*太磨霊園レイドアタック⑤ 急行、第3休憩所!


 里奈達と合流した[チーム岡本]は、モンスターの大群に襲われている第3休憩所を目指す。霊園内を碁盤の目のように通る道路を無視して、目的地へ向けて最短でたどり着けるよう園内の区画を突っ切る。途中、植え込みのツツジを飛び越え、葉を散らせた銀杏の古木の間を抜け、時には墓石の脇を失礼して走り抜けた。


 結果、5分足らずで第3休憩所に到着することが出来た。場所はバス通りの中央ロータリーよりも小さなロータリー型の交差点。「第3区」と書いた標識が建てられている。そのロータリーに面して「ご休憩処」という古びた看板を出したモルタル2階建て建物がある。後で聞いた話だが、この第3休憩所は営業を止めて10年ほど経過した無人の建物だった。


 まぁ、この霊園自体、中に入ると整備が行き届かずに荒れている場所が目立つ。草木が枯れる冬という季節柄もあるかもしれないが、荒涼とした雰囲気が漂う園内では、人の気配が遠のいた古びた建物が妙に風景に溶け込んでいる。


 ただ、その建物の周囲にゴブリンやらオーク豚鼻やら、メイズハウンドが跋扈していると、一気に世界観が世紀末っぽくなる気がする。更に、そんなモンスターと戦う[受託業者]の恰好が、その印象に拍車を掛ける。


 モンスターの数は里奈の話から少し増えている感じがする。見た限り50匹だが、建物の裏にも回っているかもしれないから、それよりも多いだろう。対して受託業者は休憩所の入口(ガラスサッシの引き戸で間口が6mほどもある)を固めるように列を作り、思い思いの飛び道具でモンスターを牽制している。また、2階の窓からは、クロスボウ持ちが数名顔を出して射撃を行っている。


「どうします?」


 と里奈の声。それに対して、


「モンスターは未だコッチに気付いていない。一気に攻めて、先ずは休憩所の建物に到達しよう。その後は、飯田のスキルで守りを強化しながら、撃退する」


 と答える俺。位置的には休憩所の正面に対して左斜めから接近している形だ。距離は50mほど。このまま駆け寄って背後から奇襲を仕掛けたい。


(それで良いのだ!)

(1階正面が守るに不利ニャン。そこに障害物を出すニャン)


 ということで、俺の判断はハム太のハム美の追認を得た。


「分かった!」


 対して里奈はそう答えると、得意の「六尺棒」を握り直す。こうしている間も足を止めずに走り続けているので、モンスター集団との距離は30mまで詰まる。


「朱音!」

「はい!」


 ここで、朱音の【強化魔法】が発動。先の小金井メイズでLv3に上がっているため、強化の具合は一段と強い。


「飯田は出来れば・・・・魔素力温存で、岡本さん、俺が先に行きます!」

「はっははぃ!」

「オウ!」


 俺はそう声を掛けて一気に速力を増してダッシュを掛ける。


 目の前15mの距離には休憩所を包囲するモンスターの最外周。最外周にはゴブリンナイトやゴブリンアーチャー、それにオーク豚顔といった強め・・のモンスターが多いようだ。だったら、奇襲として「飛ぶ斬撃」を撃ち込み、強いモンスターにダメージを与えてしまおう。そう決心して【能力値変換】「4分の1回し」を発動――


「私も!」


 と、ここで不意に直ぐ左隣から里奈の声が上がる。まさか俺に続いてダッシュしているとは思わなかった。そのため「え?」と不意を突かれたが、もう一番近いモンスターまで10m。それに、中にはこちらに気付いたように振り向いて驚いた(ように見える)表情を見せるヤツらもいる。


(里奈様の強さは画期的ニャン、任せるニャン!)


 とここでハム美の【念話】が頭に響く。なにがどう画期的なのか分からないが、もう「里奈は下がれ」とか言っている間合いではない。だったら、


「里奈は左を!」


 取り敢えず、左側に居る里奈にはそのまま包囲の左側へ仕掛けてもらうことにして、俺は右側、つまり休憩所の正面入口に近い側へ意識を向ける。そして、太刀[幻光]の鞘を払いざまの一閃を、横薙ぎに繰り出した。


 鞘から飛び出した[幻光]の刀身は、冬の日の光を冷たくギラリと反射する。刀身はそのまま何もない空間を切り裂いただけだが、同時に不可視の斬撃が横一文字になって前方へ飛び出す。


――ズバァァンッ!


 毎度毎度お馴染みの派手な破裂音と共に飛び出した斬撃は、包囲最外周のモンスターへ襲い掛かる。「飛ぶ斬撃」を受けたモンスター達の鮮血が、10m先でパッと宙に舞う。攻撃範囲は広いが、威力そのものは[幻光]で直接斬り付けたのとほぼ同等。鎧を着こんだゴブリンKやオークに対しては一撃で致命傷とはならない。戦闘不能にするには2度、3度と叩き込む必要がある。一方、感覚的には後3度ほど撃ち込むだけの時間がある。ただ、今の場合は戦闘不能に追い込むよりも、手傷をばら撒いたほうが良いだろう。それに、里奈の方のカバーもしなければならない。


 そう心に決めた俺は、視界を巡らせ里奈の姿を探す。目に入った里奈は、丁度、五十嵐心然流棒術[大車輪]を繰り出す姿勢。ただし、俺と同様、里奈とモンスターとの距離は10mある。大車輪は大技だが、流石に10mも棒が伸びることはあり得ない。一体何を?


――ゴバァァンッ!


 俺の疑問に対する答えは鼓膜をつんざく様な轟音だった。


 音の感じ・・は俺の「飛ぶ斬撃」に似ているが、鋭い刃物で空気を切り裂くよりも、何かの塊が音の壁をぶち破った衝撃音に近い。音源は間違いなく里奈が振るった「六尺棒」。勿論、音が出るだけの行為ではない。その証拠に、ドンッと腹に響くような打撃音が響き、次いで、


「フギョッ!」

「ギョェ――」


 とモンスターの悲鳴が上がる。見れば、里奈の正面10m先に居た数体のモンスターがまるで巨大なこん棒に殴られたかのようにひしゃげて潰れている。なんというか、粗挽きなひき肉を連想させる光景だ。


「り、里奈?」

「……なんか、さっきから・・・・・出来るようになった。コータの飛ぶ斬撃と一緒だって!」

「マジかよ……」

「それよりコータ、モンスターがコッチに気付いた!」

「お、おう……」


 すっかり【能力値変換】と「4分の1回し」の制限時間を失念した俺は、里奈にそう言われて慌ててスキルを発動し直す。【戦技(刀剣)Lv4】にレベルが上がってからは「飛ぶ斬撃」発動条件が少し緩くなったので「4分の1回し」だけで撃てるけども、魔素力を40ほど無駄にしてしまった。これは里奈のせいだと思う事にしよう。


*********************


 第3休憩所を巡る戦い、特に俺達[チーム岡本with 管理機構]が休憩所に取り付くまでの戦いは、里奈の「飛ぶ打撃」と俺の「飛ぶ斬撃」が血道を切り拓き、そこに盾持ち岡本さんと[管理機構]の大島さん、水原さんが斬り込み、朱音がフォローの風属性矢を撃ちまくった結果、開始10分ほどで一旦終息した。


 50匹以上居たモンスターの半数は斃したと思う。一方、残存モンスターはロータリーの向こう側まで後退。ただ、逃げたというよりも、再攻撃の機会を窺っているように見える。


 ちなみに残存モンスターの主力はメイズハウンドで、厄介な事に【眷属強化】持ちのコボルトリーダーが【統率】しているようだ。お陰で、休憩所の周囲にはスカウトハウンドのものと思われるが【遠吠え】が散発している。


「仲間を呼んで数を揃えてもう一度来ますね」と俺。

「だろうな」と岡本さん。

「2階に上がりますね」と朱音。

「きっきた時のかっかかんじで、りり臨機応変に」とは飯田だ。


 朱音が2階に上がるのはより広い射界を得るため。一方、【生成:障害物Lv2】による飯田式簡易要塞の生成は、もう飯田の【直感】に任せたほうが良いだろう。飯田はさっきの戦闘で一切魔法スキルを使わなかった。「温存して」と言ったが、それ以上にこれからの攻撃が本番だと【直感】しているのだろう。さすがビンビン男(直感)だ。


 一方、里奈はというと、この区画を担当する[受託業者]達と会話をしている。行方不明者は居ないか? とか怪我人は? とか、そんな感じの会話だ。横で聞く限り問題無く全員が「第3休憩所」に逃げ込んだように聞こえた。ただ、


「なんだろう、こっちの方へ誘導されたような気が」

「ああ、分るわ。メイズハウンドに『わーっ』て追いかけられて、気が付いたらこの場所だった」

「なんか、気味が悪いな」

「罠だったりして」

「馬鹿な事を言うなよ……怖いから」


 という感じの会話が妙に引っ掛かる。もしかして、「第3休憩所」という閉鎖空間に誘い込まれた? でも、そうすることのモンスター側の利点ってなんだ? 逆にモンスター側が攻めにくくなるだけじゃないか?


 などと考えるにつれ、ちょっと嫌な予感がしてきた。


(マズイのだ……コータ殿が嫌な予感を感じているのだ)

(そんなお兄様、毎度毎度嫌な予感が当たる訳ないニャン)

(そ、それもそうなのだ。吾輩の考え過ぎなのだ)

(もう、お兄様は心配性ニャン)

(ははは、一本取られたのだ)


 お前らなぁ……「フラグを立てる」って言葉の意味を知らないのか?


 結果、ハムスター2匹によるフラグ立ては見事成功したようだった。



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