*メイズ消滅作戦㉑ 3度目のレッドメーン


 24日の小金井緑地公園での戦闘を思い返してみる。最後の戦いとなった来場者会館前の1戦で、[チーム岡本]は辛うじて1匹の赤鬣犬レッドメーンを斃した。ただ、その個体は事前にハム太によって手傷を負わされていた。だから、本調子の赤鬣犬レッドメーンと真っ向戦うのはこれが初めてとなる。苦戦することは間違いないと思われた。


 実は[チーム岡本]の[修練値]は、小金井メイズに潜入した時点からそれほど大きな変化がない。潜入時点で700弱だった数字が750を少し超える程度に伸びただけだ。だから、24日の初戦闘から、こちらが劇的に強くなったわけではない。勿論、幾つか追加でスキルを習得しているし、[修練値]も50程度は上昇しているので、全く同じという訳ではないが、優位を確保しているとは言い難い状況に変わりはない。


 それでも、「全く分が無い勝負」かというと、そうでもないと思っている。こちらには「過去に戦って勝った」という経験の蓄積があるのだ。


 小金井緑地公園での赤鬣犬レッドメーンとの戦闘は、進入直後の遊歩道と脱出直前の来場者会館前の2度。どちらの戦闘も、赤鬣犬レッドメーンは【幻覚スキル】を初手で発動し、先制攻撃を仕掛けてきた。個体差はあるかもしれないが、この攻撃方法が奴ら・・定石セオリーなのだろう。


 【幻覚スキル】は厄介な代物だ。白いかすみの中では、奴らが常に先制攻撃の利を握っていることになる。こちらは、その攻撃が「幻覚」なのか「実物」なのかを見極める必要がある。だから、対処が常に遅れる。これは、幻覚スキル白い霞の中で、奴らが自在に姿を消すことが出来る、という理由に起因している。


 ただ、姿は消せても存在を消すことは出来ない。それに、或る地点から別の地点へ瞬間移動するような芸当も無理のようだ。これは、来場者会館前の戦闘の最後、飯田が【飯田ファイヤー:火壁バージョン】で赤鬣犬レッドメーンの退路を塞いだ結果、消えかかった姿が再度出現したことから分かる。物理的に移動できなければ、姿消しによるかく乱は出来ないということだ。更に言えば、恐らく姿を消している間は運動能力を完全に発揮できないのだろう。退路を断たれた状況で目前に迫る俺の[時雨]を受け止める瞬間、姿を消さなかった・・・・・・のではなく、消せなかった・・・・・・と考えれば合点がいく。


 そして何より、俺達はこの経験を蓄積しているが、奴らはこれが俺達と対峙する初めての戦闘になる。この経験の差は……多分大きい。


*********************


「しょっしょ、障害物生成!」


 飯田の声が戦闘開始の合図となった。通路から奥の広間に出て直ぐ[DOTユニオン]は【幻覚スキル】がもたらす白い霞に覆われた。だが「既に知っている」展開のため、動揺は少ない。飯田のどもり声・・・・もいつも通りだ。


「前方に集中!」と岡本さん。

「向かってくる姿を全員が見えれば本物、一人でも見えなければ幻覚です」と俺。

「味方誤射に気を付けてくださいね」と朱音。


 それに対して各PTから「分かった!」とか「了解よ」と返事が聞こえる。


 飯田が生み出した障害物は広間への入口を背に、前方に向けて3カ所が開いた縦のパーテーションのような構造。「川」の字に縦棒を1本足したような形状だ。そのパーテーションに、左端から[脱サラ会][チーム岡本][TM研]の順番で陣取る。左右両端の障害物はメイズの壁に隙間なくピッタリと形成されているが、通路口付近は隙間がある。だから、各PTはその気になれば、隣へ移動も可能だし、通路へ撤退することも可能。


 この構造は、【幻覚スキル】を利用して四方からかく乱攻撃を仕掛けてくるであろう赤鬣犬レッドメーンの攻撃方向を前方1点に限定する意図がある。ただ、もしも赤鬣犬レッドメーンが予想以上の大群で出現した場合は、各PTが各個撃破の憂き目にあう。そうなりそうなら、直ぐに通路へ撤退する手筈になっているが……


(レッドメーンの数は……4匹なのだ!)

(普通は出ても2匹ニャン、やっぱり数が2倍ニャン!)


 ハム太とハム美は納得いかない様子の【念話】を発しているが、4匹なら何とかなる数字だと思う。3つの内どれか1つのPTが2匹受け持つ格好になるが、そうなりそうな・・・・・・・PTは既に目星がついている。


「全部で4匹みたいです」

「見えた!」

「きっきっきまっ」


 とここで俺、岡本さん、飯田と声を上げる。ほぼ同時に、白い霞の向こう側から赤い影が一気に接近。その数は、


「2匹だ!」


 思った通りの展開に俺は声を上げる。中央に位置する4人PTの[チーム岡本]に戦力を振り分けてくるのは予想済みだ。中央突破という意味かもしれないし、単に4人PTだから一番数が少ないというのもある。もしかしたら【鑑定】や【見極め】のようなスキルで飯田の【生成:障害物Lv2】を見抜いたのかもしれない。とにかく、中央の[チーム岡本]に2匹が掛かって来たのは読み通りだった。


「行くぞ!」


 読み通りだから、準備もしている。ということで、俺は迫る赤い影2つに対して「飛ぶ斬撃」を初撃として見舞う。ここに来ての出し惜しみは無しだ。


――ズバンッ!


 空気を切り裂く破裂音と共に飛び出した不可視の斬撃は、障害物で限定された前方の空間を横薙ぎに、切り裂く。


「グォォオオンッ!」


 パッと白い霞の中に赤い血飛沫が飛んだ。


*********************


 俺の「飛ぶ斬撃」は初撃で1匹を捉えた。もう一匹は跳躍して躱したようだが、俺の一撃を受けた方が、前脚の付け根をザックリと斬られて前のめり・・・・に姿勢を崩した。そこへ、2撃目となる刺突を飛ばす。一方、飛んで躱した方には、


「お前の相手はコッチだ!」


 と岡本さんの【挑発】が決まる。結果として、俺と岡本さんが1匹ずつ赤鬣犬レッドメーンを受け持つ格好になった。ただ、【挑発】の効果は30秒だし、少し耐性がありそうなのは前回の経験から分かっている。2度目が上手く決まる確証はないので、畳みかけるなら今だ。


「朱音! 飯田!」


 俺は、名前だけ呼ぶとそれで伝わると信じて、【能力値変換】の残り時間一杯で3度目の刺突を放つ。


「ガウォォォオ!」


 前脚を斬られた赤鬣犬レッドメーンは、2度目の刺突を躱したが、3度目は上手く胸に決まった。再び血飛沫が舞い散る。


「左に!」


 と、ここで背後から朱音の声。その声を受けて、俺は咄嗟に左脇へ半歩移動。その俺の直ぐ右を、風属性を纏った矢が「ゴウッ!」と音を立てながら飛ぶ。矢は狙い通りなのか、刺突で出来た傷口に突き立った。流石に、この一撃を受けて赤鬣犬レッドメーンは巨体を仰け反らせる。そして、


「アリアケノ、ツキコソオモエ、ワカレミノ、シモタツトテモ、モユルカマドビ、オンケンバヤケンバヤソワカ、ウーンッ!」


 仰け反った巨体の腹に、赤々と燃える火の玉 ――【飯田ファイヤー:火の玉バージョン】―― が炸裂。中二詠唱(和歌風)で強化されたイメージの力なのか、そもそも「魔法使い」になりたいという飯田の執念の力なのか、その1発は、赤鬣犬レッドメーンの巨体を2mほど後方へ吹き飛ばした。


 この間、俺はチラと岡本さんを見る。盾を構えた岡本さんは防御に徹する構えでもう1匹の赤鬣犬レッドメーンの攻撃を受け止めている。ただ、ジュラルミン盾の表面をザックリ切り裂くほどの強烈な攻撃力を誇る赤鬣犬レッドメーンに対して、ポリカ盾は限界に近い様子だ。割れにくい素材のはずなのに、表面には縦横にひび割れが走っている。


 それほど長く持たない。そう見て取った俺は、このまま1匹にトドメを加えるべく【隠形行Lv1】を発動。更に【能力値変換】の「4分の1回し」で[力]を強化して、目標に接近。


 目の前には腹を黒焦げにされ、たてがみに燃え移った炎を消そうと床を転がる赤鬣犬レッドメーン。それは、漸く火を消し止めて、恨みの籠った獣の目を前に向ける。ただ、そこで1人足りない・・・・・・事に気が付き、慌てた様子で周囲を見回す。そして、俺と目が合った。獣の目が大きく見開かれる。


「――いやぁっ!」


 俺は大八相(通称、蜻蛉構え)から、太刀[幻光]を一気に振り下ろす。


――ゴトンッ


 重たい物が床を打つ音。流石に「骨を断った」感触が柄を伝って両手を痺れさせる。ただ、カタナソード[時雨]の時と違い、太刀[幻光]は揺るぎなく、立派なたてがみを備えた首を1刀のもとに討ち落とした。


――【戦技(刀剣)Lv4】――


 レベルアップを告げるメッセージが脳内に浮かび上がった。


*********************


 戦いはその後、岡本さんの【挑発】を受けた1匹を俺が【水属性魔法:下級】で牽制、朱音の矢と飯田の魔法スキルが決まり、注意ターゲットが飯田へ移ったところへ岡本さん渾身の[フランジメイス2号]が決まり、趨勢を決した。


 4匹中2匹を受け持った中央が、2匹とも仕留めた事で15層奥の戦闘は一気に有利に傾く。フリーになった[チーム岡本]はまず[TM研]に加勢して、右側の1匹を屠り、次いで左の[脱サラ会]が独力で何とか1匹を仕留めた。


 15層奥のモンスターは、これを最後に掃討された。そして奥の広間に静寂が戻る。誰もが声を発しない。というのも、最後の1匹を斃したのと同時に奥の突き当りの壁に或る物・・・が浮き上がったからだ。それは、期待していた罠の解除ボタンでもなければ、在る筈の[魔坑核メイズコア]でもなかった。



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