*メイズ消滅作戦㉒ 壱の太幹の壱の啓典


 目の前に現れた物、それは広間の奥の壁に浮き上がった「模様」だった。横幅6m、高さ6mの範囲で、体育館の用具庫を模した石膏ボードと打ちっぱなしコンクリ風の壁に浮き上がった模様は、それが文字の羅列であることを直感させる。どことなく、エジプトの神聖文字やメソポタミアの楔形文字が刻み込まれた壁面や粘土板を彷彿とさせるものだ。


 その認識で再度観察すると、6mx6mの範囲に広がった模様はてのひらを広げたサイズの「文字」によって構成され、それが規則正しく整列していることが分かる。さらに、壁一面に広がる文字列の中に、他と違う、強いて言うならばアルファベットに近い文字が混ざり込んでいるのも分かる。


「なんだろう?」

「さぁ……」

「さっぱり読めないですね」


 壁の文字列を前にして、そんなやり取りが起こる。


 一方俺は、広間の隅にこびり付いたような大型スライムを処理する素振りで、そんな面々から離れる。そして特に[脱サラ会]や[TM研]の面々の注目を惹いていないことを確かめると、背中のリュックの中を促した。もしかしたら【異言語理解】というスキルを持っているハム太やハム美なら何が書いてあるか読めるかも知れない。そう思っての事だ。


(ふむふむ…‥)

(……不思議ニャン)


 リュックからこっそり顔を出した2人(匹)は、壁の文字列を眺めるとそんな感じの思考を発する。読めるのか?


(不思議なことに、一部分だけ読めるのだ)


 凄いな。で、なんて書いてあるんだ?


(それが……読める部分はあちらの世界・・・・・・の文字ニャン。でもそれだけじゃ意味が通じないニャン)

(虫食いのように「読めない文字」が混ざり合っているのだ)

(そもそも【異言語理解】で読めないというのが不思議ニャン)

あちらの世界・・・・・・の文字が混ざるのも不思議なのだ)


 2人(匹)が言うには、壁に浮かび上がった文字列の内、あちらの世界・・・・・・の文字が4割程度、残り6割は読めない文字・・・・・・だということ。それで、読める部分だけで推測した文章は、


*********************


――[■不明な文章群■]。


[■不明な文節■]をここに開示する。[■名称か?■]は敵対者ではない。[■不明な文節■]を通して、この地の[■名称か?■]の共存と共栄を求める。


 12の太幹、この地は壱の幹。[■不明な文節■]の第一の開示。[■…不明な文章…■]。

・[■名称か?■]播く法は、[■不明な文章群■]。

・魔抗石は、[■不明な文章群■]。

・[■不明な文章群■]。

・[■不明な文章群■]。


 次なる開示は[■名称か?■]を後3つ。[■不明な文章群■]。


*********************


 ……さっぱり意味が分からない。途中「敵対者ではない」とか「共存と共栄」とかあるから、友好的なメッセージなのだろうか? こういうのをゲームなどではフレーバーテキストと言うらしいけど、


(こんな物は、あちらのメイズには無かったのだ……胡散臭いのだ)

(初めて見るニャン……気味が悪いニャン……)


 2人(匹)の反応は思わしくない。


 まぁ、分からないものをずっと眺めている訳にも行かないので、俺は一旦思考を壁の文字列から外して目の前の大型スライムを処理する。


 処理が終わり、他の面々と合流。ちょうど、飯田や春奈ちゃんが壁の文字列をスマホのカメラで撮影している。


(コータ殿も記録しておくのだ)

(私は文字列を記憶したニャン、でも、映像があったほうが助かるニャン)


 ということで、俺も促されるままにリュックからスマホを取り出す。そして電源を入れて、たっぷり20秒ほど(流石中華製の格安スマホ!)立ち上がるのを待ってから、カメラ機能を起動して壁にスマホを向ける。その時だった。


「あれ?」

「え……消えた?」

「本当だ」


 壁を前に突っ立っていた面々が驚きの声を上げる。何の前触れもなく、壁の文字列は嘘のように消えて無くなっていた。


「あちゃぁ」

「どうしたんですか? コータ先輩」

「いや、写真を撮り損なった」

「あら、でも私も飯田先輩も写真撮りましたよ」

「じゃぁ、後でデータでも貰おうかな」

「はい!」


 結局写真は撮れなかったが、朱音や飯田が写真を撮った後だったのでそのデータを貰う事にする。そして[DOTユニオン]の関心は、


「これって……この後どうなるんだ?」


 という方面へ移った。その後直ぐに、「取り敢えず、消えた文字以外に何もないから、一旦行き止まりまで戻ろう」という事になり、全員で来た道を引き返す。と、その時。不意にメイズ全体を大きな振動が襲った。


「なんだ!」

「地震?」

「マジかよ?」

「崩れるぞ!」

「きゃぁ!」


 不意に襲った強烈な揺れに、誰が言ったのか分からない驚きと悲鳴が上がる。俺はというと、3回目・・・の経験だけど、きっちり驚いた。立っていられないほどの揺れ、内側に崩れてくる壁と天井。視界が暗転し、そして、


「……」


 気が付くと、俺達は体育館の用具庫前の廊下に転がっていた。慌てて周囲を見回すと、用具庫に続く扉は内側から圧し破られたように開いていて、その先の部屋の中には迷彩服姿の自衛官、見知った装備の[受託業者]、物資、弾薬箱、簡易トイレ等々が、混ぜこぜになって積み上がっていた。


「お、重いぃ~」

「助けて~」


 誰かの悲鳴のような呻き声が、夕方前の薄暗い体育館に響いていた。


*********************


 小金井メイズは消滅した。直接的に関与したのは[CMBユニオン][赤竜・群狼ユニオン][月下PT]の面々だった。


 なんでも、15層入って直ぐの曲がり角で[DOTユニオン]が罠にかかり分断された直後、反対側に別の通路が出現したとのこと。それで、紆余曲折はあったものの、結局、新しく出現した通路の先へ進むことになった。その後、通路の先で15層の番人センチネルと戦闘になり、[魔坑核メイズコア]に接触、不活性化したとのことだ。


 番人との戦闘は熾烈だったようだが、[群狼PT]の朴木ほうのきが【収納空間】から巨大な鉄骨や鉄板を出現させてモンスターを圧倒し、最終的には数の力(全部で42人だからね)で押し切ったとのことだ。流石の赤鬣犬レッドメーンも、全方位へ無差別に出現した巨大なH鋼を前に【幻覚スキル】の真価を発揮することが出来なかったようだ。


 ちなみに、【魔坑核】の不活性化に関する詳細な経緯いきさつは、この時ハッキリと知ることが出来なかった。というのも、用具庫に折り重なった面々を助け出す途中、やはり消えずに残っていたモンスターが襲い掛かって来たからだ。


 そのため、防戦しつつの救助を余儀なくされた。その後も、自力で「魔物の氾濫」領域内を脱出する必要があり、バタバタしていたため、その辺の詳細を知る暇が無かった、ということだ。これについては、翌々日、


「あれは、多分赤竜PTの金元さんがメイズコアに触って不活性化したはずですわ」


 と月成凛つきなりりんから聞く事になった。まぁ、後日に月成と会話をしていることからも分かるように、[月下PT]とはきっちり腐れ縁が出来上がっていた。ちなみに、[赤竜PT]の金元恵かなもとめぐみがメイズコアの不活性化と同時に習得したスキルの詳細は分からない。それが分かる事になるのは少し先の話だ。


 とにかく[小金井メイズ]を消滅させた俺達は、緑地公園を脱出し、五日市街道に出たところで、領域内をパトロールしていた自衛隊の装輪輸送車部隊に合流。すぐさま所沢の自衛隊関連病院に搬送されることになった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る