*メイズ消滅作戦⑰ 12層踏破と月成凛の成長?


 時間感覚が狂い、思っていたよりも遅い時間になっていた。だた、12層に入ってからの時間は1時間を越えていない。これだけは飯田の【生成:障害物】の回数から分かる。


 ちなみに、飯田のこのスキルは最後の障害物生成の時にLv2にレベルアップした。今後は有効時間が15分に伸びるようだ。ただ、それまでは有効時間10分のLv1スキルだったわけだから、それを5回繰り返したので全体として60分以下という事だ。


 一方、右側に進んだ面々は、この時点でまだ戻って来る気配がない。少し心配なので、俺はハム美に様子見をお願いする。ハム美は、


(分かったニャン!)


 と快諾すると、[擬態術カモフラージュ]という[魔術]を自分に使用し、リュックから出るとそのまま右通路の方へピューッと飛んで行った。俺しか見えないその姿(空飛ぶ魔法少女ルックなハムスター)を見送りつつ、今度は自分達の行動を決める。


 具体的にはこのまま広間に留まって右側通路の面々が帰って来るのを待つか、それとも、次のリスポーンまでの約1時間を利用して少し探索を進めるか、というもの。その2択に対して、俺達[DOTユニオン]の3PTは全員一致で「探索を進める」という選択肢を選んだ。


 理由は単純で、広間から伸びる通路の数がPTの数と同じ3つであること。また、先の戦闘で斃したモンスターの数が80を越えていたため、これ以上の新手モンスターが集団で登場する可能性が低いこと、などだ。ただ、時間の感覚が相当怪しい事は全員の共通認識なので「探索は40分で切り上げる」という事にして、各自のスマホや腕時計にアラームを設定した。


 電子機器のバッテリーは、そもそもスマホは圏外なので誰も使っていないし、飯田が持っているような[PLSデバイス]は各自が予備のバッテリーを持ち込んでいるので問題ない。しかも[チーム岡本]の場合はハム太の【収納空間(省)】にたっぷりとパワーバンク的な予備電源を収納している。


 とまぁ、時間合わせ的な準備をした後、簡単にじゃんけんで行先を決める。


「俺達は正面通路へ」と加賀野さん。

「私達は左側へ」と春奈ちゃん。


 となり、[チーム岡本]は広間の右側の壁に開いた通路へと進むことになった。


 広間から続く右側通路は、クランク形状や直角コーナーなどが多く、直線が長く続く見通しの良い場所は無かった。ただ、折れ曲がりながらも、基本的な構造は「1本道」で、途中には分岐路が3つほど有ったが、どれも、直ぐに行き止まりに達する構造だった。


 その間に遭遇したモンスターと言えば、例のスライムが大型・小型、全部で12体。内訳は大型スライム4匹と小型スライム8匹。その他には、初めて見るモンスターも居た。巨大な蝸牛かたつむりそのもの・・・・という外観のモンスターだ。殻の全高が1.5mもあるので、仮に大蝸牛おおかたつむりと名付ける。実に安直なネーミングだが、その大蝸牛が4体居た。


 この大蝸牛、特徴は何と言っても固い殻だろう。岡本さんの[フランジメイス2号]の一撃を受けても、傷一つ付かなかった。しかも、攻撃を受けると一瞬にして殻の中に閉じこもってしまう。そして、殻の中からグネっとした身体の一部を鞭や槍のように伸ばして反撃してくる。ただし、攻撃自体はそれほど強烈なものではない。


 動きが鈍重で攻撃力も低い半面、防御力が高すぎてまともにやり合うと面倒な相手だ。ということで、遭遇した4体は全部【飯田ファイヤー】によって処理された。恐らく火属性が弱点なのだろう、近接攻撃では斃す切っ掛けが無かったが、火の玉や火柱を受けると、アッサリ、こんがり、妙に香ばしく焼き上がった。


「エスカルゴみたいですね……」


 という朱音の一言は……聞かなかったことにしよう。実は前の職場で上層部が決めた「エスカルゴフェア」が大コケし、エリアスタッフチームはトップダウンで押し付けられた販売目標に大爆死した苦い経験が……って、まぁ良い思い出(?)だ。


 ちなみに、この大蝸牛が通路に残っていた理由は、足が遅いせいか、又はそもそもコボルトやメイズハウンドと意思疎通が出来ないのか、そんなところだろうと思う。多分スライムと似たような理由だろう。


 そうやって居残りモンスター・・・・・・・・を処理しつつ、ドロップを回収しつつ先へ進む。この間かなりおいしい・・・・ドロップがあった。常時有効パッシブ型スキル【魔素力向上】と使用アクティブ型スキル【水属性魔法:下級】だ。どれも、大型スライムから出た。


 この内【魔素力向上】については、今やポーションが手放せない(やや中毒気味になりつつある)飯田が習得した。全員一致の意見だ。習得コストは修練値200だったが、ギリギリ間に合ったようで、飯田の魔素力は最大値が270前後に上昇した。どうも素の最大値+25%の効果があるようだ。


 一方【水属性魔法:下級】については、今の時点では誰が習得するか保留。俺としてはちょっと思う所もあるが、他PTが有用なスキルジェムを拾ったなら、それと交換しても良いかもしれない。


 などという出来事を重ねつつ、先に進む内に13層への下り階段を発見。ほぼ同時に40分のアラームが鳴る。


「丁度良いな」

「もどりましょう」

「は~い」

「はひぃ!」


 ということで、来た道を引き返す。


*********************


 [DOTユニオン]が40分の探索を終えて広間へ集合した時点で、背後のT字路側には右通路から戻って来た面々が集合していた。[CMBユニオン][赤竜・群狼ユニオン][月下PT]の混成集団は、なんとか右側通路の先を踏破したらしい。


(ギリギリだったニャン!)


 というのが、様子見に出ていたハム美の意見だった。まぁ、ギリギリだったとしても、撤退を余儀なくされた1回目よりは確実に進歩している。それに、この間の戦闘で右側通路へ向かった面々も夫々スキルジェムやアイテムなどを拾得しており、また、ハム太曰く、


(ほぼ全員の修練値が12層相当になったのだ)


 ということだ。1日に2度、12層を繰り返した結果、全体的に戦力が向上した。これは良い結果だろうと思う。


 その後は全員で10層へ帰投することになった。


 10層到着後は各自が食事をとりつつ装備の点検確認、就寝となる。ただ、俺の所には武器の修理と強化のお願いが何件かあった。それらを処理して俺が寝床に就いたのは23:00頃だったと思う。


 そうやって、メイズ内での宿泊2晩目が過ぎて行く。結構疲れていたのだろう、目を閉じて、次に目を開けた時はもう翌朝だった。ただ、朝といっても何も変化の無い周囲の様子に、時間だけが経過したような不思議な感覚を覚えた。


*********************


 12月27日 小金井メイズ3日目の朝


 この日の朝は昨日のような自衛隊の連絡部隊は姿を現さなかった。もしかしたら5層までは来たかもしれないけど、10層は流石に無理なのかもしれない。


 ということで、俺が起きた頃には、各ユニオン・PTのリーダーを中心とした話し合いが始まっていた。それに途中から加わる俺は、取り敢えず聞き手に回る。話し合いの内容は主に以下の2つ。


「そろそろ食料や飲料水の残りが心配です。明後日時点で攻略できなければ一旦地上に戻りましょう」


 という諸橋班長の意見。10層に滞在する限度は後2日ということだ。そしてもう一つは、


「あと2日で15層踏破だと、今日中に13層を踏破しきって、その上で14層の中ほどまでは行っておかないと」


 という各PTリーダーの意見。タイムリミットに対応するには、今日中に14層途中までは進めておきたい、というものだ。その上で明後日前半に14層にて[修練値]を上げ、後半に15層に挑戦する。それが、タイムリミットに対応したスケジュールになる。


 ただ、そのスケジュールが「現実的か?」と問われると微妙な感じがする。特に13・14層での[修練値]の上昇具合が分からないので、何とも言えないのが本当の所だ。


 ちなみに、[修練値]と言う概念は[チーム岡本]内でのみ・・共有されている、ハム太とハム美の【鑑定(省)】をベースにした数値だ。一方、他のユニオン・PTの面々はと言うと、彼等は[月下PT]リーダー月成凛つきなりりんが持つ【見極め】というスキルの結果に基づいている。


 この【見極め】はハム太やハム美が持つ【鑑定(省)】の戦闘特化バージョンとのこと。アイテムの詳細な鑑定などは出来ない(スキルジェムの種類程度は分かるらしい)が、人物やモンスターの「強さ」を、身体能力・習得スキル・装備類といった面から総合的に捉えて、文字通り見極める・・・・ことができるスキルだ。その結果を月成凛は「戦闘力」として3桁の数値で表現している。(ちなみに月成凛自身の戦闘力は500で、俺は568との事)そんな月成凛は、


「とにかく、今出来る事をやりましょう。その上で[戦闘力]が十分な数字にならなければ撤退ですわ」


 と言う。


 最初の印象とは随分違う物言いだ。口調には傲慢な感じが残っているが、内容は10層で暴走した時と比較にならないほど理知的だ。「努力はする。でも無理なら諦める」という内容の発言だが、まさに[受託業者メイズ・ウォーカー]の行動指針を言い表した言葉のように感じる。


「あんた……随分変わったな!」

「そ、そうかしら?」

「うんうん、可愛らしくなった」

「かっ、か……し、失礼よ!」


 とは、そんな月成凛と[CMBユニオン]のおっちゃん達の会話。月成凛は露骨に褒められて照れている。そんな彼女を見る[月下PT]の面々も穏やかな表情だ。一時崩壊寸前だった[月下PT]の結束も持ち直したのだろう。


(魔坑酔いが治まったのだ)

(良かったニャン)


 そういうことなら、色々指摘したり口を出した甲斐がある・・・・・


「じゃぁ、そういう事で」

「行こう!」


 こうして、12月27日の行動方針は「13層を踏破し14層中ほどまでを目指す」という風に決まる。そして、3日目のメイズ内行動が開始となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る