*幕間話 メイズ教導隊の苦悩


「そうすると、全員が武道の経験者というわけではないのか」


 少し驚いた感じの声が響く。声の主は城崎3佐。場所は「府中免許センター」内の小会議室。この場所に居るのは[チーム岡本]・[TM研]・[月下PT]の総勢17人と[管理機構]の里奈、同僚の大島さんと水原さん、他には諸橋班長も居る。


 時刻は12:30を少し過ぎた辺りだが、生憎昼食は未だ食べていない。「戦闘糧食でよければ」という諸橋班長の申し出は丁重にお断りした。「しばらくパックのご飯は食べたくない感じ」というのは全員に共通した認識だった。それで、ロビーの自販機から思い思いの飲料を買って会議室に持ち込んでいる。


 ちなみにその他の[受託業者同業者]は、


「明日も午前9時に集合願います」


 という言葉を最後に、今日は解散になっている。その後は、再度霊園内に入ってドロップを狙う者もいれば、[管理機構]が臨時に設置した買取りカウンターで収拾品を換金して引き上げる者もいる感じになっている。


 作戦時以外にも「魔物の氾濫」領域内に入れることには驚いたが、これも今回の依頼に対する「特典」なんだということ。まぁ驚いたといえば年の瀬も押し迫った12月30日に[管理機構]が臨時の買取りカウンターを設置していることにも驚いた。これなら、今日の帰りに買取りしてしまおう、と思う。


「全員が、元から戦闘技量が高かった訳ではないのか……」


 とここで、唸るような城崎3佐の声で現実に引き戻された。


 今の一連のやり取りは、各自の[受託業者]になる前の経歴について。特に城崎3佐が驚いたように「武道の経験は?」という質問に対する答えは、標準的な日本人の域を出ない(はず)ものだった。


「遠藤さんと五十嵐さんはご同門で五十嵐心然流。ああ、知っていますよ五十嵐先生ともお会いしたことがある」


 城崎3佐は確認するように手元のメモを見ながら言う。ちゃんとメモに書き留めているあたり、意外と几帳面な性格なのだろう。自衛隊の指揮官って、「鬼軍曹」の親玉みたいなイメージがあったけど、ここ最近はイメージが変わりつつある。


「嶋川さん、三崎さんがアーチェリー経験者、二宮さんが弓道で、後は月成さんと、神宮寺さん、神谷さんが正武館剣道、井田さんが高校相撲で上田さんと五味さんが高校空手」


 武道の経験者はこれだけだった。[チーム岡本]以外だと、[TM研]が高校相撲の井田君と高校空手の上田君の2人。まぁ、何となくイメージ通り。5人中2人が武道経験者というのは……どうだろう? ちょっと多いかもしれないけど、ギリギリ日本人の平均くらいだろう。しらんけど。


 一方[月下PT]はメンバー8人中6人が武道経験者。こっちはちょっと多いかもしれない。ただし、


「ウチの部隊の連中は全員が何等かの格闘技で段位持ちなんだが……」


 と城崎3佐が言う通り「腕っぷしに自信アリ」な自衛官と比較できるものではない。


「だとしたら、やはり戦い方と武器の違いか」


 一人で確信を深めるようにうなずく城崎3佐。と、そこへちょっと緊張したような大島さんの声が上がった。


「自分の経験を話しても良いでしょうか?」

「なんだ、大島?」


 大島さんが緊張するのは自衛隊内での階級差のせいだろう。結構ガチガチに緊張している。そんな大島さんだが、語った内容を要約すると、やはり武器の違いについてだった。現役自衛官ながら[管理機構]に出向し、少し前からマチェットを装備して[管理機構]職員として太磨霊園での仕事に臨んでいる彼は、銃器を用いた戦闘と近接武器での戦闘の両方の経験を持っている。そのため比較が可能だ。


「私の感覚としては、手持ちの武器の方がメ弾・・よりも確実性があります」

「なるほど……わかった」


 総括してそう言う大島さんに城崎3佐は大きく頷く。と、ここで疑問が沸いて来た。訊かれてばかりだから、逆に訊いても良いだろう。ということで、


「あの、質問が――」


 と質問を発する俺だが、生憎、


「城崎3佐は実際にメイズ内で戦闘にも加わるのでしょうか?」


 そんな俺の質問に月成凛つきなりりんの質問が上から重なってきた。しかも、声の大きさで上書きされてしまう俺。情けない。


「ん? まぁ、勿論そうだ。15層にまで行って赤鬣犬レッドメーンやオークと撃ち合ったこともある。先発部隊の応援と救助が目的だったから直ぐに退却したが」

「失礼ですが、それほどの実力には見え・・ません」


 失礼ですが、と前置きして、すっごく失礼な事を言う月成凛。流石に城崎3佐の顔色が少し変わった。20歳前後の小娘に「実力がない」とか言われれば、そこらの酔っ払いだって怒るだろう。でも、


(……言い方はさて置くにしても、城崎殿という方の[修練値]は500を切る位なのだ)

(やっぱり銃火器での戦闘は成長に繋がらないニャン)

(近づいて殴ってなんぼ、なのだ!)

(お兄様、流石に脳筋過ぎるニャン)


 という2人(匹)の念話は、月成の失礼発言を肯定するものだった。


「ちょっと凛、止めなさいよ」

「でも本当の事よ」

「……どういう事か説明してくれないか?」


 一方、会議室ではそんな会話になっている。月成の或る意味「暴言」ともいえる発言を止めようとするのは神谷さん。ただ、言われた城崎3佐はこめかみ・・・・付近をピクピクさせながらも、説明を求めた。それで調子に乗って、


「わたくし【見極め】というスキルを持っております。戦闘に関連する能力を測ることのできるスキルですが、これによると城崎3佐の戦闘力は300と少しになっています。これは、私の半分程度の数値ですわ」


 と言ってのける月成。対して城崎3佐は


「戦闘力……例の戦闘能力・・・・みたいなものか」


 と唸る。城崎3佐が言う[戦闘能力]とは、高橋陸将補から小金井関連の協力要請を受けた時に聞いた言葉だ。あの場にいた不愛想な男・・・・・が【鑑定】スキルによって読み取った[修練値]と同じ意味の数値の事だ。


 ちなみにその時聞いた話では自衛隊の教導部隊の主力でも[戦闘能力]の最高値はLv6だった。対して、当時の俺達は大体Lv7前後。今は[修練値]の平均がその時よりも伸びているからLv8か9辺りだろう。月成の言う[戦闘力]の数値やハム太の[修練値]など、色々と違う単位の数字が出てくるが、どれも釣り合うようでいて少しずれている感じが引っ掛かる。


(そう言うのは気にしてはダメなのだ)

(各観測者の「主観」が入るから、正確に比例するほうがおかしいニャン)


 そんなものだと納得するしかないか……。


 俺がそんな事を考えている間、月成と城崎3佐の会話は、城崎3佐が唸るように考え込んでしまい途切れている。俺の質問の方を挟むのはこのタイミングかな、と思う。流石に月成の話は現状を指摘するだけで先が続かないからだ。現状の指摘も大切だが、そこからどうやって先へ繋げるか? の方がもっと大切だ。ということで――


「ところでお聞きしたいのですが、何故自衛隊の方はスキルを習得していないのですか? それに、先程の大島さんという方のお話だと、銃火器よりも剣や弓矢が有効なのに、なぜそれを使わないのですか?」

「それは……」

「あと、本日救出しました隊員の方々、確かに重傷でしたがポーション位はお持ちではないのですか? 何故使わずに痛んだ方達を放置していたのですか?」

「……」


 一応ハッキリさせておくが、今質問したのは俺じゃない。月成だ。彼女こいつは2度も俺の発言の出鼻を挫きやがった。しかも、畳みかけるように言う月成の質問は、大部分が俺の質問にも重なっていた。くそ。


「事情があるんだ!」


 対して城崎3佐は吐き捨てるように言う。この短い言葉だけで、内心に溜まりまくった鬱憤の片鱗が見える、そんな感じの語調だった。


「どんな事情か察しは付きますが、納税者として是非お聞きしたいものですわ」


 それに被せるように言う月成凛の言葉は、最早ほとんど挑発だった。だが、今の場合はそれが良かったのかもしれない。顔を真っ赤にした城崎3佐は、そんな挑発めいた月成の言葉に乗って、一気に内情を喋ってくれた。


 ただし、その内容は一国民として余り嬉しくない内容だった。

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