*太磨霊園レイドアタック④ 北西方面、急襲!


 里奈達と[受託業者]の一団が免許センターを出発してから、多分40分後。場所は自衛隊トラックの荷台の上。


 物資と隊員の両方を運搬できるように設計されたトラックの荷台は、人を乗せる時には折り畳み式のベンチを引っ張り出して座る格好になる。こんな知識は普通の人には必要ないものだが、実は(諸橋班長曰く)一部の車両には荷台に乗る人用のヒーターが備わっている。基本的に東北や北海道の部隊向け装備らしいが、何故か関東にも数台配備されているそうだ。今回俺達が乗り込んでいるトラックは、そんな希少なヒーター付き車両だった。


 ただし、護衛なので周囲警戒のため、視界を確保する必要がある。そのため、普段なら掛けられている幌が綺麗サッパリ取り外されている。お陰で荷台は年末真冬の冷たい空気に容赦なく曝されることになる。足元は温かく、それ以外は寒いというのは……雪の中で露天風呂に入るとこんな感じなのかな?


(吾輩、一度で良いから温泉に行ってみたいのだ)


 とは、俺から漏れた思考を読み取って話を合わせてくるハム太。ただ、ハム太の思考はと言えば……


(温泉に入りながら日本酒をキューっと、吾輩はつうだから冷酒でやりたいのだ。そして、部屋に戻った後は海の幸山の幸に舌鼓を打つのだ……)


 というもの。なんともはしたない・・・・・通ぶった鼠だ。


 と、一旦逸れた注意を呼び戻す。俺達[受託業者]が乗っているのは、5台の車列の2番目。先頭は軽装甲機動車で、その後に俺達のトラックと輸送補給部隊のトラック2台が続き、最後尾は軽装甲機動車になっている。


 現在値は霊園の中央を進むバス通りの中ほど。進む速度は体感で20km/h程度。もう少し速く走ればいいのに、と思うが、


「そりゃ、園内の制限速度が20kmだから仕方ないだろ」


 ということ。なんだそりゃ、と思うが、答えてくれた岡本さんの表情からして、多分皮肉を言ったのだろう。


「あんまりスピードを出されても、風が冷たいから」

「そう言えば急に冷え込んで来たな、小夏、大丈夫か」

「うん、大丈夫よ。これ暖かいから」


 とは[TM研]の小夏ちゃんと上田君の会話。そう言いながら、お揃いのマフラーを見せつけてくる。青春だね。でも、[TM研]唯一のシングルな井田君の心境や如何に? などと他愛のない事をつい考えてしまう。


(コータ殿もプレゼントに買ったマフラーとかを収納空間(省)に仕舞いっぱなしなのだ)


 あ、そういえば忘れていた。まぁ、マフラーについてはこれが終わったらみんなに渡そう。ただ、それとは別に朱音と里奈に買ったプレゼントは……、一体どうしたものか?


(さっと渡せばいいのだ。何を照れているのだ?)


 お前には、彼女いない歴イコール年齢な男の心の機微などわからんさ……。


(大輝様の親友とは思えないのだ)


 ほっといてくれ……いや、待った。そういえば、大輝ってあっちの世界・・・・・・で結婚とかしたのか?


(それは……んっ? 魔物の気配なのだ!)


 あ、誤魔化した! と思ったのも束の間、ハム太の【念話】が誤魔化しではなく、事実を伝えて来たことを知った。というのも、不意にトラックが加速したからだ。


「なんだ?」

「いきなり加速した」

「トラブルかしら?」


 などと、荷台全体が驚いた感じになる。俺は岡本さんや朱音、飯田に小声で「モンスターみたいです」と伝える。それで、3人は殊更周囲を見渡すように、腰を浮かせる恰好となった。


 車列の位置は少し進んで、丁度「中央慰霊塔バス停」まで後100mというところ。


 とここで、今度はトラックが急停車。


「きゃぁ」

「おっと」


 思わずよろける面々。俺は(少し不自然な感じで)こちらへ倒れ込みそうになった朱音の肩を、大分手前で(片手で)支えてやる。


「先輩……」


 倒れ込むのを未然に防がれた朱音は、周囲を見てからぼそりと、


「いじわる」


 などと言う。


 ちなみに、荷台の上では今の急ブレーキによってお互いの人間関係が浮き彫りになった。ちょっと大げさかもしれないが、そんな風に見えたのは確かだ。[TM研]のカップル2組や、[月下PT]のポニテ美人(神谷さん)と日本刀装備クールガイ(神宮寺君)、弓装備のボーイッシュ少女(三崎さん)と盾持ち地味メン(五味君)などがお互いを支え合っている。その他には、岡本さんが飯田の肩(というか首根っこ)をガシッと掴んでいたり、月成凛と彼女を「お姉さま」と呼ぶサイドテール女子(工藤さん)が抱き合っていたりする。そんな中、[TM研]の井田君や月下PTのヒョロガリ男子(二宮君)は、不動の姿勢で平然とバランスを取っていたりもする。


「……なんで?」

「だって――」


 ただ、助けたのに文句を言われた俺は思わず言い返す。それに朱音が抗議の言葉を重ねようとしたところ、


「――皆さんは先へ行ってください!」


 車列先頭の軽装甲機動車の辺りから、凛然とした里奈の声が響いて来た。それで、思わず俺は荷台から飛び降りると、声の方へ駆け寄る。そこには、装甲車に乗ったままの諸橋班長と、中央通りを走って来たと思しき、里奈を始めとする[管理機構]の面々の姿があった。


「里奈、どうした?」


 後々思い返すに、この時点での状況は、態々わざわざ荷台から飛び降りてまで問い質すような緊迫したものではなかった。そのため、俺の行動は殆ど勢い(または朱音の抗議から逃げるためともいう)だった。


 でも、この行動が結果的に「良かった」と後から振り返って思うことが出来る。勢いって大切、という話だ。


*********************


「北西方面にモンスターの大集団です」と里奈。

「あっちの方面はDとCランクの[受託業者]がメインだから」と大島さん。

「応援に向かいます」と水原さん。


 対して、補給部隊の諸橋班長は、


「わかりました……」


 という。が、その顔は「その数で大丈夫か?」という表情。まぁ、里奈と男性3人は各々おのおの受託業者風の装備をしているが、4人だけで応援になるのか? という疑問は、俺も同じだ。


「里奈、モンスターの数は?」

「全部で50以上、増えているって!」

「場所は?」

「ここから大体150mの休憩所がある場所よ」


 思わず口を挟んで情報を引き出す。その結果分ったことは、霊園の北西側に進出していた[受託業者]がモンスターの大群に遭遇。休憩所という建物を拠点にして戦っているが、包囲されつつある、という状況。連絡はその休憩所内にある公衆電話からとのこと。


「50以上だと流石に五十嵐さんだけだと無理だろう」


 とは、俺を追いかけて来た岡本さんの声。振り返ると[チーム岡本]の面々が居た。その様子に全員の納得を得た気がした俺は、


「諸橋班長、俺達、こっちへ手を貸しても?」


 と申し出る。


 対して諸橋班長は「他のPTが残ってくれるなら」と承諾したが、里奈の方は、


「ダメよ、そっちは補給作戦が最優先でしょ。数が足りなければ他のエリアの[受託業者]を呼ぶから大丈夫よ」


 と言う。しかし、


(これは囮なのだ?)

(私もそう思うニャン!)


 俺もそう思う。


 一部の知能があるモンスターが[受託業者]との戦闘を潜り抜けて狡猾化しているなら、昨日の待ち伏せをより確実に成功させるため、園内に散っている[受託業者]を一か所に呼び集めようと「陽動作戦」の真似事を仕掛けるかもしれない。


 ということで、その考えを伝える。途中で飯田が目一杯首を縦に振っているのが心強い。その結果、


「飯田君までそう言うなら……仕方ないわ。応援をお願いします」


 という事になった。でも、里奈の決断の切っ掛けって【直感】持ちの飯田なんだね……ちょっと悲しい。



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