*メイズ消滅作戦⑩ 魔坑酔い
5層補給基地に帰着した時点で時刻は既に21:00。外の世界から切り離されているから時間の感覚は覚束ないけど、空腹と疲労、それに軽い眠気を覚える。その程度には消耗していた。
そのため、到着後はとにかく空腹を満たして休息をとることになった。明日の行動再開時刻を8:00と決め、更に朝一番で自衛隊部隊を交えた話し合いを行う事を決める。その後は幾つか設けられた
補給基地と化した5層は、4層や6層へ続く
補給部隊の責任者と思われる諸橋班長(3等陸尉)へは、とりあえず10層まで攻略した旨を報告済みだ(諸橋班長は「この短時間で?」と驚いていた)。その上で、明日の朝一番に話し合いたいのは「補給基地の場所を10層へ移すかどうか」についてだと告げた。そのまま議論を続けて結論を目指しても良かったかもしれないけど、相当に疲れていることから、明日の朝へ先延ばしした、というのが実情だったりする。
ちなみに、さきほど10層で大暴走を見せた[月下PT]の
特に、彼女にとってキツかったのは同じPTメンバーのクールガイやポニテ美女からの厳しい指摘だった模様。聞いていてコッチが(フレンドリー・ファイヤの件を棚に上げて)辛くなってくるほど辛辣な言葉が投げ掛けられていた。
「こんなやり方を続けるなら、もうこれ以上は一緒にやれない」
とか、
「凛、アナタが一番なのは学校の中だけなの、気付いて頂戴」
とか、そんな感じの言葉だ。それまでは反論めいた声を上げていた月成凛も、その言葉で遂に沈黙。しまいには
ただ、傍目から見ると傍若無人に振る舞った挙句、周囲から一斉に叩かれて「ざまぁ」で終わる話なのかもしれないけど、俺の場合、ほんのちょっと、髪の毛1本分くらい、彼女に同情できる部分がある。フレンドリー・ファイヤで死に掛けたという意味で今回一番の被害者である俺が言うのもオカシイ気がするが「ひょっとして」と思い当たる事があるのだ。それは、
(あの女性、多分緩く慢性的に[魔坑酔い]になっているのだ)
ということだ……って、あれ? やっぱりハム太もそう思う?
(
それを言ってくれるなよ……
(たぶん、あの【魔剣:フライズ】が悪さをしているニャン)
とはハム美。へぇ、魔剣って言うだけあって、悪い作用があるのか?
(いや、【魔剣】はあくまで固有スキルや属性効果を持ったユニークアイテムの呼称なのだ)
(そうニャン、【魔剣】を持っているだけで人が狂うという事はないニャン)
じゃぁ、認めたくないけど、俺が[時雨]を使い始めた時みたいに、武器の性能の魅入られているってこと?
(そうなのだ、努力と修練の後に手に入れる「飛ぶ斬撃」を大した努力が無い内から使えるのだ――)
(――おかしくなって当然ニャン)
なるほど。う~ん……どうしよう?
*********************
戦闘糧食Ⅱ型。夜のメニューは照り焼きハンバーグと白ご飯と五目炊き込みご飯。主菜と主食と主食……何と言うガテン系。と思うけども、これが案外丁度良く腹に収まる。朱音や春奈ちゃんは「ちょっと多い」とか「お野菜が無い」とか言っていた(ちなみに小夏ちゃんは小柄なのに大食いの模様)。
[DOTユニオン]用のテントに戻った俺達は、そんな感じで夕食を済ませると、各自の寝床に就く。[脱サラ会]の面々は持ち込んだスキットルでウイスキーなんかを飲んでいるが、俺も岡本さんも飯田も寝酒の習慣はないので、お付き合いせずにエアマットに転がって薄い毛布を被る。
ちなみにテントの中は女性ゾーンと男性ゾーンで仕切られている。こういう配慮が何と言うか「自衛隊だな」って思う……良く知らんけど。
ということで、俺は多分22:00頃には眠りに落ちたと思う。寸前まで「月成凛の魔坑酔い」について考えていたが、結論を見出す前に意識が
時計を見ると26日の05:12。「お爺ちゃんかよ」と自分に突っ込みを入れて起き上がる。テントの中は静かだけれど、隣のエアマットでは毛布を両脚に挟んだ飯田が「しょ、祥子さん…‥そ、そんあぁ……」と寝言で呻っている。気色悪いのでテントを出る。ついでに簡易トイレに向かう。
簡易トイレは男女別に2基設置されている。まぁ、以前俺が朱音のために出したトイレと余り変りはない。4方を厳重に目隠しされている点だけが違う。そのトイレへ向かう途中、ふと視線を感じた気がして振り返る。その先には[月下PT]用のテントがあり、更に少し離れた場所には
「なんだ、スライムか……」
何となく独り言をして、それに納得してからトイレに入る。そして、少し早めの朝の定期便を世に送り出して外に出ると……月成凛が居た。マジか……面倒臭そう……トイレの前だけに。
「あ、あの……」
「おはよう」
「お、おはよう……ございます」
「じゃ、」
「ちょっと、あ、あの……」
面倒そうなので立ち去ろうとするが、呼び止められてしまった。月成は別にトイレのために起きて来たのではなく、どうやら俺に用がある模様。殊勝にも昨日の事を謝るつもりかな? まぁ、そんな事じゃないだろうけど……
「昨日はすみませんでした」
あら、素直に謝った。ちょっと驚いた。予想外だから反応に困ってしまう。こんな時、どんな顔をすればいいか分からないの……笑って済ませる話じゃないよな。
「妙に素直だな」
ごめん、俺って底意地の悪い人間かもしれない。ついつい、考えていたことがそのまま口から出てしまった。
「……あの、
その後、月成凛は昨日の誤射に対する謝罪から始めて、妙に言い訳めいた説明をした。
曰く、モンスターとの戦闘になると、妙に興奮して冷静さが無くなる。それに加えて、俺が放った「飛ぶ斬撃」を見たせいで、妙に対抗意識が出てしまった。昨晩は、とにかくまず誤射と独断行動をした事を詫びる事をPTのメンバーに求められた。詫びないと、PT解散だと言われた。それを抜きにしても、本当に申し訳ないと思っている。それに、今までのやり方では10層が限界だということにも気付いている。でも、ここで止まる訳にはいかない。どうすれば良いのか教えてほしい。そもそも、自分のものより威力が高い「飛ぶ斬撃」を放てるのはどういう理由なのか? 貴方に出来て私にできない訳がない。なにか特別な仕掛けがあるのか? 云々かんぬん――
色々な理由や思惑が
そういう訳で、延々と続く月成凛の話を、結局全部聞いてしまった。聞いた上で、問題点はやっぱり慢性的な[魔坑酔い]だと感じた。昨日の夜は、この点をスマートにそれとなく指摘する方法を考えながら寝落ちしたのだが、今となってはそんな
「その『モンスターを前にすると冷静さを失う』ってやつ、俺にも経験がある」
「え? 本当ですか?」
「本当だよ。だから、克服も出来る」
「でも……どうやって?」
「そうだな……まずは『自分はそうなり易い人間だ』と認めるところから始めるしかないかな?」
「それだけ?」
「それだけ。その上で、常に気を付けておく。後は、むやみやたらに『飛ぶ斬撃』に頼らないようにするのも良いかもしれない――」
結局、この後7:00頃まで、俺と月成の会話は続いた。
あと、話し終えてテントに戻った俺を、朱音の「ナンパですか?」という冷ややかな言葉と視線が出迎えたのは……まぁ蛇足だね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます