*太磨霊園レイドアタック② 作戦現場


*五十嵐里奈視点*************


「各ユニオンは持ち場に付いてください!」


 場所は太磨霊園の中央に立つ慰霊塔。正確には、園内巡回バスの「中央慰霊碑バス停」だ。


 私の声に応じるように、既に顔馴染みとなった[受託業者]の面々が東西南北へ散っていく。中にはこちらへ手を振ってくる人もいるので、軽く手を挙げて応じたりもする。見渡す限りまさに冬の公園といった雰囲気の寒々しい霊園内へ、思い思いの恰好をした[受託業者]の方々の後ろ姿が遠ざかっていく。


 [受託業者]の配置は、上空から見ればほぼ真四角な敷地を持つ太磨霊園の中央慰霊塔を中心に、北東・北西・南東・南西といった4方向へ展開する、というものだ。ただし、それほど遠くまで距離を取って散開するわけではない。余り距離があり過ぎると、何かあった時点で合流が難しくなる。それに、今回の作戦で重要な役割を持つ「通信機材」の位置という縛りもある。


 ちなみに[太磨霊園メイズ]は南東側の角、通称「安恵寺門」近くに建つ管理事務所棟の1Fに存在する。その場所を起点に半径約1kmが「魔物の氾濫」領域になる。つまり、霊園は領域全体の4分の1を占める格好だ。


 今の補給輸送作戦に関しては、作戦行動中にモンスターがこの地域に集中しないように、霊園の隣にある武蔵野公園や南側の住宅地の一部で、自衛隊部隊による陽動作戦が行われているはず。ただ、小金井緑地公園の時にはそれなり・・・・に使用されていた銃火器が、現在は全く使用できない状況だという。


 疑問に思い輸送隊の自衛官に質問したところ「作戦指揮が交代したせいで締め付けが厳しくなったのです」という返事が返って来た。私やコータがひそかに「打たせ上手な高橋さん」と呼んでいた高橋陸将補は、小金井緑地公園における救出作戦終了後に後方へ退いたということだ。理由を聞くと「体調不良」ということだが、もしかしたら発砲許可の絡みで更迭されたのかもしれない。そう考えると少し心配になる。


 とにかく、今の自衛隊は全く「撃てない」。その方針は現場に持ち込まれた装備にも反映されている。現に補給輸送部隊の護衛車両である軽装甲機動車には機関銃が備え付いているが、弾薬は100発程度しか積んでないという話だ。そんな彼等が運ぶ補給物資の約半分は弾薬なのだから変な感じもするが、メイズの中はまた別なのだろう。


 しかも、やむを得ない場合の発砲でも、事前に許可を取る必要があるとのこと。許可を出すのは高橋陸将補の後任に当たる指揮官らしいが、その人物は霊園から南側に大分離れた場所にある「太磨霊園前駅」に設置された前衛拠点にいる。無線通信が出来ない状況で、どうやって許可を取れというのか? と呆れるばかりだが、結局は「撃つよりも逃げろ」という命令になっているようだ。


 ただ、その一方で彼等にとっては仲間であるメイズ教導隊からは、重傷者の存在を伝える連絡が発せられている。だから、今日の輸送部隊は梃子てこでも逃げないだろう。補給物資を運ぶという役割以上に、怪我をした仲間を救い出すという使命感に燃えているはずだ。自衛装備が全く無いに等しい状態でも、モンスターに進路を塞がれても、多分強行突破しようとすると思う。少なくとも、そういう気迫を今朝の部隊から感じた。


 だからこそ、今日の作戦にコータ達が間に合ったのは不幸中の幸いだ。勿論、その分コータ達の負担が増えるのだけど……まぁ、頑張ってくれるだろう。コータだし、多分大丈夫だ。


(何気に信頼してるニャン)


 不意に脳内に響いた声にドキッとする。今更だけどハム美が同行しているのを忘れていた。まぁ、【念話】というスキルらしいが、便利な反面、頭の中の思考が外に漏れるのは少し気恥ずかしい。それに、ハム美が言うような「信頼」とは少し違う気がする。


(難しいニャン、どういう事ニャン?)


 そんなに難しい事じゃないと思うけど……う~ん、改めて説明しようと思うと何気に難しいな。


*********************


――ピピピピピピピピピ……――


 [受託業者]の皆さんを送り出してからほんの数分だけ、思考が他所よそへ行っていた。そんな私の思考を、不意に鳴り出した連続する電子音が呼び戻す。電子音の正体は電話の着信音。ただ、聞き慣れたスマホの呼び出し音とは違い、少し籠った単調な音が間を開けずに連続する。


 着信音を鳴らし続けるのは「中央慰霊塔バス停」に設置された緑色の公衆電話。これこそが、今回の作戦行動で重要な役割を果たす「通信機材」だったりする。雨風と日光に長年晒されてすっかり色褪せているが、まだまだ現役な様子。


 実は、この事件に関わるまで、私は公衆電話というものは発信専用の機械だと思っていた(そもそも使った事が無かった)。しかし、「電話」と名前が付く訳だから、着信も出来るということだった。


 それで、園内に幾つか設置(というか放置?)されていた公衆電話は、現在電話会社と警察の手によって非常回線で結ばれている。専用のダイヤル「9101」から「9108」までが割り振られて、霊園内に展開する受託業者との連絡手段になっている訳だ。


「はい、こちら中央慰霊塔前――」


 電話に出たのは大島さん。電話先と短く言葉を交わしてから電話を切る。そして、


「係長、北西班から連絡で、所定の場所に着いたとのことです」

「はい、分りました」


 実は霊園内の各所に散開した受託業者は、園内に点在する公衆電話を中心に展開している。それで、所定の到着した場合や一定時間おきの定時連絡を入れてもらうことになっている。


 この後は、そんな[受託業者]からの電話連絡が散発的に入って来た。昨日と同じ展開だ。


 霊園内の地理的環境は、メイズ入口が存在する管理事務所棟がこの場所から見て南東に当たる。その真逆の北西側は「魔物の氾濫」領域の最も外側だ。だから、[受託業者]としての実績に劣るCランクやDランクの[受託業者]が中心になっている。強度的には北西、北東、南西、南東の順でランクの低い順から割り振っている格好だ。


 勿論、その通りの順番でモンスターの強さが変わってくれる保証はない。なので、危なくなったら別に渡してある警報装置(子供用の防犯グッズ)を鳴らして中央に逃げてくる手筈になっている。


 まぁ、幸いな事に今日まで大事は起きていない。負傷者は出たが各自が持っているポーション類で何とかなるレベルに治まっていた。それに、この作戦自体2時間も続かない。後続の補給輸送部隊は自動車装備だから、行程がスムーズならば1時間半ほどで「行って下ろして帰って来る」ことが可能だ。それでも、


(危なっかしい作戦ニャン!)


 と指摘するハム美に反論は出来ない。でもまぁ、作戦を考えたのは私じゃないし、現状で「撃てない自衛隊」の補給部隊をメイズに送り届けるには、これしか方法がないだろう。


(この国の将来が不安になってくるニャン……っ! 南側にモンスターニャン!)


 ここで、ハム美がモンスターの接近を知らせる。その【念話】を受けて、


「大島さん、水原さん、南側に注意して!」


 と呼びかける私。


「はい!」


 応じる2人のうち、水原さんがロータリーの南側を指して「あっ、メイズハウンドです!」

と言う。


「8匹も!」


 こちらは、防衛省出身だが、自衛官とは全く程遠い小太り体型の吉本さんの、悲鳴みたいな声。


「大島さんと水原さんと私でやるわ! 吉本さんは周囲警戒をお願い」


 このやり取りで、私達は接近してきたメイズハウンド8匹と対峙。


(う~ん、8層から9層相当のメイズハウンドニャン。里奈様、前みたいにスキルを付与するニャン!)


 毎度の事ながら【スキル】とは別系統の[魔術]って便利だな、と思う。そう思う内にも、ハム美は(【戦技】ニャン、【身体機能強化】ニャン、【防御向上】ニャン!)とニャンニャン言いながら、仮のスキル・・・・・を私達に付与していく。魔力切れだけは気を付けて欲しいと思う。


「身体が軽い?」

「小金井の時みたいですね!」

「油断しないで、来るわよ!」


 という事で、3対8の戦闘が始まった。


 ついでの説明になるが、大島さんと水原さんの2人は現役自衛官でメイズ経験者(メイズ徽章3級所持とのこと)。ただし、本格部隊の隊員でも小銃すら持っていない状況だから、この2人にそんな装備・・・・・の手当てがあるはずも無い。


 防具の方は、コータのお仲間の飯田君(の実家)が提供した防具を着込んでいるが、武器の方はというと、2人(と吉本さんを含めた3人)ともにマチェットとポリカ盾になっている。今回の作戦参加を前に、[管理機構]の経理課が渋々購入を認めた品だ。ただし、領収書の処理は「年明けに」と後回しにされている。その点が少し不安だったりする。


 と、いい加減雑念を払って前方に集中。私の武器は使い慣れた「六尺棒」。ただ、この2日間の戦闘でちょっと変わった戦い方・・・・・・・を身に着けている。それは、


(え? 里奈様、一体何を――)


 頭の中の【念話ハム美】を無視して、私は周囲に漂う魔素をもやと視覚化。それを六尺棒に纏わりつかせるようにイメージする。【操魔素】というスキルなのか特技なのか良く分からないものは、魔素を払うだけでなく、こうやって一か所に集めて濃縮することも出来る。


 そして、魔素そのもの・・・・を纏わりつかせた六尺棒は視覚的には黒いオーラを纏ったようになり、


――グオォォンッ


 と低い振動のような呻り音を上げて、飛び掛かってくるメイズハウンドの横っ面をカウンター気味に殴打する。


「ギャ――」


 その一撃で、メイズハウンドの頭部はまるでスイカを地面に叩きつけたように破裂。しかも、その勢いは頭部を砕かれたメイズハウンドの身体を真横に吹き飛ばす威力。結果、隣の水原さんに飛び掛かろうとしていた別のメイズハウンドを巻き込んで、近くの植え込みまで勢いよく吹っ飛ぶ。大型犬サイズの物体2匹分の衝突を受け止めた松の大木が、大きく枝を揺らした。


「あと、6匹!」


 背後で吉本さんが「スゲぇ」という声を上げるが、毎度の事なので聞こえないふりをしておこう。



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