*4話 状況整理


「ただいま~。ああ、久しぶりの我が家って感じだ」


 「小金井メイズ消滅作戦」終了後、翌日(12月29日)の午後14:00過ぎ、ようやく俺は自宅マンションに帰ることが出来た。実に4日ぶりの帰宅だ。旅行から帰って「やっぱり我が家が一番ね」というような経験はこれまでの人生で一度もないが、何となく気持ちは分かる気がする。


「どうするお兄ちゃん、今日はもう外に出ないよね?」


 とは、妹千尋ちひろの声。今日の朝イチで所沢の自衛隊関連病院に迎えに来てくれ、そこから一緒に帰宅したという流れだ。まぁ、心配してくれていたのだろう。気遣うような声音になっているから、妙にこそばゆい・・・・・気持ちになる。


「う~ん、ああ、そうだ」

「なになに?」

「お風呂に入りたいかな……」

「わかった、お湯入れてくるね!」


 何となく今日はずっと機嫌が良い様子の千尋に、俺は少し甘えたお願いをする。そして、浴室の方へ向かう千尋の後ろ姿を見送りながら、俺は思考を自由にさせた。すると、頭の中は勝手に昨晩から今朝に掛けての出来事を思い返すように整理し始める。


*********************


 実は、俺達[受託業者]の面々は、昨日夕方に所沢の自衛隊関連病院に搬送されてから今日の午前11時頃まで、丸々一晩病院で過ごすことになっていた。「検査や治療のため」という名目だったが、その実、大怪我をしている人は居らず(軽い怪我人なら結構いたが)、また、医療行為らしいことも簡単な問診と血圧測定、血液検査に留まった。


 むしろ昨晩の入院は、その時間を利用して「色々と情報収集をしたい」という思惑を持つ人達のニーズを満たすために行われた措置のようだった。というのも、昨日の夜遅くまでと、今朝解放されるまで、延べ5時間ほど入れ替わり立ち替わりに、色々な方面の人が病室を訪れ、事情を聴いていったからだ。


 [管理機構]で里奈りなの上司である佐原課長や同僚の富岡と名乗った女係長、吉池係長を始めとした国家安全保障局(かな?)の面々、制服姿の理知的な自衛官達、名乗りもしないスーツ姿の連中(多分警察関係者)などなど、事情を聴きに病室を訪れた人は様々だった。しかも、入院中は各自が(大げさな事に)個室病室を与えられていたから、印象的には個別に事情聴取を受けているような気持ちになったりもした。


 ただ、昨晩の時点で24日から4日間も世間の動きから隔絶されていたので、俺としても聴きたい事は幾つかあった。別に犯罪の取り調べを受けているという訳でもないので、その辺は対等に質問したし、病室を訪れた人達も「答えられる範囲で」と前置きしつつ俺の質問に答えてくれた(一部警察関係者を除く)。


 そんなやり取りの中で彼等が聴きたがった事は、各自の出身組織が興味を持ちそうな内容だった。例えば自衛官の面々は「メイズ内の行動はどんな風に進行したのか? モンスターの強度はどの程度だったか?」というもの。かなり丁寧に聴く姿勢を示してくれたので、思い出せる範囲で詳細に説明した。一方、警察関係者風のスーツ姿の連中は「誰がどんな武器とスキルを持っているのか? ドサクサに紛れて自衛隊の銃火器を使ったりしなかったか?」という高圧的な口調だったから、テキトーに返事をしておいた。


 そんな中「おや?」と思ったのは[管理機構]と安全保障局の面々の質問だった。彼等は昨晩と今朝の2度、病室を訪れたのだが、最初の質問は


「15層に何がありましたか? 詳しく教えてください」


 というものだった。15層に限定した質問だったが、別に隠す必要があるとは思えないので、罠や合計2回の戦闘、そして戦闘後に出現しメイズ消滅直前に消えた「壁の文字列」について説明した。その上で、


「何人か写真に取っていましたよ」


 とも話した。それが昨晩の話。その後、今朝になってから、


「その文字列ですが、形を覚えていませんか?」

「思い出せる限り、この紙・・・に書いてください」


 とかなり無茶な事を言ってきた。


 ただ、驚いた事に、「この紙に」と差し出してきたA3サイズの紙には、まさに15層奥の壁を撮影した写真がプリントされていたのだが、そこに在ったはずの文字列は全体的に薄くなっていて、下の方から3分の1程は完全に消えてしまっていた。


 後で朱音に聞いたところによると、


「昨晩の時点でもかなり薄くなっていたんです。それで今朝見たら完全に文字が消えてました。不思議ですねぇ~」


 とのこと。まぁ……不思議だ。


 結局、「思い出して書いてくれ」という要請には応えられなかったが、どうも[管理機構]の佐原課長や安全保障局の吉池係長は随分と落胆している様子に見えた。それで、逆に質問したところ、


「米国で起こったスタンピード事件の現場でも、メイズの最奥で同様の文字列が見つかったのですが……」

「写真データから文字列だけが消えてしまった。その情報があったのが昨晩深夜で、こちらは慌ててデータを印刷したから、紙媒体で写しが残っているが、全体的に薄くて……」


 とのこと。サンプルとなる文章が不明瞭だから解読作業の難易度が上がるだろう、ということだった。


「まぁ、そもそも解読自体出来るかどうか分からないですけどね」


 とは吉池係長の言葉だ。まぁ、謎言語(?)の解読なんて、ロゼッタストーン的な対訳証拠文章が無ければ困難を極めるだろう。結局、


「今後、同じような文字列を発見した時は書き写しをお願いします」


 という事になった。


*********************


 熱めの風呂から上がり、髪の毛を乾かしたり、大して濃くもない髭を剃ったり、冷たい緑茶を飲んだりしながら、テレビをぼ~と眺める。そう言えば、メイズの中では「テレビなんて捨ててしまおう」と考えていた気がするけど、いざとなると捨てるのもお金がかかるので……などと考える。


 お金といえば、膨大に詰み上がり、持ち切れなくてハム太の【収納空間(省)】に収納してあるドロップ品の買取りは来年1月4日以降になるらしい。まぁ、買取りに回すのは[メイズストーン]や[スライム粘液]、その他はモンスター由来の素材類になる。一方、ポーション類はストックが怪しくなっているので、田中興業への売却は見合わせることにしている。


 他には、習得しなかった余り価値が無さそうな[スキルジェム]が3つほどあるが、公式オークションへの出品も年明け以降になるだろう。ちなみに[スキルジェム]の内容は【戦技】【逃走】【回避向上】といったものだ。どれも[修練値]を消費して習得する意味は無さそうに感じる物ばかりになっている。


 千尋はマンション1Fのコンビニに出勤してしまったから、湯上りの俺は(ハムスターを除けば)1人だ。千尋のコンビニバイトは、今日だけ特別に15:00-23:00のシフトらしい。随分自由が利くようだが、コンビニオーナーが融通を利かせてくれるらしい。「ジジイキラーだな」と言うと「チョロイわよ」とのこと。まったく、腹黒い妹だ。


「流石兄妹なのだ」

「似た者同士ニャン」

「お前達に言われたくないよ」

「ヘケ?」

「ニャン?」

「……なぁハム太、『ヘケ』は止めとけ」

「……察したのだ」

「え? え? どういう意味ニャン?」


 そんな会話をやりつつ、ニュースに注意を移す。


 ニュースでは、やっぱりと言うべきか、小金井と府中で起こった事件の特集をしている。ただ、「魔物の氾濫」又は「スタンピード事件」は日本以外の世界各国でも同様に起こった模様。そのため、今後どういう風に世論が動くか分からないが、今のところ政府批判のような論調は少ない。どうも日本は「それなりに上手く対応している国」に分類されているようだ。


 中東や中央アフリカ、東南アジアの一部の国では、モンスター出現を受けて民衆の暴動が発生し、メイズの対応以前に民衆への対応が必要になっている国もあるとのこと。かの超大国アメリカも、暴動発生という点ではそれらの国と大差はない様子だ。それらと比較すると(中身は色々問題があるだろうけど)日本は粛々と対応が出来ている国に分類されているらしい。


 昨日の「小金井メイズ消滅」も、そんな優等生ぶった・・・・・・日本政府から既に発表されている。そのため、報道の注目は府中の太磨霊園にあるもう一つのメイズに集中しているようだ。


――続きまして、東京府中市の太磨霊園メイズに関するニュースです――


 夕方のニュースが時間枠を拡大して特集番組になっている。その内容は、一昨日救助された生存者の容態を告げる世田谷区の防衛中央病院前からの中継で始まり、周辺住民へのインタビューVTR、「小金井メイズ消滅」に至る経緯などへと続くものだ。そして、


――昨日午後から開始された「太磨霊園メイズ消滅作戦」について、今のところ日本政府も防衛省も経過を明らかにしておりません。ただ、関係消息筋の情報として、現在自衛隊部隊は10層付近に到達している、との情報もあり――


 と言う内容へ続いた。


 まぁ、メイズの中と外の情報交換をリアルタイム行う事は不可能なので、政府が発表出来ないのは分かる。寧ろ「関係消息筋ってなんだよ」と思ったりもする。


 ニュースはその後、「小金井メイズ消滅」に関わった[受託業者]の話題に移る。ただ、こちらについては政府が情報を開示しない、と伝えていた。今のところ、俺達の個人情報は守られているようだ。もっとも、これに関しては、


――マスコミが嗅ぎ付けるのは時間の問題でしょう。何かあったら連絡してください――


 と国家安全保障局の吉池係長が言っていたので、少し不安だったりする。


「マンションの周りを不審者がうろつけば、吾輩には分かるのだ」

「追い返すことも出来るニャン」


 このホームセキュリティー(ねずみ)がマスコミ相手に役に立つかは分からないが、とりあえず、


「そうなったら、よろしくな……さて……ピザでも頼もうか?」


 という流れになる。それで、デリバーを頼もうとスマホを取り出す。同時に、タイミング良くスマホに着信が入る。発信者は、


「岡本さん……なんだろう?」


 電話の内容は、端的に言うと「お誘い」だった。ただ、遊びではない。仕事のお誘いだ。

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