*小金井救出作戦② 陽動作戦始動
*高橋陸将補視点*************
「受託業者の出発、完了しました」
部下の報告に頷くだけで答える。
作戦については色々と言いたい事が多い。勿論、
現在、小金井緑地公園を中心とした状況における作戦の目的は「避難者の救助」と「地域の正常化」の2点に尽きる。ただそこに、「[治安出動]の範疇で遂行する事」という手枷と、「[受託業者]を活用する事」という重荷、そして「状況は統幕本部につぶさに報告し指示を仰ぐ事」という手間が加わることで、作戦目的がブレる。
恐らく政府が考えている筋書きは
――「自衛隊と[受託業者]が協力し、避難者の救助と地域の正常化を成し遂げました。メイズは管理できれば危険なものではなく、そこから得られる利益は国を豊にします。それに携わる[受託業者]は夢のある職業です」――
ということで、
――「都知事要請に基づく[治安出動]の範疇で、重銃火器を使用せずに対処しました」――
として、野党の追及を躱すつもりだ。
虫の良い筋書きだと思う。しかし、政府や与党の考える筋書きはいつも「ベストのシナリオ」のみだ。これまで幾つも機会があった海外派遣についても、法整備はいつも「こうでなければ法案が通らない」という現地の理想的な状況を想定している。
最悪の事態を想定すると法整備が出来ない、という政治的な事情は分かる。だが、それは政治が努力して克服して欲しいものだ。そうでなければ、いつまでたっても政治の努力不足のツケを現場部隊が支払うことになる。
今回の件も結局そうだ。首都東京の住宅街のド真ん中という制約は勿論認識している。ただ、立ち向かうべき脅威の度合いを考えれば、せめて装備の選択や作戦行動の詳細については現場に采配させて欲しかった。
しかし、実際は全てにおいて制約が付いた。
作戦に投入される隊員の主装備は5.56mm弾を使用する89式自動小銃と軽機関銃に限られ、それに9mm拳銃と手榴弾が付く。しかし、それ以上の銃弾については、M24や64式といった7.62mm弾を使用する狙撃銃が限定的に許可されたのみだ。
誰も、東京の住宅地のど真ん中で16式機動戦闘車の105mm砲を撃たせてくれ、などと頼んでいる訳ではない。ただ「せめて車載の12.7mm重機関銃くらいは弾薬だけでも車両に搭載させてほしい」と頼んだだけだ。
しかし統幕本部の回答は「跳弾や流れ弾が住宅地に達する恐れあり」ということで12.7mmの装備は却下された。恐らく米国で先んじて行われた作戦行動が影響しているのだろう。
そのため、中央即応連隊が緊急派遣してきた6両の最新鋭16式機動戦闘車は主砲も同軸も車載機関銃も全部撃てない。これでは只の鉄の箱だ。これは同じく中央即応連隊に集中配備されていた12.7mm機関銃搭載型のB型96式装輪輸送車も同じだ。
現在は12.7mmの代替として40mm自動てき弾銃の使用を打診している。しかし、これを装備したA型96式装輪輸送車は現在6両しか手元に届いていない。それに、果たして使用が許可されるかも覚束ない。
実質的に戦力として使える装甲車両は5.56mmMINIMIに換装した82式指揮通信車のみだ。本来ならば後方で指揮を行う車両が止むを得ず矢面に立つことになる。ちぐはぐな状況だ。しかも、82式は少し旧式の部類に入るため、練馬駐屯地に数両存在するだけだ。それを全部引っ張り出して、陽動と露払い部隊を率いることになる。もう部隊構成が無茶苦茶だ。
ただ、牙を抜かれた狼の如き装甲車両の隊員達は、
「だったら、ひき潰しますよ」
と健気に言う者が多い。昨日の公園内での光景を記録した防犯監視カメラの映像は一部下士官クラスも閲覧している。その映像の中で、ライトバンを駆ってモンスターを轢きまくっていた運転手が女性だったと知った彼等は、「なら俺達も」という気分になったようだ。
もしかしたら、車両で轢き殺すのが一番効果的な攻撃方法かもしれない、などと考える。少し情けない気もするが、
赤梅や七王子、奥太磨のメイズにおける教導部隊の報告では、5層を過ぎたところで5.56mmは顕著に威力が下がり、同じタイプのモンスターでも複数発撃ち込まないと制圧出来ないとのこと。それが10層を超えると、より大口径な7.62mmでも威力不足になる。結果として沢山撃ち込むため弾薬の消費が激しくなり、進行速度が落ちるのだそうだ。
そのため、5層に弾薬備蓄基地を設置したのだが、その結果、思わぬ好作用が生じた。一定時間以上メイズ内で保管された弾薬は何故か、他の弾薬よりも同口径でも威力が高いのだという。全く不思議な話だが、そのお陰で彼等教導部隊は一気に深くへ進行し、退却したものの15層まで到達している。
ただ、メイズ内に保管している弾薬を此方へ届けるには少し時間が掛かる。恐らく「救出作戦」終了後、「消滅作戦」に移行した辺りで「
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「[受託業者]を活用せよ」との命令も
これから始まる「陽動行動」や「露払い」においては、限定された5.56mmでさえ、射界と射角を厳密に制限している。そうしなければ、無線による連絡が出来ない状況では同士撃ちになってしまうからだ。勿論、各部隊の行動経路も厳密に制御されている。そんな神経質な作戦現場に素人を放り込めば、まず事故しか起きないというものだ。
行動の性質上銃火器を積極的に撃てない「救出部隊」に彼等を随伴させたのは、そんな理由からだ。
もっとも彼等の事を邪魔者と切り捨てる訳にはいかない。知り合いだから、という身内
もっとも、「ランキング=買取り実績」という点は注意しなければならないだろう。戦闘力は厳密には
彼等が活躍するのは「消滅作戦」の段階だと考えている。
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「40mmの件、統幕本部から返事が来ました」
「……うん?」
不意に声を掛けられて思考が現実へ戻る。
「車両への弾薬の搭載は認める。ただし使用は本部の了承を得るように、とのことです」
「そうか」
待ちに待った40mm自動てき弾銃については、予想通りの回答が来た。しかし、この電波が通じない状況下でどうやって本部の了承を取れというのか……まぁ、彼等の意図は大体分かる。結局、現場の私に判断をやらせて事後報告とするのだ。その結果が良ければ、大した問題にはならないが、マズければ「現場の独断」を叩くということ。
「作戦開始まで後5分です」
「わかった、浄水場の[露払い部隊]に40mmの件は伝えておけ」
「はい!」
電話に取り付く部下を見ながら、
「作戦開始時刻です」
「よし、陽動部隊を発進させろ」
サイは投げられた。徹夜の疲れや眠気が一気に吹き飛ぶ気がする。多分今血圧を測ったら間違いなく再検査だ、などと考えてから、それを脇に追いやる。そして、作戦の推移に全神経を傾けて行った。
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