*幕間話 乙状況、政府の対応
12月24日は、都合3回の安全保障会議が開かれた。その内、夕方18:00から開始された3回目の会議は、その後「現在の状況が終了するまで常設とする」という決定が下された。夕方のニュースから一気に火が着いた国民の関心やマスコミの追求を躱すための
これにより日本政府は[常設安全保障会議]―[対策センター]―[地方自治体・各行政省]-[現場警察・消防・自衛隊]という対応組織を組み上げることになった。この対応組織は奇しくも震災や洪水などの災害対応時とそれほど変わりが無い。そのため、日頃「縦割り行政」を非難されがちな日本政府だが、一度組織が組み上がると、「災害大国」の面目躍如とばかりに、その後の運営はスムーズに行われことになる。
しかし、一旦スムーズに流れ始めた対応が、政治家のエゴや不用意な発言で突然遮られたり、方針転換させられたりする事もまた、しばしば起こり得る光景だ。特に事態の解決に「武力」を用いなければならないこの場合、そして
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18:30には会議を一時中座した飯沼総理による記者会見が実施され、日本国内の状況が総理大臣の口から国民へ伝えられた。小金井と府中を中心とする東京都西部の「スタンピード事件」(乙状況は政府内の符丁であるため、プレスリリースは米国と同じく「スタンピード事件」と呼称)を事実と認め、周辺住民へは警察と自衛隊による避難誘導に従うよう要請。それ以外の国民には冷静な行動を呼びかけた。
また、これに先立ち15:30に発令された自衛隊への「災害派遣」は17:30時点で東京都知事の要請を受けた「治安出動」へと改められた。共産党以外の野党各党が内々に同意したためだ。特に野党最大勢力はこの地域の選挙区に議席を持っている。そのため協力的にならざるを得ない、という内情があった。遅くても来年の秋、早ければ来年の3月頃に衆院解散が見えているため、政治的な妥協だ。
もっとも、「治安出動」(これ自体、自衛隊史上初の出動命令であるが)よりもより強度の高い「防衛出動」に関しては、一定の歯止めをかけることが
この点に関しては、後日SNS等で自衛隊員の装備の貧弱さを指摘する風潮と、過剰装備であると懸念を示す論調が衝突し議論を呼ぶことになるが、今はその時ではない。ただ、直近の影響としては宇都宮から急行した中央即応連隊の装備の多くが現場に入れず、練馬駐屯地に待機することになった。
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飯沼総理の記者会見に前後して、小金井緑地公園内に取り残された人々の存在がマスコミによって報じられた。特に「近隣の小学校が課外授業を行っており、3年生の2クラス分の児童が未だに内部に取り残されている」という情報は、米国から配信されたモンスターと兵士との戦闘映像や破壊されたスラム街の映像と相まって、国民の不安と興味、マスコミの報道意欲を大いに煽り立てた。
中には何とか内部の映像を撮ろうと避難ゾーンに入り込む者や、(流石に報道ヘリを飛ばす愚か者はいないが)ドローンを飛ばして空撮を試みる者が現れる。これらの行為の内、徒歩で避難ゾーン内に進入した者は警察によって殆ど排除されたが、その一方、ドローンによる空撮は別の問題を引き起こした。
火災である。
電波障害で通信が不通となっている空域でまともに機能するのは高度な自律飛行機能を備えた軍用ドローンに限られる。その他多くの民生用ドローン、遠隔制御やGPS制御を用いるドローンは、制御を失い避難ゾーン内に墜落することになった。その結果、搭載しているリチウムイオン電池が墜落の衝撃によって破損し、無人となった民家で火災が発生するとになる。この対応に消防、警察、自衛隊が追われることになった。
火災に関しては、府中の太磨霊園周辺に於いても発生している。ただ、府中の方は避難ゾーンの更に奥に設定された警戒ラインの内側で火災が発生している。そのため、消火活動が出来ず、燃え広がるのを見守ることしかできない。
一方、小金井緑地公園周辺の火災は避難ゾーンで発生している。そのため、何とか消火活動が可能なのだが、それが反って
また、ドローンによる火災の発生は思わぬ形で自衛隊の偵察活動も妨げることになった。大沼総理の記者会見から1時間後、定例会見を開いた官房長官が記者の質問に対して「自衛隊はドローンを飛ばしていない」と断言したのだ。
これは完全に勇み足な独断的発言で、実は現場は限られた機材をやり繰りし、完全自律制御型の偵察ドローン(18年度予算で米国から購入した)を飛ばす直前だった。それが、この官房長官の発言によって不可能になった訳だ。結局、警戒ライン内側の様子は電波障害範囲を超える高高度、少なくとも高度2,000mからの空撮を頼るしかなくなった。
こうなると、マズイのはこれまで航空自衛隊が保有していたRF-4EJが今年の3月で退役したということ。代替はドローンと新鋭F-35Aのセンサー類を活用することにしていたが、肝心のF-35Aは青森の三沢基地に配備されている。しかも、新鋭機過ぎて、作戦行動前の検証期間の只中だ。そのため代替として百里のF-2に光学偵察ボッドを取り付けて偵察を行うことになった。ただ、準備に時間を要するため、偵察が可能になるのは翌朝を待つ必要があった。また、折からの曇天は分厚い雨雲を以て東京西部を覆いつつある。そのため、光学的な偵察は機材の準備が整ったとしても、実行可能か疑念の余地が残った。
このことにより、花小金井駅前衛拠点の高橋陸将補らは、航空偵察が可能となる時刻まで、目と耳を塞がれた状態で救出作戦を練らなければならなくなった。これは現場にとって非常に大きな負担となった。
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現場の負担といえば、それ以外にも「[受託業者]を活用せよ」という自衛隊からすれば無茶苦茶な政府の要請があった。
政府側は、この時点で[受託業者]そのものの有効性を認識していないが、事態の解決に[受託業者]の関わっている事を示すことで「
現在[
ただ、現場からするとこの要請は負担でしかない。目下の最優先は何を置いても「救助」だ。
救助を待つ人々の大半は10歳に満たない児童。体力的に飲まず食わずでこの状況が数日も続けば命に関わる事態になる。また、避難した先がメイズの中というのも、本質的に安心できる状況ではない。幼い命を救いうる時間的な猶予はそう長くはない。
そのため、高橋陸将補ら現場の指揮官は政府の要請を飲むだけ飲んで、[受託業者]は同行させるが戦闘に関与させるつもりはない。確かに彼等の戦力が有効な場合があるかもしれないが、作戦は整備され訓練された指揮系統の下で行うものだ。そこに
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それでも現状は現場指揮官や作戦立案、実行者にとって最悪の様相を呈している。
偵察は未実行。敵情は不明。なれど要救助者に時間的猶予無し。満足な偵察が出来ず、機を待って適を成す作戦は立案不可。本来ならば、十分に偵察を行いモンスターの動向を把握した後、四方から陽動を仕掛けつつ、
その状況下、指揮テントに詰めかけた高橋陸将補以下の面々は32型液晶モニターに映される光景を食い入るように見つめている。そのモニターには、遥か遠く離れた同盟国米国の対スタンピード作戦の光景が映し出されていた。
画面の中で段階的に作戦を実行していく米軍のほぼリアルタイムに近い情報配信を、高橋陸将補以下の花小金井駅前衛拠点の面々は固唾を飲んで見守る。そこに何かしら今の状況を打開するヒントを得ようと、画面を見つめる表情は鬼気迫ったものがあった。
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