*3話 手打ち的な平手打ち
客が
対する千尋は、多分色々な感情が渦巻いた結果なのだろう、2人の席に近づくほどに歩調を早める。そして、(流石に止めた方が良いか?)と俺が思った時には、千尋は小走りほどの勢いになって残り3歩の間合いを詰め、そのまま、
――ドンッ
と、椅子に座る手島を横から突き飛ばした。
「うわぁ!」
間抜けな声を上げて椅子から転がり落ちる手島。ただ、腐っても[
「な、なんだ――」
と声を荒げつつ、直ぐに立ち上がる。しかし、次の瞬間、
――パンッ!
手島の抗議を遮るような乾いた音が店内に響く。立ち上がった手島の頬に千尋のフルスイング
ちなみにこのビンタ、千尋と手島の身長差から、斜め下から振り抜かれる軌道を描き、綺麗に手島の顎(所謂「
「あ、え? これは……」
流石に加賀野さんも驚いた様子。まぁ、今日は「同一人物か確認するだけ」という約束だったから、突然現れた
という事で、俺は咄嗟に、全てを偶然で片付けるために、
「あれ、加賀野さんじゃないですか? どうしてここに?」
と、白々しい声を発した。これで、何とかなるか?
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結果として何とかなった。
千尋のビンタで軽い脳震盪状態になった手島が立ち直るまでの短い時間で、
(すみません、加賀野さん)
(遠藤君、やっぱり同じヤツだった?)
(はい……ここは偶然出会った
(そうか……分かった)
というやり取りをした結果だ。
まぁ、俺や千尋と手島の因縁以外に、この場には[脱サラ会]の加賀野さんと手島(というか[群狼第3PT]の手島)との交流もある。俺達兄妹にとっては「憎いヤツ」でも、加賀野さんにしてみれば「手のかかる後輩メイズウォーカー」だ。それに、何事か相談を持ち掛けられる程度には親密な様子でもある。そんな交流にケチが付かないように、この場は「完全な偶然」の出来事にしてしまうのが一番良い。
我ながら「ちょっと気を回し過ぎか?」とも思うが、全てはお世話になっている加賀野さんへの配慮。しかも、「偶然出会った」という
「ち、千尋、なんで?」
「何でじゃないわよ! 借金踏み倒して逃げた男が、こんなの所で何しているのよ!」
「そ、それは……」
まぁ当然のやり取りになって、手島は言い淀む。そこに俺が、
「踏み倒して逃げておしまい、というほど世の中甘くないぞ、手島」
と口を挟むと、手島はようやく俺に気付いたのか、
「え? 遠藤サブマネ? なんであんたが?」
と、素っ頓狂な声を上げる。
「
「げぇ、じゃ、じゃぁ……
「妹だ!」
「お兄ちゃんよ!」
何故、ここで「夫婦」と発想するのか? という疑問はさて置き、そんなやり取り。と、この辺りで、
「落ち着きなさい、しかし……遠藤君も手島君も知り合いだったのか?」
と、白々しい加賀野さんの仲裁が入り、
「あ、加賀野さん、お世話になってます」と(白々しく挨拶をする)俺、
「加賀野さんも知り合いなんですか?」と驚きに輪を掛けた表情の手島、
「[チーム岡本]のアタッカーだよ、聞いた事あるだろ」と、肩を竦めて見せる加賀野さん。
そんな加賀野さんの説明に手島は、
「マジで……
と、驚いた表情を上書きさせて見せた。「あの」って「どの」だよ? と思わないでもないが、まぁそれは置いておくとして、俺は
「手島……逃げるなよ」
と凄んで見せる。
その後、
*********************
手島の喋った内容は、常識人を自負する俺からすると、眩暈を感じるようなトンデモ話だった。何と言って良いのか……全て身から出た錆とは言え、色々と重なり過ぎていて、聞いている
「ちょっと前からある女性とお付き合いをしていて――」
もう、この時点で千尋は都合の良い遊び相手だったことが分かる。哀れ妹よ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
「でも、その女性はすでに結婚していて――」
と、本命の女性とは不倫関係だった様子。なるほど、だから俺と千尋を見て「夫婦?」と思った訳か……それにしても、お昼のメロドラマ設定かな?
「でも、
自分の事を棚に上げて
「そのくせ、変に律子や沙耶に執着しやがって……浮気だ、慰謝料だ、離婚して欲しけりゃ慰謝料払えって」
つまり、手島は大学3年生の頃から人妻に手を出し、その不貞行為の慰謝料を背負っていたとのこと。その額は400万円。結局、手島のご両親が肩代わりしたものの、その両親は手島に対して、
――お前のようなヤツを息子とは思わない!――
と、親子の縁を切る状態になったという。その後、手島の母親の
――半分だけでも返しなさい――
と、幾分怒りは緩んだものの、学生の手島に200万もの大金を返す当てはない。しかも、折り悪く、就職活動がコロナウィルスによる不景気の煽りを受けて絶望的となる。そこで、色々と
「とういうわけで、已むに已まれず……」
金が必要になり、思いついたのが水商売をしている
「じゃぁ、最初から私とは遊びだったわけね」
「すまん、ごめん、本当にスマナイ!」
兄の俺でも聞いた事が無いような冷え冷えとした千尋の声。対する手島は、ゴンッとテーブルに頭を打って謝る。
「――借金も最初から返すつもりはなかった?」
「いや……そうじゃない、そうじゃないんだ、でも……」
「じゃぁ、どうして逃げたのよ!」
「それは……」
詰問する千尋に、手島は観念したように顔を上げると、
「律子が……出来ちゃったんだよ……赤ちゃんが」
もう、言葉がありませんよ。これ以上の手島の話を聞くのが辛くなって、俺は視線を外へと逸らす。すると、同じ様に視線を彷徨わせた加賀野さんと目があった。こんな時、どんな顔していいか……まぁ、
「笑うしか――」
「――ないな」
妙な感じで、俺と加賀野さんの言葉が重なった。
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