*太磨霊園レイドアタック⑩ そして何故かメイズの中に……


12月31日 14:30


 太磨霊園メイズ、第7層。


「前方にモンスター集団、メイズハウンド中心に数は8匹以上!」

「コボルトチーフを確認しました!」


 2人の隊員がそんな声を発しながら前方の通路を駆け戻って来る。斥候役というより、ほどんどおとり役だ。ただ、これが教導隊彼等の戦い方だから、文句を付ける筋合いではない。


「よし、引き付けて10mで一斉射!」


 対して指示を出すのは……諸橋班長(3尉)だったりする。その声で8人の隊員が膝立ち姿勢で89式自動小銃を前方に構える。一瞬だけ空気が緊張感に満たされる。と、ここで、前方の20mほどある直線通路の先、左に折れた角から10匹のメイズハウンドと1匹のコボルトチーフが姿を現した。


「セミで3発だ、2発をメイズハウンド、1発をコボルトチーフ、いいか……てぇ!」


 諸橋班長の号令を受けて、一斉に銃声が起こる。


――バババババンッ!


 ビリッと空気が震える感覚が肌に伝わる。イヤーマフが無ければ聴覚がおかしくなりそうだ。一応小銃には消音器サプレッサーなる筒状の覆いが銃口に取り付いているが、使用する弾丸の関係で効果は限定的らしい(弱装やら音速やら給弾不良やら、説明してくれたが、そっち系に詳しい飯田が喜ぶだけの話だった)。だから、メイズ内での発砲はイヤーマフが必須だということ。


 ちなみにこのイヤーマフ、ちゃんと軍用仕様のもので、発砲音を減衰する一方で小さな物音は逆に集音してくれる優れ物。電池式なのが玉に瑕だが、つけっぱなしで行動しても支障のない機能を誇っている。まぁその手の品の例に漏れず、お値段なんと120,000円! 準備を間に合わせてくれた月成凛つきなりりんは、


「お支払いはいつでも結構ですわ」


 と恩着せがましく言ってきたけど、これが終わったらサッサと支払ってしまおう。


(あああぁぁっ! うるっさいのだ!)


 一方、イヤーマフを付けていないハム太はこんな感じで、さっきから文句を言うばかり。お前の方が煩いよ、とは言わないでおく。ハムスター仕様のイヤーマフなんて存在する訳がないので我慢するか、それこそ[魔術]か【スキル】で何とかして欲しい。


(ハム美は外で里奈様と一緒なのだ! 吾輩、[魔術]はからきし・・・・なのだ。それに、そんな便利な【スキル】なんてないのだ)


 はいはい、わかったから。じゃぁ、魔石に戻ってなよ。


(そうするのだ、落ち着いたら報せて欲しいのだ……)


 ということで、ハム太の文句(念話)は止む。一方、通路の戦闘はというと、


「メイズハウンド6匹とコボルトチーフ健在!」


 やっぱり、普通の弾・・・・では7層のモンスターに殆ど効果がない様子。まぁ、普段なら弾倉が空になるまで撃つこともあるらしいから、3発限定ではこんな感じの結果になるのも仕方ない。


 今までの戦闘なら、ここで通路を後退しながら、弾倉を交換し射撃を重ねることになるらしい。ただ、曲がり角の付近など、モンスターの背後に壁がある場合は撃てないとのこと。どうも、外れた弾が(外見とは無関係に)硬いメイズの壁に跳ね返って隊員に当たるから、というのが理由だ。そう考えると、撃つのにも頭を使う必要があると分かる。折れ曲がったメイズ内の通路で射撃可能な地点を確保しながら、先に進むのは随分と大変な話だと想像がつく。


 ただ、今回はそんな苦労は無し。その代わり、


「至近戦闘準備!」


 そんな諸橋班長の号令で、諸橋班20人の内、至近戦闘を割り当てられた隊員10人が近接武器を取り出す。武器の内訳は西洋風の剣や日本刀風カタナソード、後は中国風の柳葉刀りゅうようとうや大振りな手斧、短槍、飯田式ポリカ盾なんかもある。


「盾持ちと組んで、なるべく数人で1匹に掛かるようにしてください!」


 と、ここでそれっぽい・・・・・指示を出す俺。ただ、これが初めての至近距離戦闘ではないので、もうそろそろこんな指示は不要かな? とも思う。


「かかれ!」


 と、ここで諸橋班長(刃渡り50cm弱の長脇差サイズのカタナソード[夕立]装備)が号令。同時に突進するメイズハウンドと武装自衛隊が通路で衝突した。


「せっせ、戦国、じっじえい……」

「ああ、有ったな、そんな映画」

「視た事ないです、そんなのあるんですか?」


 とは、今のところ全く外野扱いな[チーム岡本]飯田と岡本さん、それに朱音の会話。


 今は7層東側の通路だが、他の2つの通路にも各20人程度の班が向かっている。それらの班には夫々それぞれ[TM研]と[月下PT]が同行している。至近戦闘の「指導」という名目だ。ちなみに城崎3佐は[月下PT]に同行している。


 全員(実は諸橋班も)[メイズ教導隊]だが、隊内の役割としては対モンスター戦闘よりも、訓練側に特化したメンバーとのこと。そのため、今回の作戦では1層から5層や10層への物資輸送を担っていた2班40人+諸橋班20人という陣容になる。(飯田によると、陸上自衛隊の通常編成よりもひとつの班の人数が多いらしい)


 そんな本来メイズ内の物資輸送を担当する面々だが、今は至近距離戦闘用の武器(剣や槍など)を得て、それを手にモンスターに立ち向かっている。それで、どうしてこんな展開になったかというと……実は昨日の免許センターでの会話には続きがあったという訳だ。


*********************


 話を締め括った城崎3佐は、そのまま立ち去ろうとした。これから霊園南側の駅に作られた自衛隊の前衛拠点へ向かうのだと言う。そこに居るナントカ陸将(名前は忘れたけど、高橋陸将補の代打)に至近距離用の武器を支給するように直談判するのが目的だった。ただ、


「マチェットとか剣鉈とか、今は相当品薄みたいですよ」


 という[TM研]相川君の発言で別の問題が浮上した。なんでも、この1週間の騒動で需要が急に増えた結果(もともと沢山需要があるような品ではないため)どこも品薄になっているらしい。


「そうなのか……くそっ、こうなったら鉈や包丁でも……」


 対して城崎3佐は大きく悪態を吐く。というのも、もしも支給が叶ったとしても、「今日言って明日直ぐ」というのは流石に無理なので、自費で買えるだけ買ってメイズ内に持ち込もうと思っていたとのこと。指揮官って大変だね、と思ったものだ。


 ただ、この状況に俺は「大変だね」止まりだったが、意外な人物が打開策を発言した。それは、朱音。言った内容は、


「ミッキーさんの所にアメリカのホットスチールワークスの武器がある筈ですよ」


 とのこと。ミッキーさんとは、本名三枝幹夫さえぐさみきおさん。横浜にあるミリタリーショップ「プラトーン」のオーナー兼店長を務める、中年乙女な小太りオジサンだ。俺の先代武器であるカタナソード[時雨]や予備武器の[陽炎]はその店で買ったもので、ホットスチールワークス(HSW)製の品だった。


「なんでも、これから流行ると思って大量に仕入れたけど、思った以上に売れないって笑ってました」


 笑って済む話なのか? と思うが、どうもあの店には在庫が山のようにあるらしい。それで、


「頼む! 紹介して欲しい」


 ということになった。


 その後、朱音がミッキーさんに電話をし、電話先のミッキーさんは「自衛隊に納品できるなんて素敵!」ということで、(目的地が警察管轄の府中免許センターだと聞いて、ゴネた結果)三鷹にある飯田金属に在庫を持って来てくれることになった。


 そして、待つこと2時間(この間仕方なくパック飯で空腹を満たした)、まず霊園南側の前衛拠点から城崎3佐が戻って来る。直談判の結果は、


「検討するとのことだ。今回自費で用意する近接武器の効果があれば、支給を強く要請してくれることになった」


 とのこと。返事としては少し消極的に聞こえたが、これでも随分マシな部類らしい。それにしても「自費購入」が前提なんだね……。


 その後は合流した城崎3佐と共にミッキーさんとの合流場所に設定した飯田の実家、飯田金属へ移動。なぜか[月下PT]と[TM研]も各自の車で付いて来た。


 飯田金属に到着してからは、結構ゴチャゴチャすることになった。飯田のご両親(社長と専務)と挨拶したり、何故か片桐祥子さんがお茶を出しに現れたり、色々だ。この間、飯田社長(お父さん)は飯田金属製の防具:MP-LL-Pro・Plusや新製品の飯田式ポリカ盾を盛んに城崎3佐や[月下PT]の面々へ売り込みをかけていた。商魂逞しいと思う。


 程なくしてミッキーさんが到着。本人は「薄化粧よ」と言い張るバッチリメイクの中年おじさん。相変わらずの押し出し・・・・が強いルックスはこの日も健在。それで、車のトランクに文字通り詰め込まれた武器を披露した。


 ただ、ここで問題が発生。というのも、


「一度在庫を全部吐き出したいから、種類色々、数は全部で53。全部まとめて一括払いなら420万円でいいわよ! 城崎さん、男前だからサービスしちゃう」


 ウフッ。という感じで提示した金額が、城崎3佐の予想を遥かに超えていたのだ。まぁ、俺が買った[時雨]や[陽炎]などは特別高い部類の商品だったのだが、それ以外の西洋風の剣や斧なども、大体平均して販売価格が10万を超えているから、53振りで420万円は安いのだろう。でも、


「よっ……よんひゃく……」


 城崎3佐は絶句してしまった。まぁ……分る。普通は「ポン」と出せる金額じゃない。ただ、この場には(何故か)普通じゃない人物が居る。


「仕方がありませんわね。これも富める者の責務ですわ」


 「何言ってるんだコイツ?」または「頭大丈夫か、お前?」という視線を一身に浴びるのは月成凛。だが、彼女はそんな視線など全く意に介していないようで、スマホを取り出して何処かに電話を掛ける。すると、飯田金属の駐車場に停まっていたドイツ製高級バンからスーツ姿の老年男性が下りてくる。白髪をオールバックにセットした品のある感じの老人だ。まるでドラマとかに出てくる「執事」みたいだな、と思ったのだが……本当に執事だった。


「東田、小切手を」

「はい、お嬢様」


 虚構の世界フィクションにしか存在しないと思われていたやり取りが目の前で展開される。だが、どうも現実の模様。


「53振り、全部でよろしくって?」


 と確認する月成凛の表情には、どこにも恩着せがましいところがない。ナチュラルな金持ちってこんな感じなのだろう。これで言葉遣いさえまとも・・・なら、と思う。その辺がとても残念なところが、月成凛らしいところだ。


「あ、ありがとう……ございます」


 お礼を言う城崎3佐も、ちょっと複雑な変な表情をしていた。その気持ち、分かる!


*********************


 結局、城崎3佐の武器調達はこのようにして完了した。


 ちなみに、全部で53振りだった武器だが、その内[TM研]の井田君が片手用の戦斧を、上田君が短めの剣ショートソード2本を購入したため、自衛隊に渡るのは50振りになった。また、飯田社長がこれをチャンスとばかりに売り込みをかけた結果、軽装タイプのMP-LLと新型の飯田式ポリカ盾が有るだけ・・・・売れたりもした。


 一方、この一連のドタバタのお陰で、俺達は臨時買取りカウンターに行くことをすっかり忘れてしまったが、それはさて置いて、自衛隊のメイズ教導隊が銃火器以外の戦力を手に入れたことは事実。その結果、


「これで、班長!」

「喰らえ!」


 隊員の1人が槍で牽制したコボルトチーフの首を、諸橋班長のカタナソードが綺麗に刎ね斬る。流石、現役剣道剣士!


 こんな感じで、今日のメイズ内は進行している。

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