*幕間話 今後の潮流


 事態は世界的に進行している。


 そのため、日本の同盟国や友好国、そのうち軍事秘密協定を締結している国々からは続々と情報が寄せられる。特に情報の発信が多く、また対応の段階が進んでいるのが米国だ。そんな米国はまずロサンゼルス市内、スキッド・ロウ地区においてモンスター掃討作戦を開始した。


 現地時間の24日7:00、日本時間の25日00:00に開始された掃討作戦は有線通信を介して可能な限りリアルタイムで同盟国に伝えられた。そして、作戦の進行具合もまた、可能な限りにおいて共有された。


 この時の米軍(カリフォルニア州陸軍州兵と合衆国陸軍の混成軍)の作戦は3つの進行段階に分かれており、段階とは別に3つの強度区分を持っていた。


 まず、進行段階の1段階目はメイズ周辺の地上モンスターの掃討。2段階目はメイズ内部の浅い層のモンスターの掃討。そして3段階目はメイズそのものの不活性化。言い換えればメイズの消滅を目指すというもの。

 

 この「スタンピード事件」に先立ち、米国では民間のメイズ・ウォーカーの手によってメイズが2つ消滅させられている。それまでは一般に秘匿されていたメイズ消滅事例だが、今回はその事例を参考として、最深部に存在するクリスタルを不活性化することが最終目標とされた。


 また、強度区分については1stグレードを歩兵中心の小火器戦力の投入と定める。2ndグレードは、必要に応じて装甲戦闘車両と攻撃ヘリを加えた火力の強化を行うもの。ただ、火力の増強はここまでとされた。如何に米国といっても他国ならぬ自国領土、それも都市部の中心に爆弾を投下したり巡航ミサイルを撃ち込む度胸は無いらしい。その代わり、3rdグレードとして、民間のメイズ・ウォーカーを投入することが計画されている。


 米国政府は、この段階で既に今後同様の「スタンピード事件」が多発することを予期していた。対外的には発表されていないが、政府内部では概ねそのような認識で統一されている。この事は、後日米国政府高官と面談した在米大使や駐米武官によって「彼等はまるで見てきたように・・・・・・・、そうなる未来を確信している」と伝えられたほどだ。


 そのように未来を予見・・・・・していた米国政府は、今後の事態に民間メイズ・ウォーカーの積極活用を意図していた。今後頻発する事態・・・・・・・・に対していちいち軍を投入していたのでは割に合わない、という判断なのだろう。


 そのため、穿うがった見方をするならば、今回のロサンゼルス市スキッド・ロウ地区の作戦は、或る意味その地均じならし的な側面があった。勿論米国政府は否定するが、結果としてそうなる切っ掛けを与えた事には変りない。


 とにかく、米軍の作戦は開始された。そして、その作戦の進行はほぼリアルタイムで日本の安全保障会議にも伝えられた。


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 大型モニターに映し出される映像は、電波干渉領域外の空中に滞空する複数のドローンと軍事偵察衛星によって撮影された多元中継。超望遠カメラによる動画だが、その割に画像は鮮明に映されている。ただ、なまじ鮮明なだけ、時折かなりショッキングな内容を映し出す。


 退却する兵士の一団が路地の前後をモンスターに塞がれる光景。1人の兵士に数匹の犬型モンスターが群がり地面に引き倒す光景。銃弾を浴びながら突進する人型モンスターによって分隊が逆に撤退、追撃を受ける光景。白い靄が晴れた後に、血塗れの死体が残されている光景。ただ、全て結末まで映される事はなく、モニターはその度に画面を切り替える。一応、発信元の米軍がある程度情報に統制を掛けている事が窺える内容だ。


 結局、強度区分1stグレード、つまり歩兵と小火器火力では作戦進行度1を達成できないことが分かった。


 その後、状況は強度区分2ndグレードに移行。半径約2kmの戦闘区域に1機のAH-64アパッチ戦闘ヘリが飛来する。地上では2台のM1126ストライカー装甲装輪戦闘車と4台のM2ブラッドレー歩兵戦闘車が増援の歩兵部隊を先導するように道路を進む。


 強度区分2ndグレードに移行したことにより、対モンスター戦闘は一気に有利になった。30mm機関砲と無誘導ロケットが空から進路を切り拓き、先導する6台の装甲戦闘車が近づくモンスターを12.7mm重機関銃と40mm擲弾でなぎ倒す。その余波を受け、薄汚れたスラム街の建物が次々と破壊され、遠目でも分かるほどの煙が空に立ち上がる。


 モンスターと共に街まで破壊される光景は明らかにオーバーキルなものだった。この光景を日本の首相官邸で見る飯沼総理は、東京都西部の住宅地を思い浮かべる。そして、早速同じことを日本で出来る訳がないと結論付けた。リモートで同じ画面を見る安全保障局の職員や自衛隊幕僚幹部達も同じ結論であっただろう。


 もっとも、太平洋を挟んだお隣米国でもこの光景 ――強度区分2ndグレード―― は直ぐに終息した。当然の如く各方面、特にロサンゼルス市政や州政府からストップがかかったのだ。


 特に真っ先に強く抗議をしたのはカリフォルニア州知事だった。この知事は「このような状況が続くなら、州軍はまず合衆国陸軍を排除しなければならない」とまで言ったようだ。その結果、この抗議によって、州兵と合衆国陸軍の合同部隊に一時的な指揮系統の混乱が生じた。


 ちなみにこの話は後日インターネット上でちょっとした「ネタ扱い」になった。というのも、この時のカリフォルニア州知事は往年のアクション映画スターだった。自身が過去に出演した映画の中には、今回のように米軍が都市部を攻撃する中、単身潜り抜けて敵(この時はモンスターではなくエイリアン)を斃すというシナリオのものがある。90年代後半の特撮とCGを多用した作品で一定の評価を集めている作品だ。


 その影響が多分にあり、元がアクションスターであることから「今回の作戦は実は知事が主導したのではないか?」「いや参加していたはずだ」などという半分ふざけたような内容の噂が、かなり早い段階から広まっていた。勿論噂でしかないが、自分への世間の目をよく認識している州知事は、それを打ち消すために激しい抗議をしたのは確か。


 また、当時の政権与党と対立する野党出身でもあり、兼ねてから現職大統領の政治政策に対立的であった。そのため、尚更強く反発したという分析もある。


 とにかく、州知事を始めとした抗議により強度区分2ndグレードは早くも中断。ただ、中断までの時間にそれなりの成果を上げており、歩兵を中心とした部隊がメイズ内に送り込まれていた。これで状況は作戦進行2段階目に入ったのだ。


 その後メイズ周辺ではリスポーンするモンスターと小火器を装備する軽歩兵の戦闘が散発。ただ、火力が元に戻ったため、全体としてモンスターに押される展開となる。最終的にはメイズが固定化されたスキッド・ロウ地区の倉庫へ続く2本の道路を補給線として維持するのが精一杯な状況となった。


 また、作戦進行2段階目の先鋒を担った200人規模の中隊は8層で人的被害の増加と弾薬不足に陥り先へ進めなくなってしまった。


 そのため、作戦開始から3時間経過した日本時間の3:00、遂に強度区分3rdグレード、つまり民間のメイズウォーカーが投入された。その規模は12PT総勢100人。彼等の内7PTがメイズ外部のモンスターとの交戦に加わり補給路を確保。残り5PT、総勢40人がメイズ内部へアタックを開始した。


 そして、日本時間の6:30現在、民間のメイズウォーカーによるメイズ内へアタックは9層に達していることが確認されている。


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 これは、望遠撮影のリアルタイム映像ではなく、事後に回収された自律制御型ドローンが撮影した近距離からの映像から判明したことだが、実はこの時、兵士が所持する火器の火力と比較して、メイズウォーカーが用いる火器の威力が、はるかにモンスターに対して有効に作用していることが分かった。


 米国政府はこの事実を来年2月まで公表しなかったが、その映像をシェアされた同盟国は流石にその違いに気付いた。兵士が所持する5.56mm弾を用いるAR15系統の自動小銃や軽機関銃よりも、メイズウォーカーが発砲した9mm拳銃の方が遥かに有効にモンスターにダメージを与える。それは不可解な光景だったが、事実は事実だ。


 そして、この事実に幾つかの推論が建てられた。特に日本のように基礎工業力や材料工学、特殊冶金技術が発展した国は、これまでの自前の研究結果を元にある推測を立てる。それは「弾丸が違う」や「材質が特殊」という推測を経て「メイズ産の材質を使用した特殊弾丸の存在」へとたどり着くほぼ正解・・・・と言えるものだ。


 ただ、これは現在の状況とは余り関係がない。各国軍隊が現在使用できる武器弾薬は手元にあるものに限られている。


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 田有の街中に立つ1軒のボロアパート。その1部屋には、酔いつぶれた老年男性と青年のいびきふいごのような音を響かせている。もっとも鼾が大きいのは老年男性の方で、青年のほうは少し大きめな寝息、といったところ。ただ、隣から上がる鼾に全く気付かないほど熟睡しているようだ。


 そんな部屋の明かりは落ちているが、1つある机の上では青年の持ち物であるタブレットPCの電源が入っており、その明かりを覗き込む小さな生き物の姿があった。


 画面は日本国外の動画配信サイトの映像を映している。そこには超望遠で不鮮明ながら、さながら戦争映画のような光景が映されている。しかも兵士達が戦う相手は人ではなくモンスター。つまり、この時米国で行われていたモンスター掃討作戦を何者かが撮影してリアルタイムで配信している、その動画だ。


 画面を覗き込む小さな生き物は、人語で小さく呟き声を上げた。


「……オカシイのだ……兵士がメイズ内に入ったのに、外の魔物のリスポーンが止まらないのだ……」


 それは、その生物が居た世界における「魔物の氾濫」との違いに戸惑う声だった。


「……氾濫を起こしたメイズも、中で間引けば氾濫は止まるはずなのだ……それなのに、何故なのだ?」


 その生物はそう呟くと、同じ机の上に置かれた鏡を見る。鏡は少し白み始めた部屋の壁を映しているだけだった。


「どういうことなのだ……大輝様」


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 時刻は25日の8:30。救出作戦はまだ始まらない。昨晩から続く火事に対する避難ゾーン内の消火活動は漸く終わりつつあった。空は昨晩からの雨が上がり、晴れ間が顔を覗かせている。高高度からの偵察が可能な状況だ。一方その間、米国の作戦進行を伝える画面には、テキストメッセージとして


 ――メイズウォーカーPTが10層踏破――


 という情報が流れる。


 そして、花小金井駅南側の前衛拠点司令部テントに安全保障会議からの連絡が直接・・入る。それは、


 ――米国の作戦に倣い、重火器の使用を控えて[受託業者]を最大限活用した作戦に変更せよ――


 と言うものだった。


 テントを出て空を見上げる高橋陸将補。クリスマスの朝の冷たい空気の中、低い雲の切れ間に2機のF-2が作り出す飛行機雲が見えた。


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