*太磨霊園レイドアタック㉑ 現代武器も使いよう


 15層第1広間から先へ続く通路の幅は6m。その幅の通路をピッタリ塞ぐように飯田の【生成:障害物Lv2】が発動する。


――ドンッ、ドンッ、ドンッ!


 出来上がった障害物は厚さ20cm、高さ2m。突進を仕掛けて来たメイズハウンドの先鋒数匹がその障害物の壁に衝突でもしたのか、反対側から重たく鈍い音が響いて来る。ギリギリのタイミングだった。


(高さ2mは、この層のモンスターならその気になれば飛び越えることも出来るのだ)


 というのはハム太の【念話】による評価。ハム太の考えでは、メイズハウンドでも助走を付けたり、仲間を踏み台に使えば登ってこられるというもの。問題の赤鬣犬レッドメーンなどは苦も無く飛び越えるだろう。先に居る敵(俺達の事)を前に通路が塞がれ、しかし上の方が開いているとなれば「飛び越える」という選択肢を発想するのは自然だという。


 だったら、


「朱音、遠距離組は障害物の上を狙って! 飛び越えるモンスターを撃つんだ」


 と指示をする。少し落ち着きを取り戻したと、自分でも自覚できる。その結果、朱音達以外にも、諸橋班の小銃手8人も同じ様に89式小銃の銃口を障害物上方へ向ける。


 一方、自信有り気に障害物を求めた諸橋班長は、その手に何かを握っている。見ると、至近戦闘手の半数、5人ほどが同様の物体を右手に握りつつ、障害物に取り付いている。


「手榴弾を投げ入れます!」


 ああ、なるほどね、と納得する。持っているのは手榴弾ってことか。と、ここで、


「班長、貰ってきました!」

「全部で23発あります!」


 と、14層へ向かっていた隊員3人が大声を出しながら駆け戻って来る。


 自衛隊のメイズ教導部隊はメイズの浅い層でCQBの訓練指導を行うことも任務の一部になっている。そのCQB戦闘訓練の際にはM26やMK3といった手榴弾を使用することもあるという。また、メイズ探索の初期には「確実に威力を発揮する武器」として、ここぞという時に使用されたらしい。


 ただ、「メ弾」が発見されると、使い場所を選ぶ手榴弾は逆に隊員を加害してしまう恐れがあるとして使われることは無くなったという。ただし、教導隊の基本装備としては残っているため、一部の隊員がお守り代わり・・・・・に携行していた、とのこと。


 ちなみに、ここまで全部、後から諸橋班長(聞いた時は1尉になっていた)に聞いた話だ。


「よし、全部で30発か、やるぞ――」


 「いいか?」と、手榴弾の数を確認した諸橋班長は主に至近戦闘手の面々を見て言い掛ける。だが、障害物の向こう側、モンスターの側はそれを待つ道理が無い。ということで、彼の言葉尻は、障害物上方を警戒していた遠距離組の声と重なる。


「登って来た!」

「撃ちます!」


 多分小夏ちゃんと朱音の声。見ると、障害物の上に前脚を掛けるようにして3匹のメイズハウンドが顔を出している。だが、充分にそれを警戒していた遠距離組は、その凶悪な3つの顔を目掛けて、矢やらメ弾やらを撃ち込む。


「ギャンッ!」


 その射撃に、堪らずメイズハウンドは障害物の向こう側へずり落ちる。しかし、直ぐに新手が顔を出す。モグラ叩きみたいだな……。


(モグラではないのだ? メイズハウンドは壁の傍に固まって一部が踏み台になっているのだ!)


 まぁ、モグラ叩き云々は置いておいて、なるほど、だったら手榴弾を放り込む絶好のタイミングだ。


「諸橋班長、今だとモンスターが壁の近くに固まって居ると思います!」

「わかった、全員、安全ピン確認。ピン抜け、投げろ!」


 号令一下ごうれいいっか、諸橋班の面々は手榴弾を障害物の上へ目掛けて放り投げる。これで、何個かが壁に当たって跳ね返ってきたらコントだな、と思うが、流石に彼等はプロだった。そんな心配を他所に投げ込まれた手榴弾は放物線を描いて障害物の向こう側へ消える。そして、


――バンッ、バンッ、バンッ――


 乾いた破裂音が何度も響き、障害物がミシミシと揺れる。映画などでは、ボンッと派手なな炎が上がったりするが、実際の手榴弾は火を噴いたりしない。ただ破裂して破片や衝撃波で殺傷するだけ。その音は、イヤーマフの整音機能のお陰で大き目の爆竹のように聞こえる。


「もう一回、投げろ!」


 とここで2度目の投射が始まり、全部で20発の手榴弾が障害物の向こう側へ放り込まれた。再度響く破裂音。果たして結果は――


(メイズハウンド18匹、レッドメーン1匹、コボルトチーフ1匹、仕留めたのだ!)


 意外なほど効果が有った。ただ、この攻撃が呼び水となったのか、直ぐに周囲は白く濃いもやに包まれてしまう。相手が本気になった、というところだろう。


*********************


 第1広間を埋めるほどの濃く白い靄。言うまでもなく赤鬣犬レッドメーンが発動させた【幻覚】スキルだ。ただ、この場合の対処は既に話してある。だから、


「幻覚スキルだな、小銃手は射撃に注意を!」

「レッドメーンは未だ障害物の向こうです。こちら側で姿が見えてもただの幻覚、撃たないでください!」


 諸橋班長と春奈ちゃんの声が【幻覚】スキルの注意点を再度伝える。ただ、


「でも、今の場合は障害物の上に姿が見えれば撃っても良いだろ?」


 と言うのは[月下PT]のボーイッシュ女子三崎さん。朱音同様にリカーブボウを装備する彼女は、矢を番えた状態で障害物上の空間を睨みながら言う。


「そうね、良いですよね、コータ先輩!」


 う~ん……このタイミングで【幻覚】を仕掛けてくる、ということは、多分障害物を突破するためだろうから、


「射撃は障害物の上限定で! 多分、突破するための【幻覚】だと思う!」


 と返事をした。


 結果、こちらが思った通りの展開が始まることになる。


 周囲を満たす白い靄に、ササッと影が走る。そして、不意に靄を突き破って赤い巨体が突進してくる。たまらず、


「うわぁ!」


 と声を上げたのは諸橋班の小銃手。ただ、引き金に伸びた手は、隣の仲間にガシッと掴まれる。それで、


「ばか、撃つな!」

「セーフティー掛けとけよ!」


 という会話。一方、赤い巨体はその隊員の隣の仲間・・・・すり抜けて・・・・・後方に消える。


「幻覚って、リアルすぎだろ!」


 銃を撃ちかけた隊員はそんな悪態を吐く。だが、この1度の【幻覚】をやり過ごしたことで、諸橋班は冷静さを得ることが出来た。


「至近戦闘手、最後の手榴弾用意!」


 と諸橋班長の指示が出る。そこに、


「来た! 撃ちます!」


 と朱音の声。障害物の上に顔を出したのは、今度はメイズハウンドではなく赤鬣犬レッドメーン。名前的にはイヌ科のはずだが、その風貌はネコ科の猛獣に似る。ただ、不用意に顔を出したところを、朱音の風属性矢やメ弾(風属性付与)に散々に撃たれ、直ぐに引っ込むことになった。


 とここで、


「しょっしょ障害物、じじじ、時間が――」


 と飯田の声が、スキルで生成された障害物の時間切れを伝える。


「どうする?」


 とは岡本さん。「障害物をもう一度出して、今の状況を継続するか?」という問いだろう。それに対して俺は「後一度だけ繰り返してから討って出る」という、予め考えていた答えを口に出そうと……しかけて・・・・、言葉を呑み込んだ。


 目の前の状況が急に動いたからだ。ここから先のほんの・・・20秒ほどの出来事は、不思議な事に「コマ送り」のように見えた。


 まず、諸橋班長以下、諸橋班の面々が安全ピンを抜いた手榴弾を障害物の向こう側へ投げ込む。これは、ほんの少し前に突破を阻止されたレッドメーンが、壁の直ぐ向こうに居ると見越しての攻撃。都合10個の手榴弾が離れて山なりの放物線を描いて、障害物上の隙間へ飛び込む。


 だが、流石は赤鬣犬レッドメーンと言うべきか、奴らはコレを読んでいた。その証拠に、手榴弾が障害物上を飛び越す瞬間、そこに2匹の赤い巨体が舞い上がり、まるでバレーボールのブロックのように、投げ込まれた手榴弾を弾き返してきた。


「マズ――」


 多分、諸橋班長の声。まるで冗談のような、悪夢のような展開だ。


 だが、事態はこれで終わらない。


 次の瞬間、有効時間が切れた飯田の障害物がフッと姿を消す。突然消滅した障害物の向こうには、山と積み上がったメイズハウンドの死体。その上に、今まさに着地体勢をとる赤鬣犬レッドメーンが2匹。後の1匹は顔面に射撃を受けたダメージのせいで少し後ろに下がっている。


 そして、赤鬣犬レッドメーンと諸橋班の間に、弾き返された手榴弾が落ちる。だが、落ちる直前、視界は突如出現したモルタル風の壁に塞がれ、そして、


――パンッ、パンッ、パンッ――


 ほぼ同時に、床に落ちた手榴弾が炸裂した。その音は、混ざり込んだ赤鬣犬レッドメーンの断末魔をかき消すほどに、大きかった。

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