*メイズ消滅作戦⑯ 2度目の12層と狂いまくった時間感覚


 1度目からかれこれ・・・・……えっと……何時間経過しているのだろう? ちょっと良く思い出せないが、とにかく12層へ降りて直ぐの場所にモンスターの姿は無かった。先のT字路まで進み、左右を窺ったが、どちらともにモンスターの姿はない。


 元の配置に戻ったのか?


(分からないのだ。でもモンスターの気配は近くに感じられないのだ)

(ニャン!)


 という事なので、行動の仕切り直しを行う。1度目と同じように[DOTユニオン]が左側通路を固める間に、他のユニオン・PTが右側の攻略を進めるというやり方。


 行動開始間際、左側通路に散乱しているドロップ類(1度目の戦闘で拾いきれなかったもの)を見た[CMBユニオン]のおっちゃんが、


「ありがたい。俺達も拾えなかったドロップが結構あったんだよな」


 と言う。あちら側・・・・も撤退間際の戦闘ではドロップを拾う余裕が無かったという事。ちなみに、ドロップ類の中で、今のところ最も重要で価値が高いのは[スキルジェム]だが、同率首位的な立ち位置で[魔素回復薬]もかなり重要になっている。幸いな事に、ポーション類は容器の形状で中身がザックリと判別できる(効果の大中小までは分からない)。それで、[魔素回復薬]ならば大切に温存する、と言いたいところだが、それなりに消費してしまうのが現状。だから、


「魔素回復だっけ? アレが2,3個ドロップしたのを見たから、回収しないとな」


 と言うおっちゃんの発言は納得だった。


 その後、右通路へ行く面々を送り出し、[DOTユニオン]は左通路をドロップや床に落ちた矢などを回収しつつ先へ進む。進む理由は、防衛地点を前方の広い空間に設定するためだ。広い空間が防衛に有利という訳ではないが、逐次後退しながら戦っていくことを想定すると、T字路までの距離を確保したい、というのが理由になる。


スカウト・・・・ハウンドに注意してな」

「見えたら直ぐ撃つけど、仕留める自信はありませんよ」

「朱音さんくらいかな」

「春奈ちゃん、変なプレッシャー掛けないでよ」


 そんな古川さんと小夏ちゃん、春奈ちゃんと朱音の会話が聞こえる。場所は左側通路の先。広い空間への入口地点。その場所に、主に遠距離攻撃組が陣取って、先の空間に目を凝らしている。空間は縦横30mと広大で、その空間から合計で4つの通路が先へ伸びている。


 ちなみに、古川さんが言う「スカウトハウンド」とは、1度目の時に遭遇した【遠吠え】を発するメイズハウンドの事だ。偵察役という意味で「スカウトハウンド」と呼んでいる。俺としては単純に「番犬」と呼んでやりたい位だが……まぁモンスターの呼称にこだわるのは不毛なので黙っている。


 その「スカウトハウンド」だが、右側通路を進んだ面々も途中で遭遇したとのこと。そして例によって【遠吠え】が起点となり始まった混成モンスター集団の攻勢によって撤退した、というのが1度目の顛末だったりする。


 だから、12層の攻略ポイントはスカウトハウンドの処理という事になる。ただ、数匹纏まって出現する上に、自らが戦うよりも、他のモンスターを呼び寄せることを優先するような振舞いなので、【遠吠え】前に斃しきるのは至難の業だろう。


「スカウトが来たとしても、飯田君の障害物で防ぎながら数を減らせば何とかなると思う」

「ちょうど、初めて4層でレッサーコボルトに遭遇した時も、なんだかんだで【遠吠え】からのラッシュを凌ぎきったら、後は殆どモンスターが居なくなったしな」

「案外、12層は待ちの戦略が攻略の鍵かもしれませんね」


 一方こちらは、後ろに控えたその他面々の、特に加賀野さん、岡本さん、相川君の発言。俺も、(見た目秀才キャラな)相川君の発言に賛成の意見。岡本さんが言うように、4層で初遭遇したレッサーコボルトからのメイズハウンドラッシュは面食らったが、慣れてしまえば、モンスターが向こうから来てくれるのだから、楽と言えば楽だ。


 勿論、押し寄せるモンスターをさばききる実力は必要だけど、今の場合は【生成:障害物Lv1】を持つ飯田の「飯田式即席要塞」がある。即席要塞については、実は俺も考えがあって、今回の件が終わったら、ある仕込み・・・・・をしたいと思っている。飯田の実家飯田金属の協力が必要だが、その辺は既に相談済みだ。


 まぁ、その仕込みをするにしても、今は有るだけの力で状況を乗り切らなければならない。ということで、


「飯田、責任重大だな!」

「ひっ! ははははいぃぃい……」


 ちょっと飯田にプレッシャーを掛けてみる。俺の善行値カルマが下がった瞬間だ。そのせいだろうか、飯田の返事から5分も経たない内に変化が訪れた。やっぱり出てきた、例の番犬スカウトハウンドだ。


「来た!」

「撃ちます!」

「あたれぇ!」

「落ちろ!」


 遠距離組4人が掛け声と共に矢を放つ。だが、30m離れた通路から姿を現したスカウトハウンドの数は6匹。朱音が連射態勢で直ぐに次の矢を放つが、結局――


――ウオォォォウォォォオオ!


 仕留め切れなかった3匹がウンザリする【遠吠え】を上げながら、別々の通路の奥へ飛び込んでいく。ああ、こうやってモンスターを呼び集めるんだな、などと言う観察もそこそこに、こちらも次に備える。


「飯田、出番だぞ!」

「はひぃ!」


*********************


 広い空間への入口付近に形成された「飯田式即席要塞」。今回は入口から広場内に向けて半円の円弧状に外壁を展開し、中央に幅2mの切れ目を作る。その中央の切れ目がモンスターの侵入経路になるのだが、その経路は、入って直ぐに幅4mに急拡大している。細い通路を通ってやって来るモンスターを相手に、広い場所から迎え撃つ格好だ。


 要塞の構成を充分に考える時間があった事と、スペース的な余裕があった事で、今回の要塞は上手く機能すると思う。


 ただ、形状が複雑なため【生成:障害物Lv1】を全部で14回使用した。魔素力の消費量は何と210に及ぶ。その結果、飯田の[魔素力]はスッカラカン。補充のために[魔素回復薬:小]を飲んでいるが、まぁあの甘苦くて激マズなポーションを何度も飲んでいる飯田は気の毒……え? なんだか美味しくなってきた・・・・・? それ、色んな意味でヤバイだろ……。


 と、そんなやり取りをしている内にモンスターの第一陣が到着。3つある通路の1つから飛び出て来たのは、パッと見た限り、ゴブリンオンリー・・・・の集団だった。ゴブリンナイト2匹、ゴブリンファイター8匹、ゴブリンアーチャー3匹と言ったところ。ただ、スカウトハウンドの姿が見えない。アレ・・はもっと奥の方まで【遠吠え】を上げながら駆けまわっているのだろう。


「最初はゴブリンか」

「でも、あいつら様子見みたいだぞ」


 盾持ちの毛塚さんと久島さんが前方を見ながら言い合う。モンスターが少ない内に減らしておきたいが、現れたゴブリン集団は、飯田式即席要塞を不審そうな顔で見るばかり。近寄って来る気配がない。これではらちが明かないので、俺は岡本さんと朱音に呼びかける。


「岡本さん、【挑発】で釣ってください! 朱音も、弓で頼む!」

「そうだな、今の内に減らしておこう」

「はい、分かりましたぁ!」


 という事になって、岡本さんの【挑発】がゴブリンナイトに決まる。また、朱音の風属性矢がゴブリンAを仕留める。朱音に釣られて遠距離攻撃組も射撃を開始、属性矢筒にストックしたクロスボウ用の矢もかなりの威力を発揮する。結果、【挑発】に釣られたゴブリンK2匹が盾持ち組に接敵する時点で、3匹居たゴブリンAは全滅。ゴブリンFも半数の4匹まで数を減らした。


 一方、ゴブリンK2匹と(釣られて近づいて来た)ゴブリンF4匹が要塞入口に殺到、盾持ち4人組と接敵する。ただ、狭い通路で行動を規制された挙句に、その先の通路が広がった場所で4人に待ち構えられたゴブリンKは、1匹ずつ確実にダメージを与えられる。しかも、退こうにも、後続のゴブリンFに岡本さんの【挑発】が決まっているため、退路がない。


「グギギ、ギョギョンッ!」


 まるで「お前等、どけ!」と言っているようなゴブリンKの声は殆ど悲鳴に近かった。結果として1匹は岡本さんの[フランジメイス2号]に、もう1匹は毛塚さんと井田君のマチェットによって、斃される。


 その後、強力なリーダー的存在を失ったゴブリンFに、前列を盾持ち組みと交代した近接組が立ち向かう。こちらの勝負はアッサリついた。やっぱり、武器を補修・強化した効果は明確だった。【戦技:二刀流】の上田君や【強撃】の木原さんは殆ど1撃でゴブリンFの戦闘力を奪う。【戦技:槍】が馴染んで来た相川君も鋭い突きを放つ。勿論、俺も頑張った。加賀野さんの援護を受けつつ、【能力値変換】無しで1匹を屠った。


 そして、粗方片付いたところで、


「丁度良くお替りだ!」


 前方を見ていた古川さんが、新手の到来を告げる。飯田式要塞の入口から先には、メイズハウンド20匹を率いるコボルトの姿があった。


(あれは、コボルトリーダーなのだ!)


 なるほど、早々に真打登場というところか。だったら、


「あのコボルトは上位種っぽいです。岡本さん!」

「おう、また、釣るんだな」

「お願いします」


 結果、岡本さんの【挑発】はコボルトリーダー相手に1度失敗したが、2度目で効果を発揮。コボルトリーダーが集団の先頭を走る格好で飯田式要塞に突っ込んで来た。


*********************


 その後、かなり時間が経過したのは確か。効果時間10分の【生成:障害物Lv1】で造られた「飯田式即席要塞」を合計で5回造り直したので、50分は経過している計算だ。その間、通路を徐々に後退しつつ、見た目は押されているけども、実際にはモンスターの数を確実に減らしていく戦いを続けた。


 そして、


「もう打ち止めだろう!」と加賀野さん。

「いい加減、打って出るか?」と岡本さん。

「もう、弾切れですよ」と春奈ちゃん。


 そう言い合う状況が訪れた。「もう打ち止め」というのは、10分ほど前から新手のモンスターが加わっていないため。「打って出るか」というのは、数分ほど、残りのモンスター(ゴブリンKとFばかり)と睨み合い状態になっているから。「弾切れ」というのは、文字通り遠距離攻撃組の矢が尽きた、ということだ。


「行きましょう、押し込むチャンスです!」


 とは俺(ハム太の代弁)。そして[DOTユニオン]の近接と盾持ちは朱音の【強化魔法:中級Lv3】(ちょっと前にレベルアップした)を受けて、要塞の障害物を飛び出して前方へ突進。立場を逆転させて、残存モンスターに襲い掛かった。


 結果として、戦闘は直ぐに終息。左側通路とその先の広い空間に居たモンスターは殲滅された。


「なんとか、ってところだな」

「消極策だけど、確実に敵を削れるのが良いな」

「でも、時間……これ見ろよ」

「うわぁ……もうこんな時間か」


 ドロップを拾いながら[脱サラ会]の面々がそんな会話をしている。それで、俺も気になって時計を見てみたら、何と時刻は19:30を少し過ぎていた。体感的には17:00くらいかな? と思っていたので、これには驚いた。


 光量の変化が無く、風景の変化も乏しいメイズ内で、延々とモンスターを相手にしていると、どうやら時間の感覚が大きく狂うらしい。



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