*36話 束の間の休息と突然の訪問


「ただいま~」


 無人の部屋に声が響く。時刻は20:30、場所は田有の自宅マンションだ。


 同居する妹の千尋はマー君が手配した都心の高級ホテルにお泊りとのこと。電波が通じるようになったスマホにそんなメッセージが入っていた。ちなみに「マー君は一緒じゃないよ、安心して」とのこと。どうも急用が入ってデートはキャンセルになったらしい。ただ、その埋め合わせなのかルームサービスが頼み放題らしく、千尋はそれをエンジョイしているようだ。やたらと上品な料理の写真が幾つも送られてきていた。


 とここで背後から、


「おじゃまします」

「おじゃましま~す」

「おおお、じゃす」

「……ます……」


 と、4つ声が上がる。メンバーは里奈、朱音、飯田、そして飯田の彼女(?)の片桐さんだ。全員が疲れた様子。「これからクリスマスパーティーをやるぞ!」というノリではないし、状況でもない。では、なぜこの4人が俺のマンションに来たかと言うと、早い話「帰宅困難者」だからだ。


 東京都西部の交通状態は、予想通り大変な事になっていた。まず西部方面へ伸びる各路線がストップ。それを受けて都心や別方面へ伸びる路線が大幅な遅延と間引き運転となっている。地震のような大規模災害と異なり、道路インフラは一部を除いて普通の状態だが、そこに車が集中することで大渋滞の様相を呈しているらしい。


 花小金井駅の北口には代替輸送のバスから降ろされた客が(避難区域であるにもかかわらず)ひしめいていた。当然タクシーなど拾えるわけもなく、俺達は別れたばかりの国家安全保障局係長の吉池さんに泣き付くことになった。


 ただ、国家権力エリートキャリアな吉池さんでも「準備できる車は1台がやっとです」とのこと。それで話し合った結果、最寄りで収容スペースがある俺の自宅マンションに行くことになった、という訳だ。


 ちなみに岡本さんは徒歩で自宅へ帰り、駅で片桐さんと一緒に待っていたミッキーさんは自分の車(二人乗りのジープ)で横浜に帰った。ただ、ミッキーさんには折れてしまった[時雨]の代わりになるカタナソードと朱音のオーバーホール中のリカーブボウを明日の朝までに届けて貰う、というお願いをしている。そのため、多分今晩一番忙しいのはミッキーさんだ。頑張れ中年乙女(♂)!


「部屋は適当に分けて使ってくれ。シャワーとかトイレとかエアコンとか……使い方なんて一緒だから分かるよな」


 と適当に言う俺。ちなみに千尋の同意は取ってある。ちなみについでに言うと、各自の着替えや食料は途中のショッピングセンターで仕入れている。多分滞在は問題ないはず。


「じゃぁ私、コータ先輩の部屋で――」

「それはダメだ」


 早速ふざけた発言をする朱音にピシャリと言う俺。「適当に分けてって言ったじゃないですか~」と抗議しているが、空気を読めと言いたい。見ると里奈もジト目で朱音を見ている。


「シャワーでも浴びてくれ」


 俺はそう言うとキッチンに向かい、人数分のコーヒーを淹れる。リビングの方では早速シャワーの順番を決めるじゃんけんが始まった模様。だた、声だけ聴いていると飯田が「おおお、おさきに」と言い、片桐さんが「みみみ皆さんん、おおお、お疲れだから」と譲る姿勢。そのため、じゃんけんは里奈と朱音でやるみたいだ。その結果、


「じゃぁ、1番シャワー? お借りしますね~」


 と朱音の声が聞こえてきた。声だけ聴いていると、お泊り会でもやっているノリだ。明日は結構大変な事になりそうなのだけど、マイペースな朱音を見ているとその事を忘れそうになる。


「はい、コーヒー、砂糖とミルクは適当でどうぞ」


 一方俺はコーヒーをリビングに運んで、そう勧める。4人掛けのテーブルには飯田と片桐さんがくっついて座っていて、里奈はPC机の方に寄りかかっている。と、里奈が口を開いた。


「あの、森岡さん? が言ってた戦闘能力って何だろうね?」


 色気も素っ気もない発言だけど、まぁ気になるのは確かだ。ただ、俺は何となく当たりを付けているのでそれを口に出そうと、


「ああ、あれって多分――」

「説明しよう、なのだ!」


 言い掛けた言葉尻をハム太に奪われた。というか、いつの間にハムスター形態に戻ったんだ、コイツ。


「あの愛想の悪い感じの男は【鑑定】スキルを持っていたのだ!」


 ああ、やっぱり、そう言う事だよな。一方、里奈は突然現れた喋るハムスターに驚きつつも、


「……アナタがハム太?」


 と言う。ああ、そう言えば紹介してなかったな。あ、そう言えば!


「お初にお目にかかるのだ! でも里奈様の事は大輝さ――うっぷ」

「? ダイキサ?」


 大輝の名前を出しそうになるハム太の口を頭ごとガバッと押さえる俺。危ないところだ。


(どうしたのだ?)


 と抗議の【念話】を送るハム太。対して俺は、大輝の事を話すのは今じゃない、と念じる。


「なに、そのダイキサって?」

「ああ、大好きさ、だろ? ハム太」

「そ、そうなのだ、里奈様の事はハム美から聞いて、吾輩大好きなのだ」


(これで良いのだ?)


 上出来だ。


「? まぁ、ハム美の件も説明をして欲しいんだけどね、コータ?」


 あ、お鉢がコッチに回ってきた。やばい、どうする? [たたかう/逃げる]……誤魔化しながら逃げよう!


「まぁ、それはオイオイ説明するので、それでハム太、あの戦闘能力とかレベルってどういう事なんだい?」

「あの男のスキルは【鑑定:Lv3】だったのだ。まぁLv3もあれば大体の事は分かるのだ」

「うんうん、それで?」

「吾輩の場合、強さの指標を[修練値]と表現するが、あの男はその部分が単純に[レベル]と解釈されているのだ」

「へ~、つまり?」

「え……だ、だから……同じ物、例えばリンゴを見ても、吾輩は[赤い]と感じるとして、コータ殿は[甘そう]と感じる、くらいの差なのだ」

「ほうほう、つまり、同じ物を見ても受け取り方が違う、ってことだね?」

「そ、その通りなのだ!」

「里奈、そういことだってさ。あ、もうこんな時間だ、俺この近くにアパートもあるから、今日はそっちで寝るわ、また明日な、おやすみ~」


 コータは逃げ出した――


*********************


 ――しかし回り込まれた。


 ちょうど玄関を出てエレベーターに向かおうとするところ、背後から里奈が追いかけてきた。そして、


「ちょっと待ちなさいよ」

「……なんでしょう?」

「なんでしょう? じゃないわよ……まったく」


 里奈はそう言うと、呆れるような微笑むような表情でちょっとだけ肩を竦める仕草をする。高校時代、何度も俺に向けられた仕草と表情だ。その時の彼女と今の里奈が重なって見えて、不覚にもドキッとしてしまう。


「今日、助けてくれたことのお礼を言ってない」

「……グウゼンダヨ」

「んな訳あるか!」

「じゃぁ1万円」

「金取るのか!」

「……明日どうするの?」

「放って置けないでしょ」

「だよな……」

「ありがとうね、声を聞いた時、嬉しかった」

「1万え」

「ばか、じゃぁお休み!」

「お、おやすみ」


 そう言って駆け戻っていく里奈の後ろ姿を見ながら、俺は、


 色即是空、空即是色、色即是空、空即是色……


 結局、般若心経を呟きながらアパートに到着していた。そして、


*********************


「おお、コータ、待ったぞ!」


 アパートの玄関先で待ち構えていた豪志先生に捕まってしまった。普段道場で見る稽古着ではなく、ブルゾンにスラックスという姿の豪志先生はニィと笑って手に持った荷物を掲げて見せた。一つはコンビニの袋で中は缶ビールっぽい。そしてもう一つは明らかにそれと分かる刀袋。コンビニの袋を持っていなかったら、只の辻斬りですよ先生。


「せ、先生……なんで?」

「ああ、様子を見ようと思って向かっていたんだが、途中で里奈からこっちに向かったと聞いたので先回りした」

「ええ?」

「さぁ飲もうか」


 結局、今日の一連の出来事を喋らされた俺は、アパートの部屋で豪志先生と雑魚寝することになってしまった。この状況、解せぬ……。

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