*番外編 里奈とコータ


 朱音は立ち去り際に「私のターン」などと言っていた。言われて直ぐは、そんな変な言葉使いの意味まで気が回らなかったが、あれって、どういう意味だったのだろう?


 それに「今のままで良いです」というのも、ちょっと不可解。少なくとも、恋愛経験の皆無な俺の乏しい知識から考えると「言うだけ言って、返事は要らない」という告白(?)はちょっと意味が分からない。


「う~ん、どういう事だ?」


 と思わず疑問が漏れる。ただ、相手がそういう想い・・・・・・を自分に向けていると明白に告げられると、こちらもそういう前提・・・・・・で意識してしまう。もしかして、これって、恋愛のテクニック的なものなのか? ちょっと千尋に訊いて……いや、いくら何でも、こんな事を妹に相談するのは情けないか……、


「う~ん」


 唸るばかりで進展がない。そうこうするうちに、随分と冷えて来た。これで風邪をひいても面白くないので、ホテルの建物に戻る事にする。それに、


「はぁ……」


 懐に残ったもう一つのプレゼントも、ケリを付けたいと思う。多分、さっきのノリで渡せば、何とかなるはずだ。


*********************


 ということで建物に戻った俺は、里奈を探して1Fロビーから食事をしていた宴会スペースや大浴場の辺りをうろうろすることになる。


 ロビーには高級そうなソファーセットと、殆ど壁画のような大きさの熱海湾を描いた油絵が飾られているだけ。温泉旅館にありがち・・・・なお土産コーナーや、年季の入ったゲーム機コーナー、2次会使いをするカラオケバーのような野暮ったい設備は無い。


 そもそも宿泊客が俺達だけなので、建物全体に静まり返った静寂がある。そんな建物の中をスリッパに履き替えて徘徊する俺。習得したばかりの【気配察知】スキルが使えたら便利だろうな、と思うが、生憎熱海の温泉街にはメイズも無ければ漂う魔素も無い。結局、足で探し回ることになる。


 1Fは「ロの字」の構造をしており、入口直ぐのロビーの反対側が大浴場という造り。俺は、ロビーを起点に時計回りに1Fを一周し、再びロビーに戻る事になった。


 と、ここで、さっきは人気ひとけが無かったロビーの応接セットに腰掛ける人物を見つける。後ろ姿でもそれと分かる、里奈だ。どうも里奈は、壁に飾られた風景画を眺めている様子。探していた目当ての人物を見つけて、嬉しいはずなのに、


「……」


 ちょっと緊張する。このままやり過ごして部屋に帰ってしまおうか、という詮の無い欲求が脳裏をよぎる。う~ん……そうしようか?


「あ、コータ?」

「お、おう」


 だけど、俺のそんな意気地の無さは、気配を察知した里奈によって敢え無く退路を断たれた。アッチは、流石に五十嵐心然流の現当主娘なだけあって、リアルな気配察知を持っている様子。観念するしかない。


「朱音ちゃんから、コータが呼んでるって聞いたけど」

「あ、……うん」


 里奈が言うには、朱音が里奈をこの場所に差し向けた模様。そう知ると、朱音が何を意図しているのか益々分からない。


「それで、何かな?」

「あ……っと、えっと……」

「煮え切らないわね、でも良いわ、私も訊きたい事が沢山あるから」


 あれ? なんだか話しが変な方向に向きつつある感じがする。これって、サッサとプレゼントを渡してしまった方が良い感じ? う~ん、仕方なし、是非もなし。


「ああ、ごめんな、ちょっと渡しそびれていたモノがあって」

「え? 何?」

「大した物じゃないけど、クリスマスがあんな感じだったから……一応、プレゼント」

「へ? コータが? 私に?」


 中学からの顔馴染みだけど、多分面と向かってプレゼントをあげた記憶は無い。これが初めてだ。だからなのか、里奈は驚いた顔で固まって居る。正直、この反応は……予想していなかった。なので、咄嗟に出た言葉は、我ながら「あんまり」な一言。


「なんて顔してるんだよ、折角の美人が台無しな変顔だぞ」

「なによ! そっちがいきなり予想を裏切る事を言い出すからでしょ」


 でも、そのお陰で普段の調子が戻って来た。


「そんなに変か?」

「変とか、そういうのじゃなくて」

「まぁ、受け取ってよ」

「うん……あ、ありがとう?」

「なんで疑問形? さぁ、開けて、見てみて」


 そんなやり取りが自然に出て、小箱を受け取った里奈も俺の言葉に従って包みを開ける。


「ああ、綺麗ね!」


 クリスタルガラスをあしらったブレスレッドを取り出した里奈は、天井の明かりにそれを掲げて見ながら、そんな風に喜んでくれた。


「着けてみたら?」

「うん……でも、なんだか勿体無い気が」

「どういう感想だよ」

「だって、こういうのをあんまり持っていないから」

「ハムスター型だったら良かった?」

「バカ」


 結局、里奈はブレスレッドを腕に通した。左手の手首辺りに留まるソレは、元から白い里奈の肌色に良く映えている。うんうん、我ながら良いチョイスだった。


「凄く似合うよ! 普段の5割増しで美人に見える! うん、じゃぁそういう事で、お休み!」


 これで用事は済んだので、俺はロビーを立ち去ろうとする。努めてすみやかに、風のように立ち去ろう、と思うのだが、


「待った! 私の話が終わっていない!」


 プレゼント如きで、里奈の話は有耶無耶に出来なかった模様。それで、里奈の話とは……まぁ、推して知るべしな疑問の羅列だった。そして俺は多分、トンデモナイ事をやらかしてしまった。

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