*5話 井之頭中規模メイズ① 挑む理由


 結局、昨日の手島の話は、加賀野さんが


「しばらくはこのまま、今のクランでやりながら――」


 という事でその場をやり過ごした。まぁ、バックにややこしい連中・・・・・・・が付いているなら、おいそれと素人は口出しできない。だから、そんな感じの返事が背一杯になる。


 それでも加賀野さんは、


「時間を見つけて、また一緒に潜ろう」


 と言う。それに、


朴木ほうのき金元かなもとの連絡先は知っているから、連絡を取ってみよう」


 とも言った。


 どうやら、これまでも少ない収入の足しにするため、休みを返上した手島のPTに加賀野さんは付き合ってやっていたらしい。その上、[赤竜・群狼クラン]のトップPTのリーダーに連絡を取ってみるつもりらしい。本当にお人好しな人だと思う。


 一方、千尋と手島の間は、


「毎月、幾らでも良いから途切れず払いなさい! 1度でも途切れたら即裁判よ」


 となった。「幾らでも良い」とは随分と温情のある話だが、こういう風・・・・・な心情になった経緯を、俺は千尋から聞いていない。というのも、昨日、マンションに帰った後、千尋はずっと部屋に籠ってしまったからだ。


 しかも(折り悪く?)、昨晩は3月の新月。俺としては千尋の(多分それなりに傷付いた)心情も気になるが、2月に不通だった大輝との交信も気になる。そのため、仕方なく俺は部屋に籠った千尋を残して、田有のアパートで足を運んだ。ちなみに、この夜の交信は又も「不通」で終わっている。


 それで、マンションに帰ると、既に千尋の部屋は電気が消えていた。妙な事はないだろうけど、心配になったので一度だけ声を掛けてみると、小さく「大丈夫、おやすみなさい」と返事があった。言外に「余り構わないで」という空気を感じ取ったので、それ以上何も出来なかった。


 そんな千尋だったが、翌朝 ――つまり今朝―― には普通に起きてきて、メイズに行く俺を見送ってくれたから、少なくとも表面上は普通に振る舞うことが出来るほど立ち直った、と思う事にしている。


 帰りにケーキでも買って帰るか……


(吾輩、カフェ・ド・スクワールのチーズケーキが良いのだ!)


 とは、甘辛両刀使いなハム太の念話。ちなみに「カフェ・ド・スクワール」とは、井之頭公園内で営業している、雰囲気の良いカフェだ。そこのベークドチーズケーキがハム太のお気に召したらしい。


「はいはい、分かったよ」


 1Fへ向かうエレベータ内で、俺は小さく声に出して返事をする。そして、早朝のマンションを後にした。


*********************


 一般的に井之頭公園と呼ばれている広大な都営公園の内、玉川上水の南側に広がる「西園」に通称「井之頭中規模メイズ」が発見されたのは昨年2020年12月の事。三鷹市側の公園管理事務所横に設けられた資材管理倉庫内に積み上げられた資材の下に、直径6mの穴がポッカリと口を開けていた。


 資材管理倉庫全体が、公園利用者から見えないように目隠しされていた事と、「管理倉庫」などと言いつつも、その実、置き場所と処分に困った残余資材を放置していただけの場所だったため、管理の目が行き届かずに発見が遅れた・・・・・・ことになっている。


 まぁ、実際は既に発見されていたが、持て余して報告もせずに放置していたのだろう。放置されたメイズが「魔物の氾濫」を起こすなど、誰も思いもしない頃の話だから、仕方がない。ただ、その「仕方がない」で中規模メイズが「魔物の氾濫」を起こしていたら、2021年は今とは全く違う展開になっていただろうと思う。


 とまぁ、そんな感想はさて置くとして、2月の中頃に解放された「井之頭中規模メイズ」が現在の[DOTユニオン]の主たる活動場所になっている。このメイズを主たる活動場所に設定したのは、何も「中規模メイズ」という物珍しさが理由ではない(そういう面も少しはあるが)。他にちゃんとした理由が2つほどある。


 1つ目の理由はドロップの都合。


 現在[DOTユニオン]各PT各員の[修練値]は大体800を越えている。この状態で、他の小規模メイズに行った場合、10層未満ではドロップ率が極端に悪くなってしまう。それが「井之頭中規模メイズ」の場合は、5層未満では流石に出ないが、7層辺りを超えると何とかドロップが出るようになる。中が広くモンスターの数が多いため、若干劣るドロップ率を数で補うことで、なんとか納得できる水準のドロップを収拾することが出来るという訳だ。


 そして2つ目の理由は[管理機構]からの要請、というか推奨だ。


 現在、ほぼ全てのメイズには旧称「魔素干渉計」、現在の名称は「MEOメオ・観測計」と呼ばれる装置が設置されている。これはメイズから放射される何か・・の量を観測、計測する装置のこと。名称にある「MEOメオ」とは、メイズ放射物を意味する英語の頭文字を取った造語になる。つまり、早い話がメイズから漏れ出てくる「魔素」の量を観測する装置だ。


 現在、この観測計がほぼ全てのメイズに設置されており、更にオンライン化されリアルタイムでモニターされている。それで[管理機構]は、この観測数値が一定水準以上のメイズや、上昇傾向にあるメイズについて[受託業者]に管理作業・・・・を推奨している。


 ちなみに「井之頭中規模メイズ」のMEOメオ値は、先月2月中頃から継続して50~55%の間で推移しており、これは、現在装置が設置されているメイズの中では頭一つ抜けて高い数値になる。他は大体25~40%の間だから、どれだけ高い数値か分かるだろう。


 まぁ、この数値自体も「」で表現され、0%は電波障害が無い状態、100%は昨年アメリカ・ニューヨークやロサンゼルスで「魔物の氾濫」が発生した時の観測数値を元にしている。だから、本当に正確か? と言われると疑問は残るが、まぁ、今はこの数値を基準にするしかない。


 という訳で、[DOTユニオン]はこの日、3度目の「井之頭中規模メイズ」潜行を行っている。


*********************


 井之頭中規模メイズ 8層


「これで! 最後かぁ!」


 岡本さんの吠えるような声が響く。同時に、それまで対峙していたコボルトチーフがメイスの一撃を受けて、1mほど浮き上がりつつ後ろへ吹き飛ばされる。メイスが直撃したと思われる胸部をボッコリとクレーター状に陥没させ、犬型の口と鼻からはどす黒い血を吹き上げながら、悲鳴も上げずに吹き飛ぶコボルトチーフ。まるで【強撃】スキルを使用した一撃に見えるが、岡本さんの場合は「ナチュラル強撃」といったところだ。


 [魔坑外套]の恩恵に、【戦技(前衛職)】がLv4になった結果と、飯田金属が新しく岡本さん専用ワンオフで開発した重量重視の[飯田式フランジメイス3号]の威力が相まって、クリーンヒットした際の破壊力は凄まじい。


 ちなみにこの[飯田式フランジメイス3号]、他に隠された機能として、先の[太磨霊園メイズ]で収拾した[属性石:火]が頭部に封入されている。ハム美から伝授された[属性石]の武器への利用方法は ――武器の一部に組み込むこと―― という単純なものだった。ただ、この方法で[属性石]を利用する場合、石の力は使う度に消耗される。そのため、今のところ、岡本さんが火属性を付与して攻撃する場面を見たことは無い。まぁ、使わなくても何とかなっている、という訳だ。


 現在地点は8層中ほどの通路。状況は、コボルトチーフの【遠吠え】から始まったメイズハウンドのラッシュを退けた直後。岡本さん的には「これでひと段落」のつもりだったのだろう。でも、


「まだ来ます! 通路の先にゴブリン集団、数は――」


 【気配察知】を習得した俺の感覚は、通路の先の曲がり角の先に、ゴブリンと思われるモンスターの気配を感じる。1匹ではない、相当な数の集団だ。ただ、Lv1の習熟度では、数が直ぐに分からないのが玉に瑕。とそこへ、


「25匹なのだ!」


 と、ハム太の声が割り込む。ぐぬぬ……流石、習熟レベル表記無しのチート級【気配察知】、負けた気がして悔しい。


「ったく、数ばっかり多くて厭になるな!」と岡本さん。

「みみっみ、見えたら、うう、撃ちます!」と飯田。


 この辺りの連携は、もう自然な感じだ。ちなみに、【念話】スキルを取得した飯田だが、[修練値]が足りずに習得に至っていない。そのため、例のどもった・・・・喋り方はそのまま。まぁ、[チーム岡本]内では、それで通じてしまうから、余り支障はない。今も、曲がり角から新手のモンスターが見えたら魔法スキル(多分【飯田ファイヤー:火球バージョン】)を撃ち込む、という意味だ。


「【強化魔法】時間切れになりそうですけど、重ね掛けは?」


 とは朱音の声。これに対して俺は、


「いや、魔素力温存で行こう。ゴブリン集団25匹、この層だったらナシでも行ける!」


 と答える。少し前のコボルト・ハウンドラッシュは数が50を越えていたから【強化魔法】を使ったが、その半分程度のゴブリンなら、無しで行けると思う。


「分かりました、じゃぁ援護します!」


 ということで、朱音はリカーブボウを構え直して矢筒から風属性を纏った矢を抜き出す。


「来たぞ!」

「――モユルカマドビ、オンケンバヤケンバヤソワカ、ウーンッ!」


 岡本さんの声を受けて、飯田が詠唱を完成。飯田の目の前にはバレーボールサイズの火の玉が浮かび上がり、それは次の瞬間、通路の先に顔を出したゴブリンソルジャー5匹の中央に炸裂。


――ドォォンッ!


 整音機能付きのイヤーマフ越しに、篭った爆発音が生じ、次いで熱風が頬を撫でる。飯田ファイヤーの直撃を受けたゴブリンFは散り散りに吹き飛び、等しく黒焦げの肉塊になった。


「グギャギャ――」

「ギョギョ……」

「ギャギャン!」


 出鼻を挫かれたゴブリン集団は明らかに怯む。ただ、そこで、


「ギョギョギョ、ギャンギャァ!」


 と、力強い声(?)が響く。それで、尻込みしていたゴブリン達は、粗末な武器を握り直して、こちらへ突進を開始。まぁ、奴らに突進を促した存在は――


「ゴブリンナイトが1匹いるようです!」


 という事。小規模メイズでは13層くらいから出てくるゴブリンナイトだが、中規模メイズここでは8層辺りから少数登場する。


「8層でナイトのお出ましか、上等じゃねぇか!」


 岡本さんは、そんな風に大声を出すと、突っ込んで来るゴブリン集団に立ち向かうようにメイスを頭上に掲げた。

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