*小金井救出作戦⑤ 体育館前の戦闘


 放たれた矢は全部で5本。突出した月成凛つきなりりんと他2名を狙って放たれたものだ。対して月成は、彼女達の前方にたむろするオークとゴブリンの混成集団に意識を集中し過ぎている・・・・・・。そのため、俺の発した警告の意味が分からず、咄嗟に矢とは反対、こちら・・・を向いてしまう。そして、腰にいた太刀[幻光]を引き抜く動作中の俺を見て顔をしかめる。


 もしかしたら、俺が彼女達の邪魔をする、と思われたのかもしれない。その証拠に、俺へ向けられた彼女の視線は尖った氷のように鋭く冷たい。でも、もしそう考えているならば、勘違いもいいところだ。というのも、この瞬間、俺は【能力値変換】の「4分の1回し」で力を強化し、更に[抵抗]の「半分変換」で技巧を嵩上げ、つまり「飛ぶ斬撃」を放つつもりだったからだ。狙いは勿論、彼女達の背後に迫る矢、そして更にその先の木立の影に居るゴブリンアーチャー5匹。


 ちなみに、射線を遮られた朱音は直ぐに【強化魔法:中級Lv2】を発動させている。その分(25%)の能力嵩上げの効果も相まって、【戦技(刀剣)Lv3】で「飛ぶ斬撃」を繰り出す基準「力と技巧の合計が60以上」をクリア。そして、


――ズバンッ!


 という破裂音と共に[幻光]の逞しい刀身を振り抜く。不可視の斬撃は[月下刀葬PT]の合間を縫って空を斬り、迫る5本の矢を方々へ吹き飛ばした。


「な!?」


 視線の先では月成凛が後ろを振り向き驚きの声を上げる。お礼は後でいいですよ、という事で、俺は、


「【飯田ウインド】、かく乱を!」


 と呼びかけながら、[月下PT](刀葬まで付けるとその度に鳥肌が立つのでこれでOKだろう)の間をすり抜ける。背後では、


「カケマクモ、アヤニカシコシアマツカゼ――」


 飯田の和歌風詠唱(こっちもいい加減中二病鳥肌案件だが)が響く。前方の木立では次の矢をつがえるゴブリンアーチャー。距離は詰まって15m。もうちょっと!


「――オンハヤベイソワカ、バー!」


 とここで【飯田ウインド】の詠唱が完成。同時に前方のゴブリンアーチャーの元で強烈な風の渦が起こる。渦風は落ち葉や枯草を巻き上げて木立をなぎ倒す勢いで吹き荒れる。そして、


「――ギョッ」

「――ギャギャぁ」


 次の瞬間、渦風がパッと赤く染まる。どうも、風の中で鎌鼬かまいたち的な物が発生し、それが中のアーチャーを切り刻んでいる様子。うん……グロい……けど、他人の事をとやかく言える身分でもない。ということで、距離が10mまで詰まったところで【能力値変換】の制限時間一歩手前。俺は、容赦なく赤い渦風へ目掛けて横薙ぎの「飛ぶ斬撃」を放つ。


――パンッ!


 それは何とも形容しがたい破裂音だった。強いて言うなら巨大な風船を水中で破裂させたような? ただ、結果的に【魔法スキル】で起こった渦風に俺の放った不可視の斬撃が衝突。一瞬、風の渦が上下に綺麗に斬り分けられた。そして次の瞬間にはお互いが干渉しあったようにして破裂。【飯田ウインド】の赤い渦風は何事も無かったかのように治まり、周囲には鉄臭い臭気と共にゴブリンの血がぶちまけられた。


「うぅうぇぇ」


 背後では飯田が俯き加減にえずき・・・、[脱サラ会]の古川さんが背中をさすってやっている。対して俺の方には、


「――お礼を言いますわ、ありがとう」


 という声が掛けられた。それで視線を声の方へ向けると、そこにはゾクっとするような笑みを浮かべた月成凛の姿があった。なんだろう、[抵抗]を半分変換で下げたからか、その笑みが妙に魅力的に見える。浅く浮かんだ口元のえくぼが、隙の無い端正な顔立ちに一点だけ甘さを与えるような。細められた切れ長の目、その中の黒曜石のような瞳に吸い込まれるような……、


「でも、邪魔は止してください」


 ……前言撤回、コイツ可愛くない。


*********************


 体育館前駐車場での戦闘は、その後紆余曲折を経てどうにか終了した。


 モンスターの数は40匹と多かったものの、注意するべき豚顔オークが4匹、ゴブリンナイトは3匹、と多くなかった。それでも、俺達チーム岡本を含むDOTユニオンは[脱サラ会]も[TM研]も初顔合わせなモンスターだ。


 ということで、少し苦戦した。ゴブリンファイター2匹程度なら何とかなるが、ゴブリンナイトが加わると途端に分が悪くなる。そこで、強いゴブリンKは岡本さんが【挑発】スキルで釣り上げて、チーム岡本で処理する。


 真正面からゴブリンKに対峙すると、やはり相手の防御力は厄介。ということで、岡本さんが正面に引き付けながら、俺が【隠形行Lv1】で背後からブスリ。なんだか、こう言うとやっていることがフェアじゃない気がするが、モンスター相手に正々堂々もへったくれ・・・・・も無い。結局、3匹いたゴブリンナイトの内2匹と、4匹いた豚顔オークの1匹を斃した。


 一方、他のユニオンもそれなりに健闘していた。


 まず、真っ先にモンスター集団に飛び込もうとした月成凛率いる[月下PT]は、その行動に見合うだけの実力があった。PTメンバーには【強化魔法:下級】の使い手と【回復】の使い手が居る。また、各自が武器に応じた【戦技スキル】を習得しているのも強い。そして極めつけが、リーダーの月成凛。彼女は何と俺同様に斬撃を飛ばす・・・・・・ことが出来た。


 ただ、その仕組みと威力は俺の「飛ぶ斬撃」とは少し違う。これはハム太の【鑑定(省)】による分析だが、どうも彼女が振るっている西洋風の剣ロングソードに秘密がある模様。


(あれはドロップ品の剣・・・・・・・なのだ。[フライズ]という名前を持った魔剣で、【飛撃】という固有スキルを持っているのだ!)


 ということだ。武器が持つ固有スキルのためか、連発が可能。ただし一発一発の威力は俺の「飛ぶ斬撃」の半分以下という感じに見える。でも、魔素力を消費するとはいえ、離れた相手にポンポンと斬撃を叩き込めるのは非常に強力な攻撃方法だ。ちょっとうらやましい。


 一方、[赤竜・群狼ユニオン]の方には驚かされた。ユニオンの内2PTのリーダーを除けば、(大分言い方が悪いけど)[TM研]の面々とそれほど実力に違いはない感じ。ただ、赤竜PTのリーダーは飯田と同じように【魔法スキル】を習得している。どうやら【火属性魔法:下級】と【土属性魔法:中級】が使える模様。しかも、彼女の【魔法スキル】は飯田のように詠唱を必要としないようで、ゆびし示す先に大小の炎を出現させたり、地面から突き出る土の槍を出現させたりして対象を攻撃する。


 それだけならば別に驚くほどの事でもない。では何に驚いたかと言うと[群狼PT]の方のリーダーが持つスキルだ。なんと、あのイケメン風男は【収納空間】を習得していた。しかも、その【収納空間】を戦闘スキルとして使いこなしていた。


(グヌヌ……吾輩もあちらの世界・・・・・・ではあの程度の芸当、朝飯前だったのだ)


 と、ハム太は悔しそうだが、確かにその気持ちは分かる。というのも、その男は、恐らくH鋼材か何かを、一瞬でモンスターの上に出現させ、相手を圧殺した直後に【収納空間】に仕舞い込む、というコンボで次々とモンスターを斃していた。


 出現と収納のサイクルが早過ぎて、見た目には一瞬視界がブレたようになり、次の瞬間にはその場のゴブリン共が押しつぶされている、といった具合だ。だから、ハム太の【鑑定(省)】が無ければ何をしているのか全くわからなかった。


 すかしたヤロー・・・・・・・だと思っていたが、とにかくあのスキル収納空間を使った質量攻撃はヤバすぎる。


 ちなみにCMBユニオンの3PTは……彼等なりに頑張っていた。

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