*幕間話 アメリア
1月13日 新月の夜
田有の安アパートの1室は、
「この鏡が、そうなの?」
住む用でない部屋の賃貸を続ける理由、つまり、
「そうだよ。元は大輝の形見分けに入っていた品物で……多分、里奈へ18歳の誕生日プレゼントとして贈るつもりだった物だ」
「そう……なんだ」
「鏡そのものが重要なのか、場所も含めて重要なのか、分からないから未だに家賃を払い続けている」
俺は、里奈の疑問に素直に答える。
こうなった
それで、色々と疑問をぶつけられた挙句、俺は辻褄が合う説明に行き詰まり、仕方なく
「ハム太とハム美はどういう存在なの?」という質問に、「俺も知らない」と言い張れば、もしかしたら、あの場はそれで押し通せたかもしれない。「最初に会った時から、私の事を知っている風だった」という疑問にも、「そんなの気のせいだ」と突っ張れば、それ以上の事を里奈は
だけど実際の俺は、その疑問に「大輝」の名前を出してしまった。勿論、大輝の同意を得ている話ではない。寧ろ、彼の考えとは真逆の行為だ。しかし、あれだけ口にする
その結果、当然の如く里奈からは、
――どういう事よ! ふざけて言っているの? 私をからかっているの?――
という反発を受けた。
酷い剣幕だった。だけど、それも無理はない。8年、いや、もう9年になるか。時間の経過を得て、思い出の存在になり始めていた
俺は、とんでもなく悪辣な事をしでかしてしまった。忘れるままに任せておけば、それで済んだ話。それをほじくり返した上で見せる現実は、今後の人生で二度と交わることが出来ない場所に居るという事実でしかない。
しかも、最悪なのはこの発言をした時から今に至るまで、否応なしに自覚させられる自分の気持ちだ。大輝の名前を出したことに対する後悔と並び立つように主張を始めた自己弁護が、俺の中にある。それは、肚の底の一番深い所に押し込めていた拭いきれない感情の発露。それが利己的な思惑になって、あの夜の俺を動かした。心の底で求めている帰結を得ようと、自分の事しか考えずに、俺は……
「で、こうやって待っていればいいの?」
と、ここで里奈の声で思考が現実に引き戻される。見れば、彼女はローテーブルの上に置かれた鏡に相対する格好でフローリングに座っている。
「基本的にはそうなのだ」
「こちらからは働き掛けられないニャン」
「そう」
里奈の問いに答えるのはハム太とハム美。俺は、押し入れから座布団を引っ張り出すと里奈に差し出して、自分も座る。
「11月と12月は交信できなかったから、もしかしたら今日も――」
「その話はもう聞いたから」
俺の言葉をピシャリと遮る里奈。結局8日の夜から今まで、里奈の俺に対する機嫌は直っていない。それどころか、今夜の彼女は視線を俺の方へ向ける頻度さえ極めて少ない。贈ったブレスレッドを身に着けてくる、という事などある筈がない。まるで、一気に時間が巻き戻り、高校3年の秋 ――大輝の失踪―― 以降のような関係性に戻ってしまった感じがする。
「……」
自業自得としか言いようの無い状況に、俺は二の句が継げずに黙ることになる。アパートの部屋に、3週間ぶりに仕事を始めたエアコンの唸るようなファンの音だけが響いている。
*********************
変化は突然訪れた。
これまで部屋の壁を映すだけだったの鏡の表面に、波紋のような揺らぎが走る。一度走った波紋は、次から次へと新しい波紋を呼び起こし、やがて鏡面全体が像を結ばなくなるほど波立った様相を呈する。隣で里奈が息を呑むのが気配で分かった。
――ガガガガッ――
不意にノイズ音が起こる。そして鏡面全体が暗転。次の瞬間、パッと元に戻った鏡には、田有のアパートとは明らかに異なる別の部屋の光景が映し出されていた。ただ、その先に居る人物は、俺(やハム太、ハム美)の予想とは少し違っていた。
『―――%△#?%◎&@! ハム太! ハム美!』
鏡の向こうでそんな声を発したのは、歳の頃なら14歳前後の少女。少しカールの掛かった明るめの茶色い髪に縁どられた顔は、お人形のように整っているが、白い肌に点々と浮かぶ
そんな活発な女の子、といった風貌の少女が、鏡の前で驚いている。発した言葉は聞き取れなかったが、言葉尻にハム太とハム美の名を呼んだのは聞き取ることができた。この2人(匹)を知っているということは、大輝の関係者だろうか?
「アメリア様なのだ!」
「お久しぶりニャン!」
対して、鏡のこちら側に居る2人(匹)は、そんな感じでハムスターの頭を鏡に向かって下げている。一応お辞儀をしているように見える仕草だ。
「どう……なってるの?」
「さぁ、俺も始めて見る女の子だ」
一方、俺と里奈は小声でそう言い合う。すると、鏡の先の少女(アメリア様?)は、『コホン』と小さく咳払いをしつつ、居住まいを正して、
『は、初めまして。コータ様と里奈様ですね?』
と、
ただ、そんな驚きは些細な事だと思い知らされた。というのも、続いて彼女が発した言葉、
『わたくし、アメリア・ネルファール・メラノア・
が十分に衝撃的だったからだ。
『いま父を呼んで来ますね!』
鏡の向こうのアメリアは、こちら側で衝撃を受けて固まって居る俺と里奈を置き去りにし、そよ風のようにフッと姿を消した。
「コータ……知ってたの?」
「知らなかった……知らなかったよ……」
後には、俺と里奈の、何とも形容し難い唸るような声が残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます