*メイズ消滅作戦⑱ 13,14層突破の2日間


*朱音視点****************


 12月27日。そう、もう27日になってしまった。クリスマスイブもクリスマスも何処かへ飛んで行った。モンスターもメイズも許すまじ!


 立ち回り方次第ではワンチャンスあったかもしれない24日の夜も、肝心のコータ先輩に逃げられてしまった。まさか、シャワーを使わせてもらっている間に姿を消すとは思わなかった。そんな事なら、じゃんけんなんかせずに、里奈さんに先を譲っていた方が良かった。まさに後悔先に立たず。


 お陰で、24日の夜はコータ先輩の自宅マンションにお泊りだというのに、何故か家主不在の中、里奈さんと一夜を過ごすことになった。まぁ、これはこれで収穫の有った一夜だ。隣のコータ先輩の部屋で飯田先輩と片桐さんが妙なモノ音・・・・・を立てる中、私と里奈さんはそれを努めて無視して、色々な話をした。


 最初は仕方なく・・・・といった感じで始まった会話だったけど、話してみると里奈さんは何と言うか、サッパリとした素敵な感じの女性だった。こんな感じの女性がコータ先輩の好みなのかな? というヒントを得たのは大きな収穫だ。


 後は、中学高校時代の話を聞けたのも大きな収穫だった。中学高校時代のコータ先輩はそれなりにモテていたらしい。ただ、本人はあの鈍感さ・・・・・で全く気付かず、その結果、勝負を挑む前に敗れ去った女子が何人かいたとのこと。「やっぱりね」と私が言うと、「可笑しいでしょ」と里奈さんも笑っていた。


 ただ、これは私の「女の勘」だけど、そうなった原因は多分里奈さんだと思う。私が思うにコータ先輩は天然の鈍感男ではない。多分アレ・・は、そう装っているだけだと思う。そうでなければ、別のアパートに逃げたりしない。つまり、コータ先輩は十分に私と里奈さんの事を意識している。この事に気付けたことも大きな収穫だ。


 後は、里奈さん側がコータ先輩をどう思っているかだが、こちらも十中八九意識している。中学高校時代のコータ先輩を「困った友人」として語る里奈さんだったが、その表情には同性の私が見てもドキッとするような素敵な笑顔があった。悔しいが、私には埋められない時間と思い出をコータ先輩と里奈さんが共有しているのは間違いない事実だ。


 敵情は十分に理解した。残念ながら戦局は不利。ただ、分が無い勝負かといえば、そうではないと信じたい。


 現に今、私はコータ先輩(とその他大勢)と一緒にメイズの中に居る。これは里奈さんには出来ない事だ。彼の背後を固め、視線の先を矢で射抜く。同じPTの仲間として、私にしか出来ないことがある!


 結局、私の23歳のクリスマスクライマックスは、そんな静かで密やかな宣戦布告で過ぎて行った。そして今、私は12月27日を13層で過ごしている。


「朱音、アーチャーを!」

「はいっ!」


 コータ先輩の声に応じて矢を放つ。実は言われる前に、既にアーチャーに狙いを付けていた。コータ先輩の動きを観察し、その視線の先と次の行動を読む。ずっと後ろ姿を見ているから出来ることだ。


 私の矢は風の属性を纏って真っ直ぐ飛ぶと、ゴブリンアーチャーの狭い額に大穴を開ける。


 コータ先輩の次の行動は突入だ。【能力値変換】で敏捷を上げて、目に追えないような速さでモンスターの集団に突っ込む。強烈な太刀の攻撃で次々に敵を斃していくけど、その背中を狙うモンスターも居る。それを排除するのもまた、私の役目だ。


 狙いながら弦を引き絞り、定まったところで矢を放つ。場所は13層の終盤。出現するモンスターには例のモロ出し・・・・豚鼻オークが混じり込む。その内1匹がコータ先輩の背後から鉈剣を叩き付けようとする。そのこめかみ・・・・を私の矢が射抜く。


「っ! 朱音、助かった!」


 お安い御用よ。もっと褒めてね!


*岡本視点****************


 結論から言って、あのタイミングで無理してマンションを買っていたら酷い目に遭ったことだろう。そんな全く場違い・・・・・な事を考える。でも仕方がないと許して欲しい。メイズで過ごす3回目の夜は、流石に色々と気になって眠気の尻尾・・・・・を掴み損ねた感じだ。


 多分、鳴海も琢磨も仁哉も心配しているだろう。一昨日5層にやって来た自衛隊の連絡部隊は[受託業者]全員の無事を確認しているから、その時点の安否確認は届いているだろうけど……いや、届いているかな? 何分お役所仕事のやることだ、もしかしたら「言えません!」の一点張りかもしれない。


 もしそうだとしたら、鳴海は大丈夫か? 子供たちの手前、気丈に振舞うかもしれないけど、内心は随分と気を揉んでいるだろう。周りに頼れる親類が居ない身の上だから、心細く感じているだろう。これは、帰ったら何か特別な事をしてやらないと収まらないかもしれない。ケーキで許してくれるかな? 温泉旅行とかは逆に面倒がるかな? そうなると、やっぱり3人目を……


 考えれば考えるほど眠れない。


 だから、無理やり別の事 ――例えばマンションを「買う買わない」で夫婦でもめたこと―― を思い出している。


 でも、あの時の鳴海の反対は結果的にファインプレーだった。多分、今の「メイズ消滅事件」が終わった後、花小金井周辺のマンション価格は下がるだろう。もしかしたら、他所へ転出する人が大量に発生するかもしれない。もしも、あの時点で買っていたら、評価額の駄々下がりしたマンションのローンを抱えることになる。


 ハム太が言うには「一度メイズが発生して消滅した場所に、もう一度メイズが出来るというのは聞いた事がないのだ」ということだから、案外花小金井駅周辺は安全地帯になるのかもしれない。でもまぁ、常識的に考えればモンスターが出現した地域に住みたいとは思わない人の方が多いだろう。鳴海も十中八九「引っ越したい」と言うはずだ。やはり買わないで置いたのが正解だった。


「ふうぅ……」


 一向に眠気の糸口を掴めずに溜息が出るままに起き上がる。場所は10層のテント内。見渡す周辺には[DOTユニオン]の男衆が雑魚寝状態になっている。と、そんな中からコータを見つけると、そっと近寄って、枕元に置かれたリュックを上からポンポンと叩く。


 すると中身がモゾモゾと動き、器用にチャックの隙間を作ってハムスターが顔を出す。そのハムスターに向かって、オレはクイッと何かを飲む仕草を向ける。それで通じたみたいだ。


(一杯やるのだ?)


 ハム太の声が頭の中に響く。そうそう、寝酒代わりにちょっとだけ。


(なら、ウィスキーがあるのだ)


 ハム太がそう応じた次の瞬間、コータの枕元にガラス瓶がショットグラスと共に出現する。


(おつまみは何がいいのだ? チー鱈もビーフジャーキーもナッツ類も大体何でもあるのだ!)


 まるでちょっとした立ち飲み屋のような感じだ。コータはそんなに酒が強くないみたいだけど、これ、コータは知ってるのか?


(内緒なのだ、インターネット通販は偉大なのだ……岡本殿も秘密は守るのだ)


 なるほど……じゃぁ、こっそりツマミ無しでやろうか。


(了解なのだ……少しだけなのだ)


 結局、それから30分ほど時間を掛けてショットグラスで4杯ほどウイスキーを飲み、漸く寝ることが出来た。明日は14層で[修練値]上げ。その後、調子がよければ15層挑戦になる。深酒になる前に眠気がやって来てくれてありがたかった。


*飯田翔視点***************


――カケル、自信が付いたね――


 少しどもり・・・ながら、片桐さんはそう言った。


――私も、皆の装備を見たら、自信が出て来たよ――


 次にそう言って、少し照れた。


――魔法覚えたんでしょ、おめでとう――


 そう言って顔を近づけながらもう一度笑う笑顔は「2次元エルフ娘も良いけど、3次元もアリかも」と思わせるほど魅力的だった。その結果、やっぱり「3次元の方が良い」という結論に達した。ちょっと大胆過ぎたかもしれないけど、黙っていれば(主にコータ先輩には)バレないだろう。


 正直なところ、片桐さんが言うように僕が自信を付けたかというと、余り確信はない。ただ、PTのみんなのために役に立とうと頑張って、それなりの手応えがあるのは確かだ。装備の面と戦闘の面、その両方で少なくても「居ないよりはマシ」な役割を果たせていると思う。


 装備の面は実家の家業にも関連する話で、今のところ販売面が少し心配だけど、今回の「メイズ消滅作戦」が上手く行けば、売り上げも伸びると思っている。既に広告宣伝を兼ねて[管理機構]へ装備を無償貸与することも計画している。お父さんによれば「上手く行きそうだ」ということだ。公官庁に採用されれば、販売面は安定するだろう。


 片桐さんの頭の中には次モデルの構想もあるみたいだ。それを実現化させ、新モデルを世に送り出すには、やっぱり事業として成り立つ必要がある。そのためにも、今は頑張らなければならない。


 戦闘面の方は、 吃音症は相変わらず治らないけど、コータ先輩が要所要所で指示出しを任せてくれるようになった。主に遠距離攻撃組への指示になるけど、最近ではどのタイミングで僕に役割を振って来るかもわかるようになってきた。


 指示を出すのは大変だ。戦況を見て、みんなの立ち位置や行動を把握して、その上で最適な行動を指示しなければならない。しかも、最近では僕自分を含めて、みんな出来る事が増えてきた。少し前には春奈ちゃんが【弱化魔法】を習得し、昨日の13層では小夏ちゃんが【土属性魔法】を習得、今日の2度目の14層で、ついさっき古川さんが【連撃】を習得した。僕自身も2つの属性で3種類ずつ、全部で6つの魔法が使える。


 だから、誰に何をしてもらうか? という選択肢が増え、指示を出す事は相変わらず難しい。でも、僕には一つ強力な味方がある。それが【直感】スキルだ。ゴチャゴチャと考えて指示までに時間が掛かるよりも、思いついた事を直ぐに言った方が的確だし効果的だ。惜しむべくは僕自身のどもり症・・・・だけど、これもその内何とかなる・・・・・と思っている。直感がそう告げるのだ。


 【直感】スキルは戦闘と関係ない部分もカバーする。だから、【魔法】スキルをその内習得する事も分かっていた・・・・・・し、今回習得した【生成:障害物】が大活躍することが分かっていた・・・・・・


 そして、


「飯田! 即席要塞を頼む!」


 コータ先輩がそんな風に言ってくるのも分かっていた。


 12月28日正午近く。2度目の14層中盤の広間での戦い。


 この場面で【生成:障害物】を使うことは【直感】済み。だから、僕は既に甘苦くて妙に癖になる・・・・おいしいさ・・・・・の[魔素回復薬]を飲んで[魔素力]を回復させている。


「はっははいぃ!」


 【生成:障害物】スキルも魔法スキルの一種だという話だけど、これに対応する詠唱は考えていない。詠唱を考えなくても、障害物を出現させるだけなら、頭に思い描くだけで大丈夫だ。ハム美ちゃんが言うには「詠唱なんてスキルの魔法には必要無いニャン」という話だけど、折角考えた属性魔法用の詠唱は使い続けている。まぁ、全く無意味ではなく「イメージを補強する効果はあるニャン」ということだ。それに何より「カッコイイ」。誰もコメントしてくれないけど、みんな心の中では「カッコイイ」って思っているはずだ。


 【生成:障害物】のスキル使用を意識して、出来上がる障害物群を正確にイメージする。その結果、目の前に障害物群(これを皆は「飯田式即席要塞」と呼ぶ)が出現する。


「流石飯田だ、早いな!」

「助かるよ、翔」

「良い場所に撃ちやすい隙間が有ります!」


 皆に褒められた。なんか嬉しい。


 その後の戦いは、障害物群で防御を固める[DOTユニオン]が終始有利に進めて行く。流石に2度目の14層・・・・・・・だから、敵への対処もバッチリだ。【眷属強化】という厄介なスキル持ちのコボルトリーダーと【魔法スキル】を使ってくるゴブリンSHシャーマンを真っ先に処理しなければならない。だから、


「あああっかねちゃん、っこっここ、春奈ちゃん、シャシャシャん!」

「はい!」

「了解です!」


 我ながら、これで良く通じるなと思うけど、朱音ちゃんはモンスター集団の中に紛れたコボルトリーダーを正確に射抜き、春奈ちゃんの矢はゴブリンSHの魔法スキルを阻害する。その内、まだ息があるゴブリンSHへは、他の遠距離組の矢が殺到する。これで良し。


 後は――


 と、この瞬間、僕は新しい【直感】を呼び込もうと心と頭を空っぽにする。こうすると【直感】スキルによるイメージが起こり易い。試行錯誤の末に編み出した方法だ。ただ、この瞬間、僕の頭の中に浮かび上がった光景は、今この時の戦闘とは関係のないものだった。


 それは……荒れ果てボロボロになった駅やビル群。煙が燻る家並み。所々破壊されたままの道路。錆が浮いた線路のレール。破壊された東京の街並みだ。そして、見る影も無く荒れ果てた街並みを跋扈ばっこするモンスターの群れだった。


「ひいいいぃぃ!」


 あまりに恐ろしいイメージに、堪らず悲鳴が口を衝いた。僕の悲鳴はモンスターとの戦闘音に紛れ込んだのか、誰も僕の方を見る余裕は無い。ただ一人、コータ先輩を除いて。


「飯田! 大丈夫か!」


 力強く肩を掴まれ、何故かホッとした気持ちになった。

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