*7話 井之頭中規模メイズ③ ホワイトデー


 「15時までに10層攻略」という目標には理由がある。といっても、ゲーム的な縛りプレイ・・・・・の要素を取り入れている訳ではない。もっともっと、現実的な理由だ。それは、何かというと、


「それで康介こうすけ(井田君の事)、結局、今日は何処に行くことにしたんだ?」

「え……それ、言わないとダメ?」

「教えてよ! 気になる~」

「えっと――」


 と、[TM研]の面々が交わす会話にヒントがある。相川君が発した質問に応じる井田君は少し締まりがない表情。返事を渋る彼に声を掛ける春奈ちゃんの表情も、どことなく「色々聞きたがりな近所のおばちゃん」的なノリがある。何と言うか、まるでデートの行先を聞くような会話だが、その実、その通りだったりする。


 今日は3月14日。いったい誰が決めたのか、「ホワイトデー」という厄日だ。2月14日の「バレンタインデー」というお菓子屋さんの記念日に、チョコレート等を女子から贈られた男子が、コスパに見合わない返礼をする日、という事になっている。先の「バレンタインデー」には「何で女性ばかり」と声を上げるフェミな方々でさえ、黙殺する特殊な日だ。


 ちまたでは、この日男子が女子に返礼することで、両想いが成立してカップルになるという。また、既に交際している男女(または夫婦)でもプレゼントを送ったりする日になるらしい。


 とまぁ、そんな感じの日だから、夜に用事がある人が多い。[脱サラ会]の面々もなんだかんだ・・・・・・と「今日は早い方が助かる」ということ。[チーム岡本]でも岡本さんが珍しく「反省会」をキャンセルしているし、飯田(のクソヤロー)も便乗して「かかかか、片桐さん」という事らしい。ちなみに朱音はバレンタインもホワイトデーも興味が無いらしく、意外な事にスルーしている。


 一方、PT内恋愛に花を咲かせている[TM研]だが、春奈ちゃんと相川君、小夏ちゃんと上田君のカップルはまぁ良いとして、ここに来て井田君に異変が訪れている。なんと、この井田君、先日ある女性から告白され、交際をスタートしたとのこと。お相手は同じ歳の大学生で、この春から都の職員として働く事が決まっているのだという。


 俺としては、「壺とか水晶玉とか絵とか、高額で売り付けられるんだろ」と心配(期待)していたが、どうもそんな系統・・・・・の女性ではない模様。そうなると、これまで「年齢イコール」の同志だと密かに仲間意識を持っていた俺の立つ瀬がない。妙に焦るような気持ちになるし、何と言ってもイライラする。だから、


「メイズの中だよ」


 などと、思わず柄にもない言葉が、明らかに不機嫌な口調で飛び出たりもする。


「あ、すみません」

「気を付けます」

「ゴメンナサイ」


 そんな俺の言葉に、キャッキャと言葉を交わしていた3人が謝るが……なんだろう、この気持ち。


(「男の焼き餅」なんて、メイズハウンドも跨いで通るのだ。みっともないのだ)


 なんだよ、その微妙な言い回し……てか、分かってるよ! と、ハム太の【念話】による指摘で、いよいよ気が滅入って来る。こんな時は、モンスターで気分を発散するに限るな……早く出てこないかな……。


 そんな感じで、全体の先頭を進む俺。背中に「ホッ」と安心したような朱音の視線を受けている事に気付くはずもなかった。あと、モンスターにはこの後直ぐに遭遇した。


*********************


 9層中盤


 [井之頭中規模メイズ]の9層はかなり広い構造になっている。まぁ、9層に限らず、流石中規模メイズというだけあって、各層ともに広いこと、広いこと……近場に在る[アトハ吉祥メイズ]と比較すると、各層が3倍ほど広くなっている感じだ。


 そんな風に広い[井之頭中規模メイズ]の9層は、階段を降りた場所が広い空間になっていて、そこから北に2つ、西に1つ、東に1つ、南に3つ、と通路が伸びている。その内、俺達[DOTユニオン]が進むのは南に延びる3つの通路の真ん中。


 通路の先は幾つかの分岐(行き止まりや回廊状になっている)を経て同じ様な広い空間に繋がる。その空間にも全部で4つの通路が存在した。ここでは、西側に口を開けた通路を選ぶ。そして、更に先へ進むことになる。


 ちなみに、ここまでの通路の選定は全て飯田の【直感】スキルに頼った結果だ。


 というのも、実は今日が3回目の[井之頭中規模メイズ]潜行になるが、9層の構造全体を把握するには至っていない。というか、6層以下、どの層も完全踏破に至っていない。ハッキリ言ってこの[井之頭中規模メイズ]、広すぎるのだ。日帰りベースの潜行では、各層の全体構造を把握するのにどれだけ時間が掛かるか分かったものじゃない。


 5層辺りにベースキャンプを作って、じっくりと腰を据えて取り組めば、全容把握は出来るだろうけど、そういう効率の悪いことはしたくない。[受託業者メイズウォーカー]として、稼ぎ・・を優先してメイズに潜るなら、やはり[修練値]に見合った階層でモンスターを斃すのが一番だ。


 今の状態でユニオン行動を前提にするなら、やはり12層か13層が適当だろうと思う。7層以降、ドロップは出るには出るが、やや少ない気がするからだ。現についさっき8層でモンスターを狩ってみたが、ドロップは予想の7割程度といったところだった。だからこそ、ベースキャンプを構築して「じっくりモード」をやるにしても、10層が適当になる。そんな訳で、[DOTユニオン]は10層を目指している。


 ただ、そうやって先へ先へと進むやり方だと、どうしても、途中で無視した枝道や通路からモンスターが現れる事になる。前方で戦闘を行う内に、そんなモンスターに背後や側面を突かれることは、殆ど日常茶飯事な状況だ。


 丁度、今もそんな感じになっている。


*********************


後方・・、ゴブリンとコボルトチーフとメイズハウンドなのだ!)


 全体の先鋒役として先を進んでいた[DOTユニオン]がまず、通路の先コボルトチーフとメイズハウンドの集団と接敵する。数は30前後。そして、戦闘が始まった辺りで、俺の頭にハム太の【念話】が、そう響いた。


(50匹なのだ!)


 多いな!


「後ろに、ゴブリンとコボルトチーフ、メイズハンド! 混成で数は50です!」


 【気配察知Lv1】ではそこまで分からなかったが、一応外面的には俺が【気配察知】で存在を把握した、というていで、背後に控える2PTへ警告を発する。


「私達で後ろを押さえます!」


 とは[TM研]の春奈ちゃん。対して[脱サラ会]はリーダーの加賀野さんが、


「じゃぁ、俺達はバックアップに回る!」


 と応じる。一度の遭遇としては、結構多いから気を付けて欲しい。


 状況は幅6mの通路の曲がり角。丁度「L字」を曲がった先をモンスターに塞がれた状態で、後ろからも詰められている格好だ。


「こっここ、コータ先輩!」


 とここで、飯田の声。俺は目の前のメイズハウンド2匹を斬り斃しつつ、


「どうした?」


 と応じる。すると飯田は、


「っしょしょしょ、だだし――」


 どもるにも限度があるだろ、と思うが、これで分かってしまう自分が凄いと思う。つまり飯田は「障害物を出す」と言っている。その意図は前方のモンスターを完全に遮断して、後方に集中するべき、といったところ(だろう、多分)。【直感】スキルが後方の苦戦を予見したのか……だったら、


「分かった、岡本さん、後ろの援護に」


 通路を塞ぐなら岡本さんはフリーになる。なので、後方の応援に回ってもらうことにする。


「オウッ、よっとぉ!」


 岡本さんは、豪快なメイスの一撃を返事のように振るい、目の前のメイズハウンドを薙ぎ斃す。


「私は――」

「朱音は俺と一緒に」


 朱音の声にはそう答える俺。「はいっ!」という朱音の返事を聞きつつ、ハム太には「例のアレ」を出すように念じる。


(分かったのだ!)


 というハム太の【念話】と、


「しょっ障害物、でで出ます!」


 という、飯田の声が重なる。


 まず発動したのは飯田の【生成:障害物Lv2】。縦横2mx2mの土壁(このメイズは管理倉庫の土間に出来ているから周囲は土が剥き出しのトンネル風になっている)が3枚、床からせり上がり、前方を塞ぐ。これで、[チーム岡本]は前方のメイズハウンドとコボルトチーフの集団から完全に遮断された。[飯田式簡易要塞]とは違い、完全に通路を遮断している。と、そこへ、


(その辺りに、のだ!)


 今度はハム太の【念話】が【収納空間(省)】の発動を伝える。この時、ハム太が【収納空間(省)】から取り出したのは、コンクリ製の巨大なU字溝。縦横高さが1.5mある構造物だ。それを、「Uの字」を伏せるようにしてメイズの床、障害物の内側にくっつけるようにして出現させる。用途は、


「朱音、コイツを足場にして、撃ちまくるぞ!」

「はい!」


 というもの。


 少し前、俺は飯田(というか飯田金属)にやぐら的な足場を発注していた。ただ、当初は建設現場の足場的なイメージだったが、これを実際に使ってみると、メイズ内の風景とミスマッチなことはなはだしい。不自然過ぎて注目と疑問を惹き過ぎる出来だった。


 そのため、第2段として、河川工事で使われるような大きなU字溝を入手した。これならコンクリ風な外観が多いメイズにもマッチする。「どこから出て来た?」と訊かれたら「飯田の【障害物】スキルの応用です」としらばっくれることも可能だ。我ながら隙がない!


 今回は周囲が土なので、マッチしていないが、なに、細かい事は気にしない。大体、他の2PTはコッチに構っている余裕が無さそうなんだ。


 ということで、


「朱音、手を!」


 先にU字溝に上った俺は、朱音の手を掴むと勢いよく上に引っ張り上げる。これくらいは【能力値変換】無しでも出来る。てか、朱音、軽い。


「あん……」


 朱音は変な感じの溜息を吐くが、そんな場合じゃないので、


「相手はコボルトとメイズハウンドだから反撃は無いと思うけど、気を付けて」


 と言いつつ、自分も太刀[幻光]の鞘を払う。朱音は属性矢、俺は「飛ぶ斬撃」で、障害物に阻まれたモンスターを一方的に攻撃する。ずっと俺のターン! 一度やってみたかったんだ。ホワイトデーなんて、ぶっ飛ばしてやる!


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