*番外編 熱海高級温泉リゾート
2021年1月8日 夜
「あ~、お月様は出てないですねぇ~、ちょっと残念です」
「まぁ、今だったら、もっと夜中にならないと見えないだろうな」
日本庭園風の庭には、適度な間隔で照明が設置してあり、酔い覚ましの散歩には支障が無い。カラン、コロンと下駄の音が遊歩道の石畳に響く。貸し切り状態の宿だから、他に宿泊客の姿はない。丘の上の立地だから、遠くに熱海湾の縁を
まぁ、それほど遅い時刻という訳でもない。他の面々は宴会を終えて再度露天風呂へ、といったところだろう。俺もそのつもりだったけど、結果として、朱音に呼び出されて、夜の散歩に付き合っている、というところ。
ここに至る経緯はと言うと……
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「反省会」兼「新年会」的な飲み会の場に電話を掛けて来た月成凛。対して、[チーム岡本](というか俺)は、そんな彼女のお誘いに勢いで乗ってしまった。その結果、翌日にはそれなりに後悔する思いも有った。やっぱり、お誘いが月成凛からのものだと考えると、なんだか
ただ、冷静に考えると、このお誘いは可成り破格の待遇だった。まず、宿泊場所として提示されたのが「GESSEI HOTEL&SPA RESORT ATAMI」という超が付くほど高級な温泉リゾートホテルだということ。確か、フランスやアメリカの格付けで5つ星を取っているホテルだ。
それで、(我ながら貧乏性だと思うが)調べた結果、ネットでは「星1つ辺りのコスパが最も悪いホテル」という珍妙な評価が付いていた。それだけ宿泊料金が高いということだろう。現に(恐ろしい事に)ネットを幾ら調べても宿泊料に関する情報が無かった。当然のごとく、ホテル予約サイト等に名前が出てくることも無い。そんなものを調べる庶民は、端から相手にしていない、とでも言いたげな敷居の高さだ。
また「日本で一番予約が取りにくいホテル」という評価も有った。これは「誰かからの紹介」が無ければ予約を受けない、という「
そんな高級リゾートホテルに、
「じゃぁ、俺は嫁さんと子供二人も連れて行く」と岡本さん。
「っしょ、っしょ、祥子さんを」と飯田。
「ミッキーさん……いえ、何でもないです」と朱音。
「私、部外者だけど良いの?」と里奈。
そして、「千尋も誘ってみる」という俺。飲み会の勢いで、好き勝手にメンバーを追加したのだが、電話先の月成は、
「お安い御用ですわ」
とのことだった。
それで、飲み会の翌々日の8日、俺達は15:00に熱海駅集合という約束で、ほぼ約束通りに駅前に集合した。ちなみに、駅前に集合したメンバーは俺と千尋、里奈、朱音、飯田と片桐さんの6人。一方、岡本一家は、
「家族サービスも有るから……直接ホテルに16:00頃に着くようにするわ」
とのこと。道中を楽しみながらレンタカーで来るという事だった。
駅前には、2台の黒塗り高級リムジンが俺達を待ち構えていた。この時点で庶民派な俺達の緊張はマックスにまで高まる。ただ、案内役として現れた月成凛のリアル執事な
「生憎、お嬢様は急用が入りましてご一緒できません」
とのことだった。なんでも、国際メイズ学会の緊急会合が有って、正会員の[月下PT]の面々はオンラインでその会合に参加しているとのこと。確か[TM研]の面々も準会員だと言っていたから、会合には参加しているはず。緊急会合というのがなんだか気になるが、中身については後日[TM研]から聞き出す事にしようと思う。
とにかく、ホスト役の月成凛が居ない、という事実に胸を撫で下ろす気持ちがしたのは内緒だ。
その後、俺達はリアル執事な東田さんの
それで、各自に割り当てられた部屋に案内された後は、17:30の夕食まで好き勝手に過ごす事になる。部屋割りは、俺と千尋で1部屋、朱音と里奈で1部屋、飯田と片桐さんで1部屋というもの。どの部屋も間取り的には寝室2部屋に居間+部屋付の露天風呂という造り。しかも全室がオーシャンビューだった。
部屋に荷物を置いた後、千尋は早速、朱音や里奈(とハム美)と一緒に大露天風呂の方へ行った模様。なんでも温泉に併設されたスパエステが有るらしい。一方の俺は、部屋付の露天風呂に漬かりながら、ボーっと過ごした。その間、ハム太は、出発前に駅のATMで残高確認をした俺の通帳を眺めながら、勝手に
その後は岡本一家が到着し、ハム太とハム美が岡本夫妻のお子さん(琢磨君と仁哉君)に見つかって揉みクチャにされたり、エステから帰って来た千尋が、まだ2人にプレゼントを渡していない俺を散々に
夕食は流石というか、何と言うか……多分もう一生食べる機会がないであろう豪華な料理の数々だった。ただ、残念な事に、或る程度以上高級になると評価する側にも資質が求められる。そんな感じの料理だった。まぁ、「美味しい、美味しい」と思って食べることになる。そういう意味では「あん肝」という食材に出会ったハム太とハム美は幸せだっただろう。
夕食はさながら
俺は、ハム太を連れて大浴場に行くつもりで一度部屋に戻ったのだが、出たところで待ち構えていた朱音に捕まり、それで今に至る、という訳。
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「でも、お星さまが綺麗に見えますね」
「そうだな……」
確かに星空は綺麗に見える。いつぞやに見た奥太摩公園のキャンプ場ほどではないが、それでも都内からは想像もつかないほど、夜空が高く、奥行きを感じるほどに澄んで見える。思えば最近、空を見上げる事が無かった気がする。いつも地面の下にばかり目が行っていた。これはもう[
「ねぇ、コータ先輩」
「……なんだ?」
不意に名前を呼ばれて、視線を夜空から目の前へ移す。そこには、遊歩道の照明に浮かび上がる朱音の姿。ほっそりとした身体の輪郭が明かりに照らされて浮かび上がっている。確か、若草色の浴衣にえんじ色の丹前という、旅館の宿泊客然とした格好だったはずだけど、なぜかこの時、その輪郭に、普段メイズの中で見るようなシルエットが被る。
「……」
名を呼んだはずの朱音は、しかし、その続きになる言葉を発しない。そのため、妙な静寂が辺りを包む。
「あ、そうだ、渡しそびれていたモノがあるんだ」
何と言うか、朱音が発する無言の視線に負けたように、俺はそう言うと浴衣の懐から例のシルバーアクセが入った小箱を取り出す。
「一応、クリスマスプレゼント的な……感じ?」
言うまでは「どうやって言い出そう?」と思っていた言葉が、実際に口に出すと、存外大したこと無かった。目の前で、朱音の視線がフッと緩んだ。
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