*太磨霊園レイドアタック⑲ 初手、全力!


 [太磨霊園メイズ]の15層は、降りて直ぐが大きな空間になっていた。その奥の壁に目を凝らすと、次の間・・・へ抜けるような通路が口を開けている。どうやら、[小金井メイズ]の10層のような構造らしい、と分かる。大きな広間が2つから3つ、通路で連結している構造だろう。


(罠のようなものは……なさそうなのだ)


 というのは【鑑定(省)】を用いたハム太からの【念話】。先日の小金井では、罠を見出す前にきっちりと引っ掛かってしまったから、今回は階段を降りて直ぐにスキルを使った、というところ。


 ちなみに、番人センチネルモンスターが待ち構える15層は広いとはいえ、総勢120人余りで押し掛けると、戦闘に支障が出る。そのため、15層に降りたのは[諸橋班+チーム岡本][TM研][月下PT]だ。他の班は15層へ降りる階段前、つまり14層の最奥で待機している。


 赤鬣犬レッドメーンが使う【幻覚スキル】と自衛隊はすこぶる相性が悪い。まず人数が多いほど【幻覚スキル】は効果的になる。その上、銃火器という飛び道具は同士討ちを誘発させやすい。結果として、幻覚に惑わされて味方を撃ってしまうか、逆に、同士撃ちを恐れて全く攻撃できなくなってしまうか、そんな好ましくない状況になる事は簡単に予想できる。そのため、田丸隊長以下の4つの班には待機をお願いした、という訳。


 勿論、14層のリスポーンが始まり、階段前で踏ん張る事が難しくなったら、15層に降りて来てもらう事になっている。ただ、


(通路に結界を張ったニャン。リスポーンしても、階段付近にモンスターは来れないニャン)


 とのこと(ハム美談)。結界の内側にモンスターが沸いた・・・場合は戦闘になるが、結界の内側に相当するスペースは精々広間1つ分なので、それほど多くのモンスターがリスポーンすることは無い、とのこと。


 そもそも[結界]ってなんだよ、と思うが……とりあえず、後ろの心配はここまでにしておこう。というのも、開けた空間の前方には、


「居るな!」

「でも、レッドメーンは居ませんね」

「豚鼻の集団ってところか」


 というように、豚鼻オークの集団の姿がある。その数15匹。思い思いの武装(鉈剣や大きな金槌ウォーハンマー戦槌メイスなど)をしているが、その内3匹が弓持ち、豚鼻アーチャーだ。連中の弓は、多分朱音のリカーブボウよりも強力だというのを、身をもって経験している。


「弓の威力はヤバイです」と俺。

「先に潰そう」と岡本さん。

「じゃぁ、打合せ通りで」と春奈ちゃん。

「初手から全力、行きますわよ!」と月成凛。


 そして、朱音の【強化魔法】と、飯田、[月下PT]のサイドテール女子工藤さん、による【魔法スキル】が、15層の戦いの幕開けを告げるように炸裂した。


*********************


 15層の第1広場、スペースは20mx40mほど。陣取っている豚鼻オーク集団は、開幕時点で広場の奥に位置していたため、初手は俺達が取ることになった。


「強化魔法、行きます!」

「――オン、アギャナイエイソウワカ、アー!」


 朱音がスキル発動を告げる声を上げ、それに飯田詠唱が被る。


 そして、【飯田ファイヤー:火柱バージョン】がオーク集団の直ぐ前に出現。これによって、こちらへ向けて駆け出していたオークの集団が、火柱を避けるように左右に分断。その内左側の集団の先頭にサイドテール女子工藤さんの【水属性魔法:下級】による水滴弾が降り注ぐ。2つに分かれた集団に速度差が生まれた。


「弱化魔法、効いて!」


 と、ここで[TM研]春奈ちゃんが【弱化魔法:下級】を発動。2つに分かれて向かってくるオーク集団の内、今度は右側の集団5匹に更に速度差が生まれる。


「えええんっきょっ距離は、ああ朱音ちゃんに!」


 ついで、飯田の聞き取りにくい指示が出る。まぁ、事前に打ち合わせているから、ここら辺は大丈夫。ちなみに指示の内容は「遠距離組は攻撃対象を朱音の矢に合わせて」といったところ。朱音は所謂いわゆるターゲットリーダーの役になっていて、全体的に広間の右側に寄った遠距離組の目標を導く。


「弓持ちの豚鼻へ!」


 役割を自任している朱音は、そう言いつつも、既につがえていた風属性の矢を放つ。それが合図のように、合わせて[TM研]の小夏ちゃんと[月下PT]のボーイッシュ女子三崎さんが夫々それぞれ、予め風属性を付与しておいた矢を放つ。更に、


「小銃手、遠慮なく斃すまで――てぇ!」


 と諸橋班長の号令。それに応じてバンバンバンと立て続けに(長めに)銃声が響いた。


 その結果、一連の遠距離攻撃を集中されたオークアーチャー1匹が、矢を放ち切れずに沈黙。風属性を付与された投射物を散々に受けて、逞しい身体が全身血塗れのボロボロになって床に崩れ落ちる。しかし、オークAの数は3匹。残り2匹は敢然と太い矢を射返してきた。


「来るぞ!」


 と誰かの声。その狙いは……朱音か!


 オークAの放つ矢は、ゴブリンAとは比較にならないほど鋭く速く飛ぶ。その恐ろしい鏃が狙うのは、ターゲットリーダー役の朱音。それだけとっても、奴らは馬鹿じゃないらしい。だが、感心している場合でもない。俺は「[力]の半分を[敏捷]へ」と念じつつ、床を蹴る。


「キャッ――」


 短い悲鳴と、


――キ、キンッ


 と2つの音が重なる。結果、太い矢2本は朱音に届く寸前に、俺の太刀[幻光]によって叩き落とされた。朱音は、


「無事、だな!」

「はい!」


 無事ならヨシ。


「敵のアーチャーを頼むぞ!」

「はいっ!」


 俺の声に、朱音は妙に興奮したような赤らんだ顔で答える。まぁ、大丈夫だろう。ということで、俺は飯田に次の行動をお願いする。


「飯田、火壁で分断を――」

「ハライウチカク、ムカイビノエン、オンマリシエイソウバカ、マー!」


 は、反応早いね……。でも、ドヤ顔でコッチを見るな。褒めにくくなる。


「遠藤さん! お先に失礼しますわ!」


 飯田の反応の早さとその後のドヤ顔に、反応に困っている俺に、月成凛の声がかかる。それで振り返ると、彼女は2つに分断されたオーク集団の内、右側5匹に肉迫していく所だ。申し合わせた通りの動きだが、単身突出はマズイと思うぞ。


「ちょっと待て月成、今行く!」


 俺はそう応えると、きびすを返して月成の後を追う。その背中に「先輩も頑張って!」と朱音の声がかかるが、流石に返事をする余裕は無かった。


*********************


 15層第1広間の戦いは、俯瞰すれば炎の壁によってオークの集団が分断され、夫々それぞれに対して俺達[受託業者]が立ち向かう構図になっている。オークは左側が7匹、右側が5匹といった感じに分かれている。その後ろには2匹残ったオークAが居るが、それらは遠距離攻撃に釘付けになっていて、自由に射撃が出来ない状況。


 対して、俺達の方は、数が多い左側へは岡本さんと井田君、[月下PT]のフツメン地味男の五味君といった盾持ち3人(と自衛隊の至近戦闘手から盾持ち2人)が回り、それに上田君や神宮寺君、諸橋班長といった近接攻撃担当が続いている。


 一方、数が少ない右側に対しては、俺と月成凛の2人で当たることになる。一見数が少なすぎる気がするが、いざとなれば右側に寄っている遠距離組の援護を受けられる配置。それに、数を少なくしているのは、俺と月成の攻撃方法を充分に発揮するためでもある。


「遠慮なく行くぞ!」

「よくってよ!」


 俺の発した気合に月成が答える。いや、別のお前に言った訳では……と思いつつ、もう面倒なので、それは忘れて【能力値変換】「4分の1回し」に取り掛かる。


 前方の視界はクリア。見事にモロ出しな豚顔5匹しか見えない。魔素力は十分。これまで温存してきたし、いざとなれば[魔素力回復薬]のストックも4本ほどある。ということで、俺は「飛ぶ斬撃」を発動。


「いやぁ!」


 息を詰めてから発した気合に乗せて、太刀[幻光]を横薙ぎに一閃。ズバンッと空気を切り裂く破裂音と共に、不可視の斬撃が刃線から飛び出す。そして、


「フギュゥ!」

「フゴォッ!」


 近づいて来たオークの先頭2匹の腹から胸に掛けて、真一文字に裂傷が走り、驚愕の声と血飛沫が飛び散る。


「わたくしも!」


 とここで、月成凛も自慢の[魔剣:フライズ]が持つ【飛斬】を解放。こちらは単純に魔素力を消費するだけで「飛ぶ斬撃」を放つことが出来る剣だ。一発の威力は落ちるが、魔素力が続くだけ連続して斬撃を撃ち出すことが出来る。


 その結果、たちまちのうちに、オーク集団の先頭2匹が血塗れになる。更に、後続の3匹も戸惑ったように前進する足を止める。この場合「立ち止まる」というのが最も悪い選択だが、流石に豚顔オークの脳味噌だと、そこまでは分からない様子だ。結果として、立ち止まったオークは月成と俺の格好の的・・・・になる。


 ただ、オークの特徴はそのタフさにある。筋肉質で大柄マッシブな体格そのものなタフさを持っている。斃したと思って迂闊に近づくと、最期の反撃で痛い目に遭う(経験済み)。だから、生き物的に「絶対に死んでるだろ」と言い切れるところまで痛め付ける必要がある。例えば、脊椎を断ち切るとか、心臓を突き刺すとか、頭を割るとか……一番良いのは首を落とす事だ。うん、我ながら猟奇的な思考だと思う。


 【能力値変換】「4分の1回し」の2セット繰り返し、都合10発の飛ぶ斬撃を加える。その結果、目に見えてオークの動きは鈍くなっている。だが、まだ、完全に息の根を止めた訳ではない。トドメが必要になる連中だ。


「月成、俺に当てるなよ!」

「わ、わかってますわ!」


 俺は一言月成に釘を刺す・・・・と、トドメを刺すべく【隠形行】を発動。


――【隠形行Lv2】――


 って、このタイミングでレベルアップかよ。と思いつつ、気配を消した俺は「どうか月成がコッチに撃ってきませんように」と願いつつ、血塗れになったオーク集団に近づく。


 結果、今回ばかりは月成も誤射を控えたようで、一時的に魔剣フライズの【飛斬】が止んだ間に、俺は5匹の首を刈り取る事が出来た。しばらく、とんかつや豚骨ラーメンは食べたくない気持ち。


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