬱陶しく矢を射かけてくる感じだ。それに、ゴブリンSHの【土属性魔法】が加わる。それが、井田君、毛塚さん、久島さん、岡本さんの4枚盾に集中するため、近接組や遠距離組が有効な攻撃に移れず、全体として押される状況になっている。


「朱音、シャーマン狙える?」

「流石に角に隠れている相手は無理です」


 まぁ、そりゃそうだ。でも、朱音が狙えないという事は、他の人も無理だろう。だったら、チマチマと堅実に数を減らしていく事になるか――


「うわぁ!」

「井田君!」

「康介ぇ!」


 とここで、盾持ちの井田君が悲鳴を上げる。咄嗟の事で見逃したが、多分ゴブリンSHの放つ石礫いしつぶてのような【魔法スキル】が頭部を直撃した模様。額が切れて結構な出血になっている。


「井田君を後ろへ!」

「今【手当】を」


 負傷した井田君は後方に下がり、そこへ【手当】スキル持ちの加賀野さんが駆け寄る。多分、それで怪我は何とかなるだろうけど、盾が3人に減ったのは痛い。しかも、こちらが一人減った事にモンスター側が勢い付いたのか、メイズハウンドとゴブリンFが一気に攻勢に出る。更に、「仲間(?)に当たっても気にしない」とばかりに、ゴブリンAが斉射を開始。


 時間を掛けるほど不利になる可能性。やはりきもはモンスター側の後衛。これを早く潰さなければ……だったら、


「飯田、火柱バージョンで道を通してくれ!」


 俺は、ちょっと無謀な思い付きを実行に移すべく、飯田に声を掛ける。飯田はこの時、ピストル式クロスボウをワチャワチャといじっていたが、俺の言葉に顔を上げると、一瞬だけ「?」という顔付きをして、直ぐに意図を理解した様子。相変わらず、ピストルクロスボウをワチャワチャしながら、口だけ詠唱を開始。そして、


「――シズマリタマエ、オンアギャナイエイソウワカ、アー!」


 完成した詠唱は【飯田ファイヤー:火柱バージョン】となって、モンスター集団の手前側に出現。立ち上がる炎を渦のように巻き上げつつ、そのまま通路の後方まで一気に移動する。この魔法スキルによって5匹ほどモンスターが炎に巻き込まれ、黒焦げの肉塊になる。ただ、俺の狙いは直接的なダメージよりも、この火柱が通った後に出来る黒焦げた1本道だ。


「ちょっと行って来る!」

「え、えぇ?」


 俺は、誰とも無しにそう言うと(疑問を発した朱音を無視して)スキルを発動。【能力値変換】で[抵抗]を[敏捷]へ半分変換。次いで【隠形行Lv3】を使い気配を消す。その状態で、黒焦げた1本道を一気に駆ける。


 狙いは勿論、通路の奥。曲がり角に隠れているゴブリンSHやゴブリンAだ。一気に肉迫して、勝負を決める。途中のモンスターをパスするために、飯田の火柱で道を作って貰った訳だ。


 【能力値変換】の恩恵により、俺の敏捷さは普段の1.5倍。魔坑外套の恩恵や朱音の【強化魔法】の恩恵も相まって、常人の3倍は早いだろう。その敏捷さを以て40mほどの通路を一気に駆け抜ける。


 結果として、通路の角の更に向こうへと引っ込んでいたゴブリンSHシャーマン1匹と、ゴブリンアーチャー7匹の集団を、太刀[幻光]の攻撃間合いに捉える。しかも、相手は【隠形行】の影響で俺に気付いていない。まぁ、気付いたとしても、どうにもならない必殺の間合いだ。


「いやぁ!」


 接近されると全く脆い後衛モンスター達は、あっという間に血塗れの死体と化していた。


*********************


 9層通路での戦いは、俺の突撃によってモンスター側の後衛が全滅した結果、程なく全体の均衡が崩れた。こうなると、後は盾持ちと近接の出番になる。負傷した井田君も何とか戦線に復帰し、10分ほど経過した時点で、最後に残ったコボルトチーフが上田君の二刀流を前に沈む。


 その後、ドロップを回収。ほぼ同時に先を塞いでいた飯田の障害物も消滅する。そして、再度前進を開始した[DOTユニオン]はその後小規模な戦闘を2度ほど経て、ようやく、10層への降り口へ辿り着いた。


 結果的に、9層を強引に突破した格好になったが、その甲斐あって14:30過ぎに10層への降り口へ到達することが出来た。これで押し気味だった予定を若干リカバーしたことになるだろう。



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