第3節 小金井・府中事件
*1話 銘刀[幻光]と心然流3代目の話
昨晩アパート前で待っていた豪志先生は、コンビニで買った酒の他に刀袋に収めた太刀を持って来ていた。その太刀は、大輝の葬式の後で父親の周作さんから「豪志先生へ」と言って渡された太刀。表銘に[在武蔵野 幻舟作 平成陸年]と刻まれ、裏銘に[幻光]とある。大輝の父周作さん、いや「刀匠:武蔵野幻舟」が次男大輝の誕生に際してその成長を願って打った銘刀だ。
その太刀[幻光]を昨晩、豪志先生は持ってきた。目的は俺に渡すため。
「一度はコータに使わせるつもりでいたが、お前が自分で[時雨]を買った後だったし、それに……一度巻藁を斬ってみて、こりゃマズイな、と思ったのだ」
豪志先生はそんな事を言った。丁度俺が米国製のカタナソード[時雨]を買い、その他諸々の報告を兼ねて道場を訪ね、その後巻藁斬り大会になった日の事だ。その時豪志先生は初めて太刀[幻光]を振るったのだが、
「切れ味に、何と言うか……妖艶というか、人を惹き込む独特さを感じた」
と言う理由で、その時は俺に「しばらく[時雨]を使い潰して見ろ」と言ったのだという。
「余りにも出来過ぎた武器は持ち主の理性を奪う。本来武器は道具、道具は人を生かすために在る。だが、出来過ぎた武器は道具の域を超える。そして使う人の心を変容させる。道具を生かすために人が自ら命を使うようになる。『カタナは武士の魂』などと言う言葉がその最たるものだ。そして、ウチの3代目がそうだったらしい」
「ウチの3代目」とは五十嵐心然流の2代前の当主の事。第二次世界大戦中の中国戦線に於いて戦死したことになっているが、その実、交戦中に錯乱し敵陣に単身斬り込み、敵兵の銃弾に倒れたとのこと。それで、交戦していた中国軍部隊を全滅、潰走に追い込んだのだが、自身が指揮していた(当時中尉の立場で1隊を率いていたらしい)部隊も同様に全滅してしまった。
まだ「万歳突撃」など無い頃の話だという。しかし、指揮官が抜刀して敵陣に乗り込んだのだから、隊全員がそれに従うハメになり、さして重要でもない戦闘で多大な被害を出してしまったとのことだ。それ以後五十嵐心然流は(戦後GHQによる統制の影響もあるが)、新古武術から護身術に舵を切ることになる。そして、この3代目の蛮行は何かにつけて五十嵐家と心然流の教訓となっている。
今にして思えば、恐らく[魔坑酔い]に似た症状に襲われたのだろう、と思う。俺自身それに似た症状を発症しているから、何と言うかその3代目が気の毒ではある。ただ、そんな俺の同情心はさて置くとして、この時3代目が戦地に持ち込んだのが、軍刀拵えに改めた家宝のような日本刀であったという。
その切れ味の凄まじさは、初代が遺した書物にも記述があるとのこと。ただ、その家宝の日本刀は戦地で3代目諸共失われてしまった。
「そういう教訓めいた話もあるから、先ずは[時雨]で斬る事に慣れれば良い、と思ったのだ」
そして「そろそろ良い頃合い」と思い、さらに一人娘の
「拵えは黒漆鞘の地味な太刀拵え。全長3尺6寸5分、刀長2尺6寸。反りは先よりの中反りで1.9センチ、身幅は元幅広く先幅まで逞しい。重ねは標準的と思うが平肉付いて全体の質感を力強くしている。剛健な造りだな。それでいて切れ味はこの前巻藁を斬った時の通りだ」
豪志先生はそんな風に太刀[幻光]を説明する。他にも「樋がどうの」とか「刃文が云々」とか「匂いがなんたら」とか、色々と言っていたが頭に入らなかった。ちなみに大輝の父親周作さんの許可は貰っているとのこと。更に
「ただ、[時雨]と違い手入れはそれなりに大変になるが、大丈夫か?」
途中から飲みながらの説明になったが、豪志先生はその辺を心配している。対して俺は、折れてしまった[時雨]を豪志先生に見せた。
「なんだ、折れてしまったのか……まぁ、道具だから壊れるのは仕方ないが……」
この時まで豪志先生は[時雨]が折れた事を知らなかった。そいう意味でこの夜に[幻光]が俺の元にやって来たのは偶然であり、必然だったのかもしれない。まぁ、それはさて置いて、綺麗に根本で折れた[時雨]の刀身を見る豪志先生は、
「随分と刀身が綺麗だな……手入れは大丈夫、ということか」
と安心した風だった。実はメイズで拾った[
(う~ん、これは中々良い剣なのだ……是非、折れた[時雨]を[刃喰鞘]に喰わせて強化に使うのだ)
とは、頭の中で響くハム太の【念話】。なるほど、思い返せば[時雨]には市販の剣鉈3振りとメイズストーンを合計で5kg位使っている。折れたとは言ってもこのまま捨てるには惜しいアイテムだ。
(大輝殿も最初の頃はそうやって武器を鍛えていたのだ)
とハム太が言うのだから、それが正しいのだろう。明日にでも早速そうしよう、と思う。
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その後、豪志先生の話は酒が進むにつれて段々と
「公園の中はどんな状況だった? それで、どんな風に戦った? ふむふむ」
と言う感じで、俺が戦闘の内容を説明させられ、豪志先生はそれを興味深そうに聴くのだが、その内、
「里奈は何にも言ってくれない。てっきり公務員だから後は安心だとばかり思っていたのに、そんな危ない事をしていたなんて、何にも言ってくれないんだ」
となって、
「それでも、昔から鍛えた技が役に立ったのか。女の子には向かないと思っていたのだが、これも血か」
となり、
「コータ、里奈にはその、恋人とか居るのか?」
などと言う風に変わった。当然知らない。知る訳がない。それに眠い。だから俺は
「そんなの、直接聞けばいいじゃないですか」
と、ちょっと
「うむ、コータ、お前里奈を貰ってくれ」
いやいや、そんな犬や猫のようなペットじゃないんだから「貰ってくれ」「分かりました、頂きます」という訳にはいかない。だいたい、あの里奈が自分のいない所で勝手に決めた事に従うはずはない。それに、もう眠くて眠くて考えるのが面倒臭い。ということで、
「明日里奈に訊いてみます」
と適当に返事した。その後、豪志先生はまだ何か言っていた気がするが、俺の記憶はここで途切れている。適当に引っ張り出してきた毛布にくるまって、フローリングの床の上でそのまま寝てしまったようだ。
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翌朝5:00。妙にスッキリと疲れが抜け落ちた感じで目が覚めた。疲労にアルコールが混ざって眠りが深くなったのだろう。そう考えた俺は、大鼾をかいて寝る豪志先生の横に部屋の鍵を残して、アパートを後にした。身支度はマンションに着いてからやるつもりで、起きた
ちなみにハム太は「吾輩、少し寝るのだ」とのこと。どうも夜更かしして何かしていた模様。多分俺のタブレットPCで動画でも見ていたのだろう。緊張感の無いハムスターだ。
緊張感と言えば、今日この後、何がどうなるか分からない。本来ならば、昨晩はその不安で余り眠れなかったところだろう。ただ、そんな不安は豪志先生の訪問によって感じる暇さえ無かった。その点は豪志先生に感謝だと思う。まぁ太刀[幻光]を譲り受けたりもしたから、そっちの感謝も忘れてはならない。
その一方で、昨夜の寝入りばなに「里奈を――」なんて言っていたが、考えるまでもなく
そうこうするうちにマンションが見えてきた。みんなもう起きたかな?
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