*小金井救出作戦⑥ 救出部隊離脱!


 戦闘終了後の体育館前駐車場には、5両の自衛隊仕様トラックが乗り入れていた。駐車場の奥で2台重なって事故っていた軽装甲車もスタックから脱出済みだ。


 現在、俺達[DOTユニオン]([サラ][チーム本][M研]の3PTユニオンのこと)を含む[受託業者]グループは駐車場の緑地公園側を警戒している。背後では、救助誘導の自衛官がトラックから駆け降りたり、他のトラックから物資を下ろしたり、と動きが騒がしい。


(周囲にはメイズハウンドの小さい群れが居るニャン。でもレッドメーンは居ないニャン)


 とはハム美の【念話】。この段階で心配なのは何と言っても赤鬣犬レッドメーンの存在だ。だが、その脅威は周囲に存在しないらしい。その報告にホッとしつつ、PTの面々にそれを伝える。


 駐車場周辺は(背後の救出部隊のドタバタを除き)静かだが、ここから離れた江戸歴史民俗資料館ゾーンの方からはパンパンという銃声や、バンッという破裂音が散発的に響いている。どうやら、陽動部隊がモンスターへ発砲している様子。


 ふと脳裏に「打たせ上手な高橋さん」こと高橋陸将補の疲れた表情が思い浮かぶ。自衛隊の中の事情は知らないが、恐らく考え抜いた上での救出作戦は陽動部隊が役割を果たした事で上手く行きそうだ。そんな風に考える。と、そこへ、


「なぁ、[チーム岡本]だっけ? 中に入ってからのドロップは『取った者勝ち』って事にしようぜ」


 と声を掛けられた。それで振り返ると、声を発したのは[群狼PT]のリーダー、【収納空間】持ちのイケメン風男だった。ただ、そいつが声を掛けたのは岡本さんの模様。対して岡本さんは、


「『取った者勝ち』? さっきみたいに斃したPTが取るのと何が違うんだ?」


 と言う。実際、先程の駐車場での戦闘では、モンスターを斃したPTがドロップを取得した。別に取り決めなどは無かったが、自然とそうなった感じだ。それに対して「群狼PT」のリーダーは別の提案を持ち掛けている。


 岡本さんは疑問に思ったみたいだが、俺としてはコイツのスキルを知っているので考えていることは何となく分かる。ハム太の説明では本式の・・・【収納空間】は自分を中心に半径15~20mの範囲にある物体(無生物、可搬物)を任意に収納させたり出現させたりできる、とのこと。そのスキルを使って他のPTが斃したモンスターのドロップをこっそり頂戴しよう、という魂胆だろう。


「ほら、死んじまったらドロップ拾えないだろ。それに『取った者勝ち』も『斃したPTが取得する』もあんまり変わらないじゃないか」


 などと言っているが、あんまり変わらないなら、敢えて変える必要もない。


 岡本さんは視線を俺達へと向ける。「どうする?」といった視線だ。それに朱音は肩を竦めて見せるだけだが、俺と(直感男の)飯田は否定的に首を振って「No」の意思表示をする。ということで、


「俺達、そのやり方に慣れてないんだ。だから斃したPTがドロップを取得する方がいい」


 と答えた。対して[群狼PT]のリーダーは何度が食い下がったが、最終的に「チッ」と舌打ちして引き下がった。後で聞くと、[CMBユニオン]の3PTにも、[脱サラ会]や[TM研]にも同様の呼びかけがあったらしいが、彼等も断ったとのこと。理由は「何となく胡散臭いから」とのこと。スキルも大切だが、それ以上に人間性が大切だということだ。


 取り敢えず、彼等には[群狼PT]リーダーが持っているスキル【収納空間】についてそれとなく伝えておいた。先ほどの戦闘でモンスターが瞬時に圧殺される・・・・・・・・のを見ているので、俺の「――らしい、――みたい、――じゃないかな?」といった断定しない説明でも、彼等の警戒心を喚起することは出来た。


 ただ、[月下PT]だけは何故か、


「それで構いませんことよ!」


 と受けていた。まぁ、良いか……。


*********************


 俺達は相変わらず緑地公園側を警戒しているが、背後では救出作戦が着実に進行している。体育館内にモンスターが入り込んでいなかったため、里奈を先頭にした自衛隊の救出部隊は特に問題もなく、用具室内のメイズに入ることが出来たようだ。


 それで、しばらくすると、隊員に抱きかかえられたり背負われたりした子供たちが外に運び出されてくる。少し離れているので詳しい様子は分からないが、全員がぐったりとした様子。中には声を殺して泣いている子供たちもいて、その様子が痛々しい。


 メイズから救出された子供たちは自衛隊仕様のトラックの荷台に収容されていく。この辺りで、遠くから聞こえていた発砲音に新たな音源が加わった。位置的に五日市街道を進んだ「露払い部隊」も発砲を開始した模様。場所が近いだけに音が大きく聞こえてくる。これだと子供たちが更に怯えるんじゃないか、と心配したが、存外それは影響ないようだ。まぁ、この音を銃の発砲音だと知らなければ、怯えようもない。


「ちょっと遅れているが、大体予定通りだな」


 と言う岡本さんは腕時計を見ている。時刻は12:07。


 それでもう一度体育館の方を見ると、恐らく最後に救出されたのだろう、制服姿の警察官と作業服姿の男性2人が姿を現した。その内制服警官の1人は重傷なようで、担架に乗せられている。そして、そんな彼等に付き添うように里奈も姿を現した。


 視線の先で里奈は自衛官と何か短く言葉を交わすと、こちらの方へ駆け寄って来る。そして、


「ありがとう、全員無事だった!」

「よかったな」

「それは良かった」

「良かったですね、里奈さん」


 スッキリとした表情で言う里奈に、俺、岡本さん、朱音の順で答える。ただ、里奈の表情がスッキリしていたのはここまでで、次の言葉で一気に表情が暗くなる。


「でも、流石に私はこれ以上付いて行けないの、ゴメンなさい!」


 まぁ、こんな台詞セリフが出てくるのは里奈ならでは・・・・・・、だと思う。普通は一刻も早く安全な場所に行きたいはずだけど、里奈の場合は俺達を残して自分が先に逃れるのを気に病むんだ。そういう性格なのは良く知っている。ということで、


「こっから先は[受託業者]の仕事だからな、それよりも、[管理機構]に戻って俺達の報酬をもうちょっと良くするように頑張ってくれ」


 と言う。それで察した・・・のか岡本さんも、


「そうだな、[管理機構]がこれまで買い取った[スキルジェム]取り放題とか、[ポーション]選び放題とか、そういうので頼む」


 と、少し冗談めかして言う。


「わかりました。そっちの方で頑張ってみます!」


 そう答える里奈は、それでも少し立ち去り難そうにするが、背後から出発を報せる声が掛かると、


「コータ、みなさん、ご無事で」


 と言って、一度頭を下げると、トラックの方へ戻って行った。


*********************


 救出部隊のトラックが去った後、体育館前駐車場には1台の小型トラックと1台の軽装甲車両、そして20人前後の自衛官が残った。彼等はこれから[受託業者]用の物資をメイズ内に運び込む。主に飲料水と食料、それに簡易トイレや応急手当キットなどだ。


 それらの物資は、次なる作戦[消滅作戦]に必要になる。ただ、メイズ内部では外から持ちこんだ物品が急速に劣化する。そのため、劣化現象が発生しない5層までの道を切り拓き、物資を運び込まなければならない。


「取り敢えず当座の糧食レーションを受け取ってください」


 とは、残留部隊の責任者風(班長と呼ばれている)の自衛官の言葉。それで、段ボール箱からオリーブドラブ色のパックを取り出して1人に2個ずつ、2Lのペットボトル入り水と共に配る。


 受け取ったら結構ズシリと重い。パックの表面には[戦闘糧食Ⅱ]とプリントしてあった。これ、どうやって食べるんだ? と疑問が浮かんだが、一緒に渡された[加熱用袋]と[簡易加熱剤]があることから、これで温めて食べるのだろうと納得する。表面に細かく使用方法が印刷されているから、これは後で読むしかない。


「我々は物資を1層に運び込んで待機します。皆さんは5層を目指してください」


 とは責任者風の自衛官(名前は諸橋さんで階級は3尉とのこと)の言葉。既に隊員の方々は搬入作業を開始しているので、その言葉を以て、俺達は用具室からメイズ内部へ足を踏み入れた。


 第二段階目の作戦「メイズ消滅作戦」の開始だ。

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