*太磨霊園レイドアタック⑧ タイマン!


 ハム美の放った魔術は、大げさな名前に負けないほど、大きな威力があった。何もない空中に突如として出現した巨大なオレンジ色の火球は、その一瞬後には、眼前の2匹の赤鬣犬レッドメーン目掛けて「ゴウッ!」と音を立てて飛翔。ついで、


――ゴバァ!


 という破裂音を発して、派手に爆発した。


 ただ、爆発に伴って膨れ上がったオレンジ色の炎の大きさや、それが至近距離で炸裂したにも関わらず、あまり熱さを感じない。勿論、全く熱くないわけではなく、最近不精して伸びすぎた前髪がチリチリと焦げる程度の熱はある。しかし、常識的には間違いなく巻き込まれて大火傷をする状況にも関わらず、その程度で済んでいる。


「聖炎系の魔術は攻撃対象以外には余り影響しないニャン!」


 エッヘン! とばかりに空中で胸を張るハム美。確かに、そうだろう。周囲にあった枯草や枯れ葉が白い煙を上げて燻っているが、大火事になる気配はない。一方、その火球を受けた方はというと、


「でも1匹は避けたニャン、コータ様、出番ニャン!」


 とハム美が言う通り、2匹居た赤鬣犬レッドメーンの内、【幻覚スキル】を使っていた方は、その場で無残に引き千切れた黒焦げの肉塊になっているが、もう一匹は着弾の寸前で飛び躱した様子。休憩所の建物とは反対側に大きく飛び退いて、今は殺気溢れる視線をこちらへ向けている。


「ハム太とハム美は後方の牽制を頼む!」


 2人(匹)にそう言うと、俺は赤鬣犬レッドメーンの殺気を正面から受け止めるように対峙する。これで、後方に20匹以上の新手モンスターを背負っていなければ、かなり有利な状況と言えるが、流石に、そこまで楽は出来ないようだ。ハム太とハム美、それに2階の里奈で何とか対処して欲しい。


「任せるのだ!」

「分かったニャン!」


 その返事を背中で聞いて、俺は前へ集中。良く考えるまでもなく、赤鬣犬レッドメーン1対1タイマンになるのは初めてだ。大丈夫か? という不安が湧き上がるが、どうにかそれを押さえつけつつ、太刀[幻光]を正眼に構える。柄を一度だけ引き絞るように強く握り、それから脱力。すると、どうにか平常心が戻って来る。[抵抗]の高さは、こういう時に地味に効いてくるらしい。


 と、それはさて置き。さて、どうしたものか?


 注意がこちらに向いていない状況ならば、【隠形行】の重ね掛けで効果時間を引き延ばしつつ、不意打ちで勝負を決めたいところ。しかし、実際には【隠形行】の効果は一度途切れている。


 そのお陰で赤鬣犬レッドメーンの注意は完全に俺1人に集中した状態。これだけ注意を向けられた状態では、再度発動しても効果はない。これはハム美が使う[擬態術カモフラージュ]という魔術にも共通する事らしい。まぁ理屈は良く分からないが「真正面からやる・・しかない」という状況なのは理解できる。


 ただ、正直に真正面からぶつかっても「勝てる気がしない」のが正直なところ。何か、搦め手・・・的な物を――


「っ!」


 とここで、赤鬣犬レッドメーンが先に動いた。10mほど離れていた間合いを一気に詰めるように飛び込んで来る。この時、頭の中で作戦を模索していた俺は、一瞬反応が遅れてから、距離を取ろうとバックステップを踏む。


 元から、俺と赤鬣犬レッドメーンでは一瞬の移動量が全く異なる。その上反応が遅れた結果、ものの見事に間合いを詰められてしまった。分かっていたことだけども、赤鬣犬レッドメーンの身体能力は驚異的だ。【幻覚スキル】にばかり注意が向くが、素の状態の戦闘力も馬鹿に出来ない。「18層相当」という強さは伊達だてじゃない。


「くそ」


 思わず焦ったような声が漏れてしまう。ただ、この俺の声に対して、赤鬣犬レッドメーンのどう猛な獣の顔に一瞬読み取れる表情が浮かんだ。それは「勝ち」を確信したような余裕とでも表現するべきか……狡猾な知能を以て敵対者の力を推し量り、力量の差を読み取って有利を確信した、という事。それだけの知能が赤鬣犬レッドメーンにはある。


 だったら、もう、これを利用するしかない。


 そう決めた俺は「無理矢理距離を詰められた結果、相手のペースで戦いを強いられる弱者」を装う。その焦りを強調するように、正眼に構えた[幻光]の切っ先を徐々に下へと押し下げる。呼吸を目に見えて早くする。


 対する赤鬣犬レッドメーンは、4mまで詰まった距離から、金色掛かった獣の瞳を俺に向ける。殺気と狡猾さが同居したような威圧的な瞳が、俺の一挙手一投足を読み取り、襲い掛かる瞬間を測っているようだ。


「く……そ……」


 その威圧感に、俺はジリジリと後ろへ下がって見せつつ、(汗出ろ、汗出ろ)と内心で唱えている。すると、つぅと額から眉間に汗が流れた。それと殆ど同時に、後ろ足が木立の根本に当たって止まる。追い詰められて、焦りまくった上で、冷や汗が噴き出た人間の出来上がりだ。さぁ来い!


「ガウゥ!」


 そんな俺の様子に、まるで勝利を確信したような唸り声を上げ、赤鬣犬レッドメーンは一気に飛び掛かって来る。4mほどの距離は、一度の跳躍で十分な距離なのだろう。喉元に狙いを付けた猛獣の牙が迫る。「ひと咬みで終わらせる」という意図が読み取れる必殺の攻撃だ。


 ただ、この見え透いた攻撃こそが、俺の待ち望んだ好機だったりする。


「っ!」


 瞬間突き出す左手から、水流がほとばしる。浅い層のモンスターなら一撃で斃せるかもしれない・・・・・・程度の威力な【水属性魔法:下級】だが、目晦ましには十分。狙い通り、水流をまともに顔面に受けた赤鬣犬レッドメーンは攻撃の狙いを狂わせる。


 対する俺は、斜め右に飛び込むように身体を投げ出すと、出来損ないの前回り受け身の要領で地面を転がる。そして、立ち上がると同時に【能力値変換】「4分の1回し」を発動。[敏捷]を嵩上げした状態で、斜め後方から一気に間合いを詰めつつ[幻光]を真横に一閃。


――ピッ


 と切っ先が風を切る音を生み、次いで持ち手に手応えを生む。結果として[幻光]の切っ先は赤鬣犬レッドメーンの左後脚を切り裂いた。ただし、残念なことに斬り込みは浅い。


「ウガァ!」


 予想外の攻撃を受けた赤鬣犬レッドメーンは、浅い手傷に怯むことなく猛然と向きを変えると、そのまま後ろ脚で上体を起こす。丁度姿勢を低くして飛び込んだ俺の頭上に覆いかぶさる格好だ。その体勢から、反撃として鋭い爪を備えた右前脚を一気に振り下ろしてくる。


 メイズハウンドなど比べ物にならないほど大きな体は、当然の如く重量も比較にならない。その体格を打撃力に変え、打ち据え、押し倒し、必殺の牙を叩き込む連続攻撃。その口火を切る打撃をまとも・・・に受け止めるのは赤鬣犬相手の思う壺かもしれない。


 だが、俺は敢えてその打撃に対して、低い姿勢から伸びあがる様にして立ち向かう。


 勿論、蛮勇ややけっぱち・・・・・の類ではない。実はこうするのが一番良いと考えた上での行動だ。というのも、やはり赤鬣犬レッドメーンの身体能力は驚異的。この攻撃を後ろや横へ飛んで逃れたとしても、こちらが体勢を取り戻す前に致命的な追撃を受けることになってしまう。だったら、次の攻撃に移る体勢でいる今、行動したほうがマシだ。この体勢なら、まだやり様・・・がある。


「いやぁ!」


 振り下ろされる前脚に対して、下から掬い上げるように[幻光]を振るう。と同時に「[敏捷]の半分を[技巧]に、[理力]と[抵抗]の半分を[力]に」と念じて【能力値変換】を発動。結果、


――ガキィ


 [幻光]の刃が赤鬣犬レッドメーンの前脚と衝突。肉と腱を諸共もろともに切り裂き、更に頑丈な骨に喰い込んで止まる。体重が一気に圧し掛かって来る。


 この瞬間、赤鬣犬レッドメーンは右脚の深手を物ともせずに咬み付きかかる素振りだった。しかし、前脚の骨で止まった[幻光]の一太刀は、その後に続く「飛ぶ斬撃」の呼び水でもある。その刃線の先には十分な威力を持った「飛ぶ斬撃」が形成されている。それは、


――ズヴァン!


 と破裂音を発生させ、赤鬣犬レッドメーンの断末魔をかき消しながら、赤いたてがみを誇る首をね落とした。盛大な血飛沫が巨体の首から噴水のように吹き上がる。


*********************


 赤鬣犬レッドメーンとの初対戦時と同じ様に、今回も斬撃そのものは受け止められつつ、その後に生じる「飛ぶ斬撃」が深手を与えた格好だ。ただ、威力は各段に上がっている。前回は顎を切り裂く程度だったが、今回は太ましい首を刎ね落とすことが出来た。


 当時のUSAカタナソード[時雨]ではなく、本格的な日本刀、しかもハム太の【鑑定(省)】によると謎表示「Lv2」という事になっている太刀[幻光]のお陰……まぁ、俺としては[小金井メイズ]の最深層まで踏破した努力の成果だとも思いたい。だから「両方相混ざった結果」という事にしておこう。


 それにしても、今回3度目の対戦だった赤鬣犬レッドメーンは、まだまだ強敵だった。[小金井メイズ]の最深層では、これを複数体斃しているのだが、それがまるで嘘のように、今の戦いは緊張を強いられた。PTメンバーと連携しながら戦う事の利点を改めて思い知った気分だ。


 とてもではないが、自ら進んで1対1で戦いたい相手ではない。今回は相手の心理につけこんで、結果的に無傷で勝ったが、その内容は、


「危なっかしいのだ!」

「はらはらしたニャン!」

「心臓に悪いわよ」


 と、指摘されるような内容だった。……ってか、なんで里奈まで外に出ているんだ?


「飛び降りて来たのだ!」

「里奈様、積極的ニャン」


 なんだそりゃ?


「2階から打撃を飛ばすのがまどろっこしくて――」


 結局、後方から迫っていたオーク豚顔5匹とゴブリン20匹の集団は、ハム太とハム美、それに里奈のトリオでやっつけたらしい。その戦闘で里奈がどんな風に戦ったのか……聞きたいような、聞きたくないような……


「里奈様、スキルジェムを拾ったのだ」

「【回復魔法:下級】ニャン!」


 しかも、ちゃっかりとスキルジェムを拾得している模様。


「コータ、これ、いる?」


 里奈は(多分俺のジト目視線のせいで)少し取り繕うように、スキルジェムを差し出して来る。でも、それは、


「里奈が使えば良いんじゃない?」


 と思う。まぁ、里奈の立場的にこれからこういう役割・・・・・・が増えるなら、回復スキルは重宝するだろう。[管理機構]の職員がドロップを拾得した場合の決まりなどは知らないけど、どうせ碌な規則じゃない気がするから無視するのがベスト。だから、


「回復手段を持ってもらったら、俺も安心だ」


 と言う。妙に思っていることが素直に口を衝いた。ただ、言ってしまってから、自分がなんだか恥ずかしい事を言ったような気になるのは何故? あと、里奈まで顔が赤くなるのは何故?


「こ、コータがそう言うんじゃ、仕方ないわね!」


 結局、里奈はそんな言い訳をしながら【回復魔法:下級】を習得した。ちなみに、【回復魔法】の活躍はこの後直ぐ!



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