*7話 ランクカードとブリーフィング
「ランクカードとランク制度について、昨日もご質問が多かったのでもう一度説明いたします」
講義室の正面スクリーン前に陣取った里奈は、良く通る声でそう切り出した。ランク制度ってなんじゃそりゃ? と思うが、説明してくれるようなので、黙って有難く拝聴することにする。
「ランクの種類は下から順にD,C,B,Aとなり、基本的に[管理機構]が買い取ったドロップの総額がランク選考の基準となります。ランクは1年間有効となり、毎年1月末が有効期限となります。現在お渡ししているランクカードは暫定カードとなり、正式カードは認定証と統合され、来年1月中ほどからアトハ吉祥メイズ、霞台メイズ、国立西駅ビルメイズ、調布駅前ビルメイズの4カ所の買取りカウンターで随時交換いたします――」
里奈の説明では、[管理機構]がランク制度の運用を開始したのはつい先日、12月26日のことらしい。何故「突然このタイミングで?」と思うが、後から聞いた話によれば、[管理機構]が呼びかける協力要請への応諾・参加率が極めて悪いことが大きな理由とのことだった。
タイミング的には「小金井メイズ」に関する要請の時点で、(要請を受けてくれる)物好きな[受託業者]が底を尽き、続く「太磨霊園メイズ」に関する要請では、全く人が集まらなかったらしい。単純に「協力」を呼びかけるだけでは、
「そんなの常識だろ」
と言ってしまったが、里奈も「だよね」と呆れ顔の苦笑いだった。
後は、「小金井メイズ」への協力要請時点で、[管理機構]の一部部署が独断で承認していた特別報酬(買取り額UPとか、持ち出し料無料とか、鑑定料50%オフとか)を正式に制度化する、という目論見もあったようだ。
とにかく、報酬を設定するなら、貢献度と実績に応じて段階的に付与しようという話になったらしい。それで出来たのがランク制度ということになる。ちなみに、決断後直ぐに運用を開始する、というのはちょっと日本の「お役所仕事」からは想像できない対応の早さだが、どうも構想自体は前々からあったらしい。
それで出来上がったのがDからAまでの4段階のランク分け。基本的にランクはこれまでの買取り実績額に応じて割り当てられているようだ。ただし、
「次にランクと特典についてですが、まず、買取り額
とのことだ。まぁ分かる。「ランクを上げたいなら[
Aランク:素材類の買取り価格30%増し。持ち出し料無料。鑑定料50%オフ
Bランク:素材類の買取り価格15%増し。鑑定料10%オフ
Cランク:素材類の買取り価格10%増し。
Dランク:特典無し。
という内容になっている。こうやって見ると、これまでは文句なしで全員Dランク相当だったのだが、そのDランクがものすごく損をしているように見える。頑張ってランクを上げようという気になるだろう(これが[管理機構]の思惑なんだろうな)。
とここで、里奈は何か質問が無いか、と全体を見回す。すると、
「あの、質問なんだけどさ」
と声が上がる。
「管理機構への協力要請ってのは今回が初めてなはずだけど、なんでさっきの奴らはAランクなんだ?」
質問したのは、さっき俺のカードを盗み見た奴だった。不公平があるんじゃないか? という疑念なのだろう。しかし、
「本日カードをお配りした方々は、先日の小金井メイズ関連の要請を受けて下さった方々です。中には、先だって行われた初期調査に協力して下さったパーティーもあります。ですから[管理機構]としては既に実績充分と判断しております」
と、里奈はきっぱり説明した。この発言を受けて、講義室の雰囲気は一気にザワついたものになる。中には露骨に俺達へ好奇の目を向けてくる奴らも居る。月成なんかは得意気な表情でそんな視線を受け止めているが、俺は注目されて嬉しがる人種じゃないのでとても居心地が悪い。もうちょっとボカシて説明しろよ、としか思わなかった。
ただ、正面に立つ里奈はそこら辺の
「どの程度の貢献がどの程度ランクの判断に影響するか? については、正式ランクカード配布時にお報せすることになります」
不公平感に対する対処も抜かりが無い説明だった。結局、その質問をした奴は、里奈の説明に納得したのか、それ以上の発言をしなかった。
「では、本日の作戦行動内容をご説明します――」
対する里奈は、話題を今日の行動内容へ移す。それで、ザワついていた講義室の空気は少しだけピリッとしたものに変化した。
*********************
里奈が説明した「本日の作戦行動内容」とは、早い話が物資輸送の護衛だった。
現在、自衛隊のメイズ教導部隊が太磨霊園内に出現したメイズへ潜行している。部隊規模は約100人だという。その部隊へ武器弾薬・食料飲料水等を届ける輸送補給部隊を護衛することが太磨霊園における[受託業者]の役割ということだった。
護衛対象の輸送部隊は自衛隊仕様の
霊園管理事務所棟へは南側から北上してアクセスするルートも考えられる。しかし、避難済みとはいえ住宅地内を通る経路になり、また道幅も狭い昔ながらの住宅地であることから、南側ルートは採用されていない。少数の自衛隊部隊による陽動行動が、限定的な地域で行われているに過ぎないということだ。
それで「輸送補給部隊の護衛」と言いつつも、[受託業者]がやる仕事は部隊の出発に先駆けて園内に進入し、モンスターを斃すこと。更にモンスターと戦闘しつつ、輸送ルートから遠ざけるように誘導する、というもの。
ただ、昨日の作戦中に一部のモンスターが誘導を無視して輸送補給部隊の車列に急接近する事態が発生した。結果として、トラックの1台が破損、自衛隊員に数名の負傷者が出た。これによって、昨日の輸送補給任務は失敗している。
一方、自衛隊のメイズ教導部隊は27日の午後からメイズ内部へ潜行している。そんな彼等は28日の補給物資こそ受け取っているが、昨日29日は補給無しに終わった。「1日くらい補給が無くても」と
銃を使用するなら弾薬が必要になる。その弾薬は外部からの補給を受けなければならない。そして、補給を受けるためにはメイズ内でも補給路を確保しなければならない。補給路を確保するためには各層のモンスターを余計に斃す必要が生じる。その結果、必要になる弾薬の数は増える。補給の頻度は
また、自衛隊部隊の場合、メイズ内部で収拾したアイテム類を自由に使うことが出来ないという事情もあるようだ。そのため、負傷者に対する応急処置の用品も必要になるし、場合によっては怪我人を後送する必要も生じる。特に現在は――
「昨日の連絡によると、5名ほど重傷者が出ている模様です」
そう伝える里奈の表情は硬い。ちなみにこの連絡は管理事務所棟2Fにある固定電話回線からだということだ。また、霊園内には昔ながらの公衆電話が残っており、それらは非常回線を通じて作戦中の[受託業者]との連絡で使用されているらしい。これを機に公衆電話が復権する可能性は……ワンチャン、あるかもしれない。
「ですから、今日の輸送補給部隊は帰りに負傷者を収容することになります。そのため、Aランクの[受託業者]の方は輸送部隊の車列直掩警護に回って頂きます」
という事になった。つまり俺達[チーム岡本][TM研][月下PT]は輸送補給部隊の車列を直接護衛することになる。
「作戦開始は30分後です。最終準備を整えて9:55までにロビーに集合してください」
これで、朝の作戦行動ブリーフィングは終了となった。時計を見ると丁度時刻は9:30になっていた。
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