*メイズ消滅作戦⑧ 10層3連戦、中盤戦のフレンドリー・ファイヤ?


 戦線は一度膠着する。岡本さんをはじめとした盾持ち4人組に[月下PT]の盾持ち地味男君1名が加わり、ゴブリンナイトの重圧を真正面から受け止める。その間、後衛遠距離攻撃組が飯田の【魔法スキル】を絡めて、ゴブリンアーチャーを次々に落としていく。一方、左翼から肉迫した加賀野さん、木原さん、相川君、上田君の4人の近接攻撃組は、ゴブリンファイターを確実に仕留めつつある。


 対ゴブリンF戦は対多数戦・・・・だから数的には劣勢。でも、近接攻撃組4人は結託して、1匹か2匹へ攻撃を集中させることで、なんとか渡り合う。勿論、そんな事が可能になるのは、右翼から単身で斬り込んだ俺の活躍があってこそ。誰も褒めてくれないから、自分で褒めておく。俺偉い!


(はいはい、えらいえらい、のだ)

(チョー偉いニャン、ニャン)


 なんだろう、妙に馬鹿にされた気がする。まぁ、実際は役割分担をこなしているだけだから、特別偉いという訳ではない。という事で、俺は目の前のモンスターに集中する。


 【能力値変換】の効果時間は終わったので、既に飛ぶ斬撃は放てない。ただ、効果中に3度飛ぶ斬撃を放ち、ゴブリンK1匹に痛手を与え、ゴブリンFを2匹とゴブリンAを1匹屠り、ゴブリンF4匹に手傷を与えた。近接組と遠距離組が優位に進められるのは、実際、この3度の飛ぶ斬撃によるものが大きい(俺分析)。


 特に、ゴブリンFは左右両翼から攻められる格好となるので、多数の利を生かし切れていない。しかも、どちらかというと、左翼から4人で攻める近接組よりも、致命的な斬撃を飛ばした俺の方を警戒するように動く。結果として俺への当たりが強くなるが、その分加賀野さん達は楽にモンスターの数を減らす事が出来ている。


 という事で、俺は突き込まれてくる槍の穂先を太刀[幻光]で受け流しながら、徐々に後退しつつ、隙を窺い逆襲を撃ち込む。俺からの手数は減る。ただ、俺1人にゴブリンFが4匹も掛かってくれるので、加賀野さんたち反対側は楽になる。しかも、ジリジリと後退する俺の意図は、


「コータ先輩、もう少しですぅ!」


 と背後から朱音が声を掛けてくるように、後衛遠距離攻撃組の射線へゴブリンFを誘導することだ。この時点で後衛組はゴブリンAをほぼ無力化している。ただ、近接戦闘を繰り広げる場所へは矢や魔法を撃ち込めずにいる。そのため「遊んでしまった」遠距離攻撃力を生かす、というのが俺の行動だ。


 流石に、この辺りの連携は[DOTユニオン]というよりも[チーム岡本]の結びつきが強い。ほとんど「阿吽あうんの呼吸」になりつつある。だから、遠距離攻撃組に居る他PTの面々はまず朱音と飯田の動きを見てから行動に移る感じになる。こういう連携・・・・・・は、それなりに繊細なのだ。勝手を差し込む・・・・・・・目論もくろみが崩れる。


 ただ、この場には連携など全く頭に無い、門外漢が混じり込んでいる。そいつ・・・は俺が押されていると勘違いしたのだろう。


「口ほどにもなくってよ!」


 とのたまう・・・・と、横合いから援護のつもりで「飛ぶ斬撃」を差し込んで来た。


(危ないのだ!)

「うわぁ!」


 ハム太の警告と俺の驚いた声がほぼ同時に上がる。


 この瞬間、俺は僅かな隙を突いてゴブリンFの左端の1匹へ浅い打ち込みを仕掛けようとしていた。そこへ、全く予想外の一撃が左斜め後方から襲った。寸前の所で攻撃動作を止めるが、振り下ろそうとしていた太刀[幻光]の勢いを殺し切れずに半端な姿勢になる。


――バンッ!


 耳元で空気を切り裂く破裂音が響く。そして、4匹いたゴブリンFの左側1匹がそれを受けて右腕をザックリと切り裂かれる。同時に俺の左腕も、肘から手首に掛けて[試作乙式3型四肢防護具]のCFRP製装甲の表面に深い斬り傷が出来上がった。完全に巻き込まれたようだ。


「ギョギョンッ!」

「ギャインッ!」


 しかも、中途半端に打ち込みを止めた俺に、右側の2匹が「今がチャンス!」とばかりに槍を突き込んで来る。その攻撃を[幻光]で打ち払おうにも、態勢が崩れているうえに左手が月成凛つきなりりんの「飛ぶ斬撃」を受けて痺れてしまい、どうにもならない。


「うわぁっ!」


 我ながらみっともない声悲鳴を上げて、俺は2つの槍の穂先を仰け反って躱す。ただ、無理な姿勢から上体を大きく仰け反らせた結果、俺はその場に仰向けで転倒。合計3匹のゴブリンFに対して完全無防備となってしまう。


「寝ていたほうが良くってよ!」


 「コイツ、マジか?」と思うような声が後方から聞こえる。それと同時に2度3度と飛ぶ斬撃が俺の真上を通過して3匹のゴブリンFを襲う。


 この「飛ぶ斬撃」、【魔剣:フライズ】の固有スキルらしいが、【戦技】スキルのレベルアップによって可能になる「飛ぶ斬撃」と異なり、一発一発が軽い。絶好の獲物を前にしたゴブリンF3匹の攻撃意欲を打ち崩すほどの威力は無かった。


 そのため、3匹のゴブリンFは血塗れになりながらも、一旦手元に引き戻した槍の穂先を、俺めがけて突き込み――


「コータ先輩!」

「――モユルカマドビ、オン、ケンバヤケンバヤ、ソワカ、ウーン!」


 ただ、この場合、床に転倒していたことが幸いした。


 槍の穂先が突き込まれる寸前、朱音と飯田の声が上がり、同時に俺の上を風を帯びた矢・・・・・・火球飯田ファイヤーが飛び過ぎる。


 結果、朱音の風属性矢はゴブリンFの上半身に大穴を穿うがち、【飯田ファイヤー:火球バージョン】は隣り合った2匹を巻き込んで吹き飛ばした。


 ……嗚呼、生きてるって素晴らしい……


 俺は、頭上を一方的に飛び過ぎる矢や魔法スキルを眺めながら、そう思った。これで、ゴブリンFの半数は遠距攻撃組によって斃された。


*********************


「加勢しますわ!」


 もう、誰かコイツ・・・を止めてくれ!


 多分[DOTユニオン]の大多数がそう思っている。


 状況は、近接攻撃組がゴブリンFの残りを掃討し、後はゴブリンKを残すばかり。ちなみに開始時点で4匹いたゴブリンKは主に岡本さんの[フランジメイス2号]によって1匹斃されて3匹に減っている。


 完全に数的有利が逆転した状況だから、後は取り囲んで遠距離や槍の攻撃でチクチクと削りながらノーリスクで斃すべき状況だ。悪い言い方をすれば「なぶり殺し」というような気もするが、なに、相手はモンスターだ、気にする話じゃない。


 こういう場面は過去に幾度もあった。そのため戦いを主導する[DOTユニオン]は自然と包囲態勢・殲滅モードに移りつつある。そんな中、包囲の輪を割ってゴブリンKに挑みかかろうとしたのが、くだん月成凛つきなりりんだ。


「馬鹿野郎! 引っ込んでろ!」


 でもそんな月成は、飛び込む寸前で岡本さんから盾パンチシールドバッシュを喰らった。まともに吹っ飛ばされて、床に尻もちをついている……ざまぁ。


「ざまぁ」


 内心の声が漏れたのかと思い振り返ると、そこには悪い笑顔になった朱音が居た。目が合った、2人でニヤリとする。俺もたいがい・・・・だ。


「お姉さま、大丈夫ですか!」

「凛様、お怪我は?」

「今のはやり過ぎじゃないか!」


 などと、[月下PT]のメンバーは取り巻き・・・・よろしく、そんな月成凛に駆け寄る。ただ、全員が全員ともそうではない。日本刀装備のクールガイやポニーテールの【回復魔法】持ち長身美女なんかは、何も言わずに冷めた視線を送るだけで、後は包囲網の方を注視している。


「うるせー、邪魔だ!」


 取り巻き・・・・の抗議に対して岡本さんは取り付く島の無い言いっぷり。俺に対する月成の一連のFF味方誤射は見ていない筈だけど、なかなか・・・・の激塩辛対応だ。もしも見ていたら、多分もっと厄介なことになっている。


「コータ君……どうした? ニヤニヤして」

「あ、いえ、なんでもないです」

「それより、怪我は大丈夫か?」


 とは加賀野さん。包囲網には加わっておらず、負傷者への【手当】に回っている。まぁ、今のところ負傷者らしい負傷者はいない。


「見てたんですか……大丈夫です、防具の方も、ちょっと深めに斬れただけです」


 そんな加賀野さんに俺はそう答えながら左手を挙げる。確かに[試作乙式3型四肢防護具]のCFRP装甲はバックリと斬り裂かれているが、多層構造のカーボン繊維とその下のプラスチック素材は切断されずに残っている。飯田金属の設計が良いのか、月成凛の「飛ぶ斬撃」の威力が弱いのか、恐らく両方の理由で結局無傷だ。


「なら良かった」


 と加賀野さんは安心した風に言う。


 向こう側ではゴブリンKへの包囲攻撃がクライマックスに近づいている。[TM研]の相川君と上田君が共同して1匹を斃した様子。思わず注意がそちらへ向く。


カケル、魔法スキルで!」

「はは、はい!」


 包囲網では、岡本さんの指示に応じた飯田が【飯田ファイヤー:火柱バージョン】を発動。これが残っていたゴブリンKへのトドメとなった。


「なんとか終わりましたね」

「そうだな、残り1部屋あるらしいけど、どうする?」


 近くに居る都合上、加賀野さんと俺はそんな言葉を交わす。そして、このまま先へ行くか? という問いには、


「どうでしょう……この状態なら行っても良いか――」


 行っても良いかも、と俺は意見を述べるつもりだった。ただ、状況は「俺達が行く」というよりも「向こうから来る」という状況になった。なにも、3部屋目のモンスターが気を利かした訳じゃない。自分勝手に3部屋目に突入した連中が、モンスターを引き連れて撤退してきたのだ。


 ……勿論[月下PT]月成凛の仕業だよ。



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