*幕間話 再会
アメリアが姿を消してからほんの2分ほどで、鏡の向こうに大輝が姿を現した。
その姿はファンタジー世界の魔法使いと貴族の服装を掛け合わせたような
「大輝……なの?」
『里奈か……』
鏡を挟んで向き合う2人は、
「すまん大輝、どうにも――」
それから続く言葉が単なる言い訳だという事を、いや、言い訳よりも質の悪い「嘘」だという事を、自分自身が何よりも良く知っている。 ――里奈に事情を説明するために、お前の存在を明かさなければならなかった―― というのは「嘘」だ。そんな言葉を
だが、大輝はそんな俺の
『いや、コータ……謝るべきなのは口止めを頼んだ俺の方だ。変な苦労をさせてすまなかった』
「あ、いや……」
お前はどれだけイイ奴なんだよ! と思わず叫びたくなる。口にすれば決定的な自己嫌悪に陥っただろう「嘘」の言い訳さえ、大輝は言わせてくれないようだ。そんなんだから、俺の
『里奈……綺麗になったな』
「大輝……今までどうして?」
『話すと長くなる、だけど、聞いて欲しい』
「うん」
*********************
それからしばらくの間、俺は口を挟むことが許されない門外漢になった。
想いを寄せ合いつつも、結ばれる事無く引き裂かれた男女の再会劇。いや、厳密には再会を果たしたとは言い難い状況だ。時間の流れは別だし、そもそも、お互いの居る世界を
その間、大輝が話した内容は、俺も聞き知っている部分が多いものだった。奥太摩のキャンプ場での肝試しから、どうやって向こうの世界に行きついたのか、その世界はどんな状況だったのか、そして、何をして、どうなったのか、そんな内容だ。
ただ、俺が聞いていなかった話もある。それが娘だと名乗ったアメリアに関する経緯だった。
やはり、大輝は向こうの世界で
大輝が語った話によると、アメリアの母親、つまり大輝の妻は名をレーナといった。なんと、メラノア王国(大輝を召喚した
ただ、その女性と大輝がどうやって結ばれたのか? 今現在、その女性はどうしているのか? そもそも、何で俺にはその話をしなかったのか? という部分の説明を、大輝は敢えて後回しにすると、その代わりに、
『交信できる時間には限りがあるから、先に伝えたい事が有る』
と、言った。
鏡越しに大輝の視線が里奈から離れて俺へ向く。それでなんとなく、察した気持ちになる。多分、
『そちらの世界で3か月、こちらの世界で1年間、交信を出来なかったのは戦争をしていたからだ』
大輝はそう切り出した。
「相手は何処の国なのだ、大輝様?」
「お兄様、今の状況なら南のアルゴニアしかあり得ないニャン!」
『ハム美の言う通り、北部連合とアルゴニア帝国の戦争だ』
「やはり、いけ好かない奴らなのだ……」
「それで大輝様、戦いの行方はどうなったニャン?」
『それはな――』
そこであちらの世界の事情を知るハム太とハム美が会話に割り込んでくる。ただ、その後の大輝の説明で、大まかな事情を知ることが出来た。
大輝曰く、アルゴニア帝国という大国が南の大陸に存在するという。大輝が居るメラノア王国を含む北部連合の支配地域とは細い陸回廊で繋がるのみの、文化圏が異なる大国ということだ。
ただ、あちらの世界で100年以上続いていた[魔坑]との戦いでは、アルゴニア帝国はかなり早い段階で、その
『俺達の戦い、魔坑戦争と呼んでいるが、その戦いに多くの勇者を送り込んでくれた』
のだという。
ただ、その[魔坑戦争]が終結した後の十数年で北部連合は(多分大輝の異世界知識のせいで)大きく発展し、勢いを盛り返すことになった。その結果、アルゴニア帝国の優位が危うくなる状況を生み、それが戦争を誘発したという。
『ただの覇権争いなら、行って無理矢理にでも止めるつもりだったが……アルゴニア帝国側は[魔素]を使ったスキルを動員して戦いを仕掛けて来た』
つまり、大輝の居るあちらの世界では「消滅した」と思われていた魔坑由来の魔素が戦争に使われた形跡があったという事。それで今は、
『戦争は取り敢えず北部連合の辛勝と言う格好で停戦協定を結んだ。これからはアルゴニア帝国内部の調査をしなければならない』
という段階だという。そして、
『多分、アルゴニアは大規模魔坑を国内に隠している……まったく、何でそんな事をするのか分からないが……とりあえず、魔坑はこっちの世界にも残っているということが分かった』
という事だった。
対して俺は、こちらの世界でも[小規模メイズ]が魔物の氾濫を起こした事を告げ、そのメイズの最奥に魔坑核以外に壁面に書かれた文字があった事を告げた。
「これがその壁面文字ニャン」
その話を受けてハム美が紙に書き写した壁面文字を鏡の向こうの大輝に見せる。
『不可解な……そんな物は見たことが無い』
対して大輝は、そう言いつつも素早くそれを書き写した。そして、
『これは俺の方でも調べてみる』
ということになる。
*********************
話はそれでひと段落した。時刻は21時を少し過ぎた辺り。体感的に、後2時間半ほどは交信を続ける時間がありそうだ。だから、
「俺は先に帰るわ、アパートの鍵はポストにでも投げ入れておいてくれ」
俺はそう言いつつ腰を上げた。
「え? どうして?」
『そうか、ありがとう』
対して里奈は疑問を口にするが、大輝は短く礼を言った。
「じゃぁ、大輝も気を付けてな」
『ああ、コータもな』
「ちょっと――」
こうやって、2人を残して身を引くのはこれで何度目だろう? と思いつつ、里奈の呼び止める声を無視して、俺は部屋から出た。なんとなく、この後の大輝の話を里奈と一緒に聞く気になれなかった。そんな理由から、俺は逃げるように部屋を後にする。
冷え込みが厳しくなった新月の夜空は、星の明かりすら見えないほどに、ぶ厚い雲に覆われている。雪になるかもしれないと思いつつ、昏い夜道を歩く俺の歩調は、いつしか早足から駆け足に変る。そして、まるで何かから逃げるように全力で、息が続くまで、気が済むまで走り続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ったく、青春かよ‥…今頃」
運行を再開した西武新宿線の線路沿いを走り、上りの電車に追い抜かれた後、電柱に寄り掛かった俺は粗い息で思った事を口に出す。吐き出す白い息の向こう側に粉のような雪がチラついていた。
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