*メイズ消滅作戦⑲ 14層習熟と先へ行く決意


12月28日正午 14層中盤


 昨日27日の最終到達点だった14層中盤の広間。その場所に今日は正午に到達している。昨日に比べて随分早いのは、補給物資的に最終日となる今日の朝、10層をかなり早い時間に出発したからだ。後は、昨日の内に結構[修練値]が上がった、という理由もある。


 ただ、当然の事ながら、簡単な道のりではなかった。層が深くなるにつれ、モンスターの強さは確実に上がっている。しかも、13・14層と進む間、モンスター側に新種が混ざり始めて、それが結構厄介だった。


 基本的な顔ぶれはこれまで通り[コボルト系+メイズハウンド群][ゴブリン集団][豚鼻オークの小集団]だが、13層では[ゴブリン集団]に魔法スキルを使うゴブリンSHシャーマンが加わり始める。頻度は低いが遭遇すると厄介なのは言わずもがな。主に【土属性魔法:下級】を使ってくるようだが、知らずに遭遇した初戦では、盾持ち組4人の内2人が結構な痛手を負ったものだ。


 そして14層では、


「出たぞ、赤飛蟻だ!」


 と、盾持ち久島さんが告げるように、大黒蟻の新種(?)が登場する。


 コイツ赤飛蟻は身体の大きさが大黒蟻よりも少し大きく大体1m強ある。その全身は文字通り赤く、尾に毒針を持っている。だが、最も厄介な点は飛ぶ・・ことだ。4枚の薄い羽根を高速で羽ばたかせ、独特な中高音を発しつつメイズの天井スレスレから急降下して来る。狙いはこちらの後衛組だ。


 [飯田式即席要塞]を飛び越えて襲ってくるので厄介なことこの上無い。現に昨日、初めて遭遇した時は小夏ちゃんが襲われて毒針の一撃を受けることになった。この毒は致死性が低いようだが、とにかく激しい痛みを発する。それがどの程度なのか、正確には分からないが、少なくても失神する程度・・・・・・には痛いようだ。


 昨日の小夏ちゃんは手持ちのポーション[解毒薬]で何とかなったが、実はこの[解毒薬]ポーションのストックは[DOTユニオン]全体で後2本しかない。元々が少々レアな上に、[チーム岡本]は田中興業に[回復薬]と[魔素回復薬]以外のポーションを売却していたから、ストックが無かった。後悔先に立たず、だ。


 ただ、飛んでいる間は厄介だが、着地すると再び飛び立つのに時間が掛かる様子。しかも身体が大きいからか、床の上では動きが鈍い。だから「叩き落とせばいい」という事になる。そして、空中を飛ぶモンスターを叩き落とすのに最も有効なのは、なんといっても風属性の魔法スキルだろう。ということで、俺は飯田へ声を掛けようとする。しかし、


「ひいいいぃぃ!」


 俺の視線の先で、飯田はどういう訳か唐突に悲鳴を上げると床にうずくまってしまった。モンスターの攻撃? 一瞬そう思った。ただ、ゴブリンSHシャーマンは飯田の指示で遠距離攻撃組が仕留めている。それに、飯田の立ち位置は簡易要塞・・・・の結構内側だ。アーチャーの矢が届いたという事もない。


「飯田、大丈夫か!」

「ひぃっ」


 思わず駆け寄って飯田の肩を掴む。すると飯田は俺の右手・・すがり付くように握り返してきた。その表情には明確な「怯え」がある。


「どうした?」

「あう……あぅ、あう……」


 だめだ、言葉になってない。どうする?


(来るのだ!)


 ハム太の【念話】に思わず「チッ」と舌打ちが出る。見上げると天井付近に4匹の赤飛蟻。狙いを俺と飯田に定めて、今まさに急降下攻撃を始めようとしていた。一方俺は、それを迎え撃つ……ことが出来ない。飯田、右手を離せ! ああ、飯田のヤツ、無理に離そうとすると反ってしがみ・・・付いてくる。


「あ、朱音!」


 俺は助けを呼ぶように朱音を呼ぶ。それとほぼ同時に風属性を帯びた矢が頭上に撃ちあがり、4匹の内2匹の羽根を纏めて切り裂いた。流石に反応が早い! しかし、それを口に出す間もなく、残った2匹が急降下態勢に。


――バババッ


 と、ここで小夏ちゃんが【土属性魔法:下級】を放つ。握り拳大の石礫いしつぶてが5個ほどひと塊になって赤飛蟻を襲うが、この一撃は寸前でひらり・・・と躱されてしまった。これは……ヤバイ!


(拾ったスキルジェムを使うのだ!)

(諦めて習得するニャン!)


 そんな2人(匹)の念話。同時に、俺の左手にズシッと重さが生じる。見るとそこにはスキルジェム。一昨日12層で拾った【水属性魔法:下級】のスキルジェムだ。[チーム岡本]の誰かが習得するか、又は他のPTのスキルジェムと交換するか、扱いを保留していたスキルになる。


 俺としては、「飛ぶ斬撃」以外の遠距離攻撃手段として習得しても良いかな? と思っていたが、その一方で「日本刀装備+水属性」だと、最近流行っているアニメの真似みたいになるからちょっと躊躇していた。後は、飯田みたいにこっ恥ずかしい・・・・・・・詠唱をしないといけないと思うと、それも何と言うか――


(だから、詠唱は不要ニャン! 何度も説明してるニャン!)


 あ、そういえばそうだった。でも、どうやって使う――


(使い方はこう・・ニャン!)


 切羽詰まってもマゴマゴしている俺に、ハム美は「魔法スキルの使い方」を直接イメージで脳内に送って来た。ああ、なるほど……どんな形で水を出すのか明確にイメージできれば、発動するのね……で、飯田のような詠唱は思い込みの力・・・・・・でイメージを補強していると、ふむふむ。


(さっさとするのだ!)


 実はこの遣り取りは、俺と2人(匹)が脳内の思念を交わしているだけ。だから時間的には一瞬で過ぎている。そのため、状況は飯田が相変わらず俺の右手にしがみ付いている状態。その状態で、俺は左手にスキルジェムを握り、急降下態勢の2匹の赤飛蟻に無防備な姿を晒している。2匹の赤飛蟻が小夏ちゃんの【土属性魔法】を躱した直後だ。


「しょうがない!」


 流石に踏ん切りをつけて左手のスキルジェムを口に運ぶ。水晶のような見た目のスキルジェムは口に入った途端に砂粒のように崩れ、舌に触るかどうかのタイミングで消えていく。いや、正確には俺の魔坑外套に吸収されているのだろう。そして、


――【水属性魔法:下級】を習得しました――


 例によって強烈なメッセージが脳内に浮かび上がる。俺はそのメッセージがまだ脳内に残った状態で、口元に当てていた左手を前方上空へ向けて振り払う。丁度、手刀で空間を斬るイメージだ。「〇〇の呼吸!」なんちゃって……とふざける余裕は無い。その結果、


――ドバァッ


 指先を揃えて作った手刀の先、何もなかった空中に突然水の塊が発生。その水塊は次の瞬間、瀑音と反動を残して、急降下を始めた2匹の赤飛蟻に襲い掛かった。そして、


――ボトッ、ボトッ


 魔法スキルによって発生した水流に羽根を濡らした2匹の赤飛蟻は、揚力を失って床上に墜落。威力的に俺の初魔法スキルは大したダメージを与えなかったようだが、この場合、飛行能力を一時的に奪っただけでも上出来だ。しかも、近づいて来た朱音が、


「飯田先輩、大丈夫ですか? ちょっと離れてましょうね!」


 と言いつつ、飯田を俺から引き剥がしてくれた。


「助かる!」

「えへへ」


 ちょっと締まらない朱音のニヤケ顔にツッコムのは後回し。俺はようやく自由になった右手で太刀【幻光】の鞘を払い、床で藻掻く2匹の赤飛蟻に斬りかかった。


 14層中盤の戦いは、その後、程なくして終息した。


*********************


 突然変調をきたした飯田だが、しばらくすると落ち着きを取り戻した。ただ、「何があったのか?」という質問には要領を得た説明が無かった。まぁ、緊急性の高い問題が発生した訳ではなさそうなので、これは一旦後回しにする。


 その後[DOTユニオン]は幾度か戦闘を潜り抜けて14層の最奥へ到達。しかし、15層へ降りる階段は見つからなかった。恐らく[CMBユニオン]+[月下PT]か[赤竜・群狼ユニオン]が向かったどちらかの通路の先に有るのだろう。


 そう結論をつけて、来た道を引き返す。


 14層の入口に相当する階段の前で他のユニオン・PTを待つこと30分。時間にして13:00頃に他の面々が帰って来た。結果、[赤竜・群狼ユニオン]が向かった通路の先に15層へ降りる階段があることが分かった。


 時刻的には、14層のリスポーンが始まるまで残り30分。ここで俺達は幾つかの選択肢から1つを選ぶ必要に迫られる。選択肢とは、


――1つ、このまま一旦メイズから撤退するか――


――2つ、このまま15層へ突入するか――


――3つ、もう一度14層のモンスターと戦い様子を見るか――


 という3つだ。


 まず1つ目の選択肢は、今選ぶべき選択肢ではない。各ユニオン・PT共に、そこまで追いつめられた訳ではない。まだ戦える、というのが全員の実感だろう。


 だったら2つ目はどうか? という事になるが、この選択肢は3つ目と関連している。


 実はメイズ消滅に当たって、一つだけ不安な要素がある。それは、奥の魔坑核メイズコアを不活性化させたの展開だ。以前の北七王子メイズの経験からすれば、不活性化後は、メイズ内に居る異物(つまり俺達や10層に待機中の自衛隊部隊)は外に放り出されることになる。ただ、その時点で周囲に存在するモンスターが消えるかどうか? については、不確実なのだ。


 ハム太とハム美のあちらの世界・・・・・・での経験では、


(「魔物の氾濫」を起こしたメイズが消滅すれば、周囲のモンスターも消えるのだ!)

(魔素はしばらく残るニャン、でもモンスターは消えるニャン)


 ということだが、あちらとこちら・・・・・・・の世界で「魔物の氾濫」の仕様が少し異なるらしいから、鵜呑みにするのは危険だ。


 最悪の場合、真っ暗な夜中に、周囲にモンスターが残った状態で体育館の用具庫に放り出されるかもしれない。そうなった場合の危険は推して知るべし、だ。


 だから、まだ外が明るい内に15層に挑むべきだといえる。しかし、今すぐ15層へ突入する、となると一部の面々の[修練値]が少し物足りない感じもする。多分、14層にもう1度挑戦するくらいで丁度よくなる感じだ。だから俺は、


「もう一度14層のモンスターを相手にしたうえで決めましょう」


 と提案した。これまで、話し合いの場では余り発言しなかったから、俺の発言は変な注目を集めたけど、思わぬ方面から賛成の声が上がった。


「わたくしも、それが良いと思いますわ。もう少し戦闘を経験して強さを伸ばす必要がありますわ」


 結局、俺の意見と月成凛つきなりりんのこの発言の結果、各ユニオン・PTはもう一度14層を掃討クリアすることになる。結果的にこの判断は……まぁ良かったのだろう。月成凛の妙に恩着せがましい視線が鬱陶しいが、そう思う事にしよう。

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