*メイズ消滅作戦② 遊びじゃないのよ5層は
以前[調布駅前ビルメイズ]で初めて面識を持った[CMBユニオン]の面々は、5層に挑戦して撤退した経歴を持っていた。話によると3度ほど挑戦して、毎回途中で撤退を余儀なくされたとのこと。彼等が言うには「コボルトチーフの【遠吠え】から始まるメイズハウンドのラッシュをどうしても捌ききれない」とのことだ。
そんな彼等の言葉とハム太による【鑑定(省)】の結果から、[CMBユニオン]はスキルを習得していないため火力が足りず、結果として開けた場所で多数の、それも深い階層相当のモンスターと対峙する5層突破が難しかったのだろう、と推測していた。
結果として、この推測は正しかった。[修練値]だけが上がっても、相応のスキルが無ければ強い(又は数が多い)モンスターに対処できない。まぁ、当然といえば当然な話だ。
ただ、今回に関して言えば、相応のスキルを持っていたとしても
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5層の感じは[アトハ吉祥メイズ]に似ていた。幅25m程度の通路と呼ぶには広すぎる空間が左方向へ湾曲しながら奥へ続いている。そのため、5層降り口から奥の6層へ降りる階段は見渡せない。そして、お約束のようにゴブリン集団が手前に陣取っている。また、奥にはメイズハウンドの集団も見えていることから、コボルトチーフも控えているだろう、と推測できる。この構成は他のメイズ(北七王子メイズを除く)の5層と酷似している。
ただ、酷似しているのはモンスターの構成だけだった。というのも、その数は
「おい、ちょっと多すぎじゃないか!」
と[CMBユニオン]の誰かが声を上げた通り、全体としてモンスターの数が多い。見た限り、手前のゴブリン
(うむぅ……やはり変なのだ……)
とはハム太の【念話】。この期に及んで「変なのだ」は止めて欲しい。不安になって来る。それにしても、何が変なんだ?
(
つまり、ハム太が知っている
(あ、ハム美は居ないのだ)
は?
(ちょっと、外の様子を見てもらっているのだ)
マジか……そう言えば、普段は(にゃん、にゃん)と喧しい【念話】が聞こえてこなかったな。でも、別行動するなら事前に言って欲しいのだけど。
(ま、まぁ、数は多いが所詮8層相当のモンスターなのだ、コータ殿たちで何とかするのだ)
あ、お茶を濁そうとしているな、この腹黒ハムスターめ。だが、そうはさせな――
「コータ、俺達も手伝うぞ!」
延々と抗議の思念を送ろうとしていた俺の思考は、岡本さんの一声で現実に引き戻された。そうだった、そんな場合じゃなかった。
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見れば[CMBユニオン]総勢18人の面々は真正面からゴブリン
ただ、[DOTユニオン]側は俺がハム太と【念話】でゴタゴタしていただけで、他の面々は行動に移り始めている。
まず、朱音が【強化魔法:中級Lv2】を発動。都合2回発動して[CMBユニオン]と[DOTユニオン]の全員に効果を波及させる。そして飯田は、
「ヤキツハラ、ノビノタチビノ――」
と詠唱に取り掛かる。この詠唱は確か【飯田ファイヤー:火壁バージョン】。なるほど、ゴブリン集団と後続のメイズハウンドを一旦遮断するつもりか。
「――オン、マリシエイソウワカ、マー!」
飯田の詠唱完了と共に、予想通りゴブリン集団と奥のメイズハウンド集団の間に赤々とした炎が壁のように立ち上がる。しかも、丁度ゴブリンAの付近に火の壁が出現したため、アーチャー達は射撃を取り止めて火の壁から距離を取るように前進してきた。飯田、グッジョブ!
「飯田君、凄いな!」
「魔法スキルですね、スゴイです!」
とは、[脱サラ会]の古川さんと[TM研]の小夏ちゃん。対して飯田は「ドゥヒュ」と変な声を漏らして……照れていた。
「俺達は前列の防御に加わる、コータはとにかく数を減らしてくれ!」
一方の岡本さんは、そう言うとポリカ盾を構えて[CMBユニオン]の前列に躍り出る。因みに井田君、毛塚さん、久島さんの盾持ちメンバーは岡本さんと肩を並べて前列の防御を強化する構えだ。
「飯田、右翼側から射撃でアーチャーを! 木原さん、相川君、俺達は近接で敵を減らそう」
俺はそう声を掛けて太刀[幻光]の鞘を払いつつ、飯田や朱音といった遠距離攻撃組の射線から外れるように左翼側へ回り込む。この動きに、各PTの近接組が追随してくれた。ただし、加賀野さんだけは矢を受けた[CMBユニオン]メンバーへの手当てに回っている。【手当Lv1】スキルの出番、という訳だ。
[CMBユニオン]に盾持ち4人が加わった戦闘は、5層へ降りて直ぐの場所、通路のほぼ中央で繰り広げられている。状況的には岡本さんを中心としてゴブリンSの勢いを押し返しつつある。そこへ左から回り込んだ俺達近接組4人が、側面から斬り込む格好になった。
俺自身の事はさて置くとして、近接組で攻撃力が高いのは【戦技(二刀流)Lv2】を持つ[TM研]の上田君と、最近新たに【強撃Lv1】を取得した[脱サラ会]の木原さん。また、スキルこそ習得していないが[TM研]の秀才キャラ相川君は飯田式組立槍を駆使して、そんな2人の攻撃補助に徹している。
これなら大丈夫そう。という訳で、俺は殆ど恒例となった単独遊撃へ乗り出す。ただし、狙いはゴブリンS集団ではなく、その奥に居るゴブリンAの方。
そこで俺は【能力値変換】の「4分の1回し」で[敏捷]を底上げし、更に【隠形行Lv1】を使用。気配を遮断しつつ、普段の2倍以上の敏捷さでゴブリンAへ肉迫し、その集団(この時点で5匹残っていた)の真ん中に突入。すれ違いざまに
「ギョンッ!」
「ギュ」
「ギャギャン」
立て続けにゴブリンAの悲鳴が上がり、首や手、足が切断されて血飛沫が上がる。多分5匹が5匹とも、俺が接近した事にも斬られた事にも気が付かない内に絶命したと思う。この一度の突入でゴブリンA集団は壊滅した。
それにしてもこの太刀[幻光]の切れ味がヤバい。飛び込んだ勢いと、【隠形行】による不意打ちが相まって、ほぼ無防備な相手に打ち込んだのだが、肉を切り裂く感覚を殆ど感じさせない。しかも、骨も断ち切る太刀筋だったが、刃が骨に当たった感触は乾いた白木を斬るような軽い感触だった。
以前のカタナソード[時雨]も折れる間際は可成りの切れ味を示していたが、流石に骨を断つ時は「ガツン」という手応えがあった。しかし、今の[幻光]は手応えが「ガツン」から「カン」とか「コン」といったものに変わっている。
それでいて、切り口は思わずテレビショッピングを連想してしまうほどスッパリ鮮やか。しかも、切り取られた身体の部位は跳ね飛ぶ事無くポトリと地面に落ちる。
――「切れ味に、何と言うか……妖艶というか、人を惹き込む独特さを感じた」――
という豪志先生の言葉が脳内で再生される。「妖艶さ」というのは分からないが、確かに持ち主を魅了するような独特な切れ味がある。そして、こういう時に気を付けないといけないのが、
(コータ殿、魔坑酔い、魔坑酔いなのだ!)
ハム太に言われるまでもない。魂を魅入るような武器の威力に溺れる訳にはいかない。これは武器、あくまで道具。そう言い聞かせる。
戦闘の方は、俺がゴブリンAを全滅させたことで、右翼の遠距離攻撃組が射撃対象をゴブリンSへ集中。そこに近距離組の攻撃が左翼側から挟み撃ちのように決まり、一気に終息しつつある。ただ、依然として燃え続ける火の壁の向こうからは、何度も
――ウォォォオオオオンンッ!
という【遠吠え】が響いてきている。
(火壁が消えたら、一気に襲ってくるのだ!)
どうやら、火の壁の向こう側では、メイズハウンドが襲撃の気配を窺っている様子。その数は、
(メイズハウンドが56匹、それにコボルトチーフが2匹なのだ)
ということで、他メイズの5層の倍の数。その数が一気にワッと襲ってきたら、なまじ場所が広い事から防ぎようが無い。どうする?
「すすっす、スキルのしょっしょっ障害物を」
と、ここで飯田が詰まりながらもそんな事を言った。ああ、そう言えば、新しいスキルを習得したんだったな。だったら好都合だ。
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