*太磨霊園レイドアタック⑥ 第三休憩所の戦い


 俺とハム太、ハム美の【念話】のやり取りが終わらない内に、外で動きがあった。見張りのようにロータリーの向こう側を注視していた[受託業者]が、


「動き出した! こっちに来る!」


 と悲鳴のような声を上げる。「落ち着け」と言いたいが、それよりも先に、


「飯田――」


 と声を掛ける俺。対して飯田は「わかっている」という感じで頷き返してきた。そして、休憩所内に居る面々には、


「モンスターが接近したら障害物を作る。効果時間は10分ほどだけど、有利に戦えるはずだ」と俺。

「盾持ちは俺と一緒に前へ」と岡本さん。

「弓持ちの人、私と2階へ行きましょう」と、2階の階段から顔を出した朱音。


 なんとなく、それが指示のような感じになって、おおよその配置が出来上がる。ちなみにC,Dランクの【受託業者】が集まっているせいか、【魔法スキル】を持っている人は居なかった。そのため、近接組は盾持ちのバックアップに回る。一部手製の槍を装備している面々が盾の後ろに立ち、マチェットや剣鉈や日本刀や剣といった純近接装備の面々は一番奥に詰める格好だ。


 結果として、あまり広くない休憩所の1Fフロアは【受託業者】で埋まる。一部が気を利かせて裏手(昔は軽食でも出していたのか、簡単な厨房スペースになっている)側の勝手口に陣取った。俺は、一応【水属性魔法:下級】を習得しているので、ちょうど岡本さんの真後ろに回ることにする。


 「来るぞ、かける!」と岡本さんの声。それに応じて飯田が【生成:障害物】を発動。間口6mの休憩所入口前に土壁風の障害物がせり上がる。


 結果として、休憩所の入口手前に4x6mの障害物に囲まれた長方形型の空間が出来上がった。ただ、完全に閉じた空間ではなく、外に向けて約2m分だけ口を開いた・・・・・状態になっており、さらに、その2mの開口部には同じく土壁風の障害物で出来た幅2m長さ5mほどの通路が繋がっている。多分、上から見ると袋小路の入口か、ビーカーやフラスコの首から肩に繋がる部分に見えるだろう。


(あの5mの通路に2階から矢が降り注ぐニャン)

(飯田殿のセンスなのだ!)


 と、2匹は飯田の築城センス(?)感心している。ただ、俺としては、視界を完全に障害物に塞がれた格好になるので、「飛ぶ斬撃」はおろか、【水属性魔法】すら撃ちようがない。なので、


「岡本さん、俺は2階に回ります」

「分かった、ここは任せとけ!」


 というやり取りの後、2階へ移動することにした。因みに里奈は「六尺棒」装備だったが、俺の動きを見て取ると、後を追うように2階へ上がって来た。多分考えることは同じなのだろう。というのも、1階は正直言って長尺な武器を振り回して戦うようなスペースが無かった。すし詰めとまでは行かないが、結構「密」な状況になっている。


*********************


 休憩所1階では、戦いの火蓋が切って落とされた。突如出現した障害物に怯んだ様子も束の間、後ろから追い立てられるように突っ込んで来たメイズハウンドの一群が先陣を切った格好だ。その数は30。ただ、半数以上が障害物と同時に形成された2x5mの通路で、頭上からの矢を受けて斃れる。


「あせらず、ゆっくり狙って撃ちましょう!」


 とは、2階で遠距離攻撃勢を指揮するような立ち位置になった朱音の言葉。ちなみに装備としてはクロスボウが多いが、3人ほどリカーブボウやコンパウンドボウといった洋弓アーチェリーを装備している人がいた。そんな2階遠距離攻撃勢の総数は15人。


 ちなみに、休憩所の2階は物置スペースになっており、1間きりのだだっ広い間取りだった。壁4面に窓があるのだが、正面側が手摺付きの大き目の窓2つ。左右は明り取り程度。裏側には正面側と同じデザインの窓が2つ、といった配置。左右の明り取りからは射撃が出来ないので、正面と裏側の窓に分かれている。


 ただ、今は正面側への攻勢が強いので、総勢15人が交互に2つの窓から射撃している格好だ。


 そんな中でもやはり精彩を放つのは朱音の風属性矢だった。元々競技者だったという話で、[受託業者]を始めた当初から正確な射撃を発揮していたが、最近では射撃の間隔が短くなっている。その気になれば3秒に1発のペースで撃ち出せるということだ。「朱音って速射砲みたいだね」と褒めたら何故か怒られたけど、表現は間違っていないと思う。


 しかも、撃ち出す矢は風属性を帯びている。良い角度で当たれば、ゴブリンナイトの鎧でも貫通する威力だ。その証拠に眼下のアスファルト路面には、朱音が放った矢だけがザクザクと突き立っている。これらはメイズハウンドの身体を貫通した後の矢だ。凄い威力だと思う。もっとも本人は、


「あ~、矢がダメになっちゃう!」


 と嘆き節。まぁ、1本8,500円ほどするらしいから、その気持ちは分かる。そんな朱音の矢のスペアは、ハム太の【収納空間(省)】に100本以上ストックしてある。良く考えれば100万円近く分の資産を預けられていることになるが、まぁ、深く考えるのはよそう。それに、今のハム太の【収納空間(省)】内には、それこそ小金井メイズに関連した一連のドロップが詰まっている。まともに計算した事はないけど、ザックリ考えても……


(4,000万円は固いのだ!)

(どうやって使うニャン? パーっとやるニャン!)

(やっぱり温泉なのだ!)


 やばい、戦闘中なのに顔がニヤケちゃう。


「コータ! 何変な顔してるのよ、しっかりしなさい」

「先輩、多分お金の事を考えています」

「え? 朱音、なんでわか――」

「そうだと思った! でも、後回しにしなさい!」

「里奈まで、なんで――」

「正面側は人が一杯いるから、裏に回るわ。いいわね、朱音ちゃん!」

「はい、そうしてください!」


 いつの間にか仲良しになっている2人にステレオで頭の中を指摘された俺は、その後里奈に引っ張られて裏手側の窓に回る。


 裏手側にも十匹程度のメイズハウンドがいた。しかし、それよりも大きな鉈剣やハンマーといった武器を持ったオーク豚顔やゴブリン集団の姿が目立つ。どうやら、裏手側は人型モンスターが集まっている様子。その目的は、


「やばい、裏側の勝手口を破るつもりだ!」

「ここから阻止するわよ!」


 ということで、俺と里奈は2階の窓から「飛ぶ斬撃」と「飛ぶ打撃」を交互に見舞う。更に、大方の注意が正面側に逸れているので、ハム美が出張でばって来て幾つかの[魔術]で加勢した。炎や雷撃といった派手な物ではなく、飛ぶ斬撃や打撃に似せた衝撃波を操る魔術だ。


 時折モンスター側のアーチャーが矢を射込んで来るが、難無く躱せる程度の射撃でしかない。結果的に殆ど作業のような攻撃の繰り返しになる。その間、里奈が使う「飛ぶ打撃」の秘密について、主にハム美が講釈を述べた。


 なんでも【操魔素】によって魔素を局所的に濃縮させて撃ち出しているとのこと。ちなみに、特定空間から魔素を取り払った「小金井緑地公園」の時には、魔素力を100程度消費したが、今の使い方だと、魔素を操る領域がとても狭いため、5から10程度の消費で撃ち出せるらしい。省エネな感じが羨ましい。


 と、そんなハム美の講釈が終わる頃には、こちらの魔素力が心許なくなり、それに引き換えとして裏側を攻めようとしていた人型モンスターは大半が血の海に沈んでいる。3分の1程が攻撃を逃れて遠ざかったが、これはもう「逃げた」と考えて良いだろう。


「ひと段落、ってところかしら」


 とは里奈。額に張り付いた前髪を横へ払う仕草をしながら、そう言った。それで、思わずそっちの方を見てハッとなった。普段から色白な里奈の顔は、戦闘の影響で血色が差し、上気したように見える。呼吸を整えるために僅かに開いた唇が妙に濡れているように見えて、思わず見入りそうになり、慌てて視線を逸らす。


「――下もちょっと静かになったかな」


 と言うのがやっとだった。流石「イコール年齢男子」だ、我ながら情けない!


 対して里奈は、


「ん?」


 と、小首を傾げる感じで視線を向けてくる。その時だった。


 確かに戦闘開始直後よりも幾分音が静かになった1階から、どよめく・・・・ような声が上がる。ただ、歓声ではなく、恐れや戸惑いを孕んだ声だ。その声を聞き取ると、


「なんだ、急にもやが?」

「火事か?」

「まさか」

「でも、凄い濃いきりだぞ」

「やべぇ、前が見えねぇ」


 と言っているのが分かる。そして、


「まずい、レッドメーンだ!」


(しまった、レッドメーンなのだ!)


 1階の岡本さんの声と脳内のハム太の【念話】が見事に被った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る