*太磨霊園レイドアタック⑦ 同士討ち


 1階から聞こえて来た岡本さんの声、それに被ったハム太の【念話】。それらから、俺は状況を悟った。やっぱり、第3休憩所に大勢の[受託業者]達が逃げ込んだのは偶然ではなかった。多分、こういう・・・・状況に意図的に持ち込まれたのだ。


 それがどういう・・・・状況かというと。つまり、狭い1カ所の閉鎖空間に大勢の人間が集まった状態。ただ、普通に考えれば、ある拠点に対して攻める側と守る側を比較すると、守る側が戦闘では有利になる。守る側が今のように拠点を利用して防御力を増すことが出来るのに対して、攻撃側はそれを上回る力を集中させなければならない。もちろん、攻撃の場所や機会の選択という自由は攻撃側にあるが、単純に戦闘面だけをみれば、防御優勢になる。


 しかし、攻撃側に、防御側の利点を無視する何等かの攻撃手段が有れば話は別になる。この場合、その手段とは赤鬣犬レッドメーンが持つ【幻覚スキル】だろう。今まさに、1階を覆っている「白いもや」が何よりの証拠だ。そして、この状況で【幻覚スキル】を仕掛けてくる赤鬣犬レッドメーンの意図は多分――


「うわ! なんだ、突然敵が!」

「止めろ、武器を振り回すな」

「待てって、俺は味方――うわぁ!」


 同士討ちだ。


 少し前に諸橋班長から聞いた小金井緑地公園での作戦中の事故も、多分これだ。閉鎖空間(自衛隊の場合は装甲車の中)内に【幻覚スキル】を放つことで、その場に居ないモンスターの姿を認識した者は、経験が無ければそれを本物と思って自衛を試みるだろう。その結果、自衛行動が仲間を傷付ける。


 持っている武器が致命的なほど、被害は大きくなる。自衛隊の場合は隊員が装備していた自動小銃が被害を拡大した。一方で今の場合、[受託業者]が持っている武器は近接用の物に限られるが、その一方で数と密度が段違いに高い。その結果、


「こっちに来るなって!」

「マチェットしまえよ!」

「おい、誰かポーションを」

「こっこ、今度はコッチにも出たぞ!」

「なんで?」

「痛ぇ……」

「おい、しっかりしろ! ポーションを!」

「止めろったら! 落ち着けぇ!」


 1階から聞こえてくる声は一気に大混乱の様相を呈した。休憩所内という閉鎖空間が本能的に「追い詰められた」と認識させ、大人数が混乱に拍車を掛ける。こうなると、[受託業者]の集団は指揮命令系統を持たない烏合の衆だという事が良く分かる。一旦陥った混乱状況を、強烈な統制力で元に戻すことが出来るはずもない。


「ただの幻覚だ! レッドメーンは外に居るはずだ!」

「っちょっちょっちょ、ややややめん!(ちょっと、止めて下さい!)」


 岡本さんや飯田の呼びかけが届く事はない。どうする?


([魔術]で大人しくさせる事は出来るニャン、でも、そうするとしばらくは使い物にならないニャン!)

(こうなると、どうしようもないのだ!)


 ハム美、コワイ事をサラッと言うな。あと、ハム太、簡単に匙を投げるな!


(これはもう、解決策は一択ニャン)


 え? なになに?


(コータ殿、出陣なのだ! 外に居るレッドメーンをぶっ飛ばすのだ!)


 え、マジ……。と思わず外を見る。裏側のモンスターは綺麗に居なくなっており、(所々えぐれた状態の)地面にはドロップ品が転がっているだけ。ただ、ぶっ飛ばすといっても、レッドメーンの場所が――


(建物右側にいるのだ!)

(丁度勝手口の直ぐ横ニャン!)


 あ、分るのね……そりゃそうか……


「コータ、私1階に行ってみんなを落ち着けて来る!」

「コータ先輩、これってレッドメーンの幻覚スキルのせいですよね!」


 と、ここで里奈と朱音の声。2人とも経験者なだけあって、1階の状況には気付いている。ただ、この状況で1階に降りるという里奈には反対だ。


(バックアップするニャン!)

(勿論加勢するのだ! さぁ、打って出るのだ!)


 わかったよ! もう、行けば良いんでしょう、行けば! と半ばヤケクソな気がしてくる。そして、


「朱音は新手の接近に注意してくれ、里奈は1階に行くな、俺は原因を潰しに行く!」


 ちょっと短絡的で説明不足な言葉になったが、仕方がない。俺は2人からの返事も聴かずに窓枠に足を掛け、ひと思いに踏み切る。


 って、勢いで飛び出したけど、ここ2階だった!


*********************


「……以外と平気なんだな」


 無事着地した感想はそんな感じ。何と言うか、本当に自然に、普通にストンと着地しただけだった。


(そりゃ、魔坑外套の恩恵なのだ!)

(あとは、飛び降りる直前に朱音様が【強化魔法】を発動したニャン)


 なるほど、と思い高さを確認しようと2階の窓を見上げると、


「コータ! 何やってんのよ!」


 とお怒りの気持ちを表明される里奈がいた。朱音は俺の言う通りに表側に集中しているらしい。多分、文句は後から言うつもりだろう。


「右に回るから、里奈はそこからバックアップを頼む!」


 お怒り気味の里奈の言葉を無視して、そう伝えると、後は右側に集中する。


 視線の先には古びた勝手口のドア。そのすぐ横が建物の角になっていて、プロパンガスボンベの設置場所になっている。今は「火気厳禁」の錆びたプレートが残る金網の枠だけの状態だが、その先、見切れている角の先に赤鬣犬レッドメーンが潜んでいるとのこと。


(あ……2匹だったのだ)


 オイ……飛び降りた後にそれを言うかね。


(だ、大丈夫なのだ、吾輩も加勢するのだ)

(多分【幻覚スキル】を使っている間は注意散漫ニャン、一気に勝負を決めるニャン!)


 この上、2人(匹)の言う事を信用するのもどうかと思うが、もう後には退けないので覚悟を決める。そして俺は【隠形行Lv1】を発動し、なるべく足音を立てないように建物の角から頭を出した。


 視界の先には、ハム太の訂正通り2匹の赤鬣犬レッドメーンの姿があった。マメガシとツヅジの植え込みの向こう側、丁度少し地面が盛り上がった所に2匹が隣り合って佇んでいる。冬枯れの植生に真っ赤なたてがみが溶け込むはずはなく、その姿は妙に目立って見えるが赤鬣犬レッドメーンの方は、気にする様子は無さそう。まぁ、この周辺では「最強」の存在だから、隠れる必要などないのだろう。


 2匹の内1匹が建物を見詰めている。丁度明り取りの窓から中が見えるのだろう。なるほど、こっちが【幻覚スキル】を発動しているのだろう、と目星をつける。一方、もう1匹はというと、見張り役の様子で周囲に視線を巡らせ……不意に俺の方・・・を見た。


 ヤバッ! と思い緊張が高まる。しかし、見張り役の赤鬣犬レッドメーンは金色掛かった獣の目でこちらを見ているのだが、俺に焦点が合っている感じではない。


(【隠形行】のお陰ニャン)


 なるほど、Lv1だから少し心配だったが、効果はあったのか。だが、効果時間は30秒と長くない。


(どうするのだ?)

(どうやって仕掛けるニャン)


 2人(匹)の念話が少し鬱陶しい。それを今考えてる所だっての! ただ、不意を突くといっても、こちらを見ている見張り役の前に躍り出れば、流石に【隠形行】の効果もへったくれも無いだろう。理想を言えば、ここは一旦やり過ごして、迂回して真後ろから仕掛けるのが良いかもしれない。ただ、休憩所内1階は多分同士討ちが治まらない状況だ。それに、相変わらず表側にはメイズハウンドの波状攻撃が続いている様子。余り時間も掛けられない。


(ハム美に任せるのだ!)

(先制攻撃はお手の物ニャン!)


 しかたない、ここは規格外生物の2匹に任せて――


 と、そう思った時だった。不意に後方から声が上がる。2階にいる里奈の声だ、それは、


「気を付けて! 新手よ!」


 一旦逃げたと思っていたモンスターが戻って来たのか、はたまた別集団なのか、仔細は関係ないが、


(おっと、オークが5匹とゴブリン集団20匹なのだ!)


 その数は、状況的にはちょっと多い。やっぱりここは仕切り直しを――


「仕掛けるニャン、一網打尽、[聖炎・魔滅大火球]!」


 させてくれないみたいだった。


 この瞬間、ハム美の大魔術が発動した。

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