*35話 協力要請


 タブレットPCを押し付けられた高橋陸将補は少しだけムッとした表情をした後、それを受け取って画面をのぞき込む。少し見にくそうに画面を離して、指でスクロールさせながら「う~ん……」と唸る。何度も何度も見返しているようだ。


 そのを保つように、吉池さんは少し離れた場所に居る同僚(?)に対して「コーヒーと、あと何か軽食を」と声を掛ける。そして、俺達の方に向き直ると、


「現在、小金井緑地公園の他に府中の太磨霊園周辺でも同様の事態が起こっています。後はアメリカと南米、ヨーロッパ各国、アフリカでも確認され、2時間前には中国、1時間ほど前にタイとマレーシアでも確認されました。世界的な現象です」


 割とショッキングな事をサラッと言った。世界同時多発かよ……ハム太、どう思う?


 だが、ハム太の返事はない。普段なら【念話】が切れていてもモゾモゾと気配を感じるのだが、それも無い。魔石に戻ったのだろうか?


「それで日本の対応は、それぞれ発生個所から半径5kmの範囲で住民の外出自粛要請と外部からの立ち入り禁止措置、半径3kmの範囲で避難指示を――」


 吉池さんの説明は続く。どうやら、発生源のメイズから半径5kmの範囲を立ち入り禁止ゾーン、半径3kmを避難ゾーン、半径1.5kmを警戒ラインと設定しているらしい。小規模メイズからの「魔物の氾濫」が大体半径1kmの範囲と(ハム太から)聞いているから、奇しくも警戒ラインは相応な範囲に設定されていることになる。


「あのさ、ちょっと電話させてくれない?」


 とここで岡本さんが話の腰を折る。ちょうど、吉池さんの同僚(?)の化粧ッ気のないスーツの女性がコーヒーとサンドウィッチをドサドサと持ってきたところだ。


「ああ、すみません……ちょっと田中君、この方を電話に案内して」

「はい、こちらです」

「スマン、ちょっと電話してくるわ」


 その後、岡本さんは田中と呼ばれたスーツ姿の女性職員に先導されてメインフロアの方へ歩いて行った。一方、残った俺達は吉池さんの勧めでサンドウィッチに手を伸ばす。なんでもないコンビニのサンドウィッチだけど、こんなに美味かったっけ? と思うほど美味しく感じるから不思議だ。


 その後はしばらくサンドウィッチをもしゃもしゃと食べる時間が続く。ただ、目の前では高橋陸将補と2人の制服自衛官がタブレットPCを回し見して「う~ん」とか「はぁ」とか呻ったり溜息を吐いたりしている。


 10分ほど経って岡本さんが戻って来た。随分と機嫌が良くなった風に見える。


「連絡とれました?」

「ああ、取れたよ。これからアパートに戻るって……あの、吉池さんだっけ? タクシーの手配とか色々ありがとう」

「いえいえ、良かったですね」


 なるほど、移動手段とかの便宜を図ってくれたのか。多分交通機関が随分と大変な事になっているだろうから、この手配は有難いのだろうな。そういえば千尋は大丈夫かな? まぁマー君と会うって言っていたから、金持ちパワーで何とかなっているだろう。


 俺がそんな風に考え、岡本さんが遅まきながらサンドウィッチに手を伸ばしたところで、高橋陸将補が話しかけてきた。ただ、随分と硬い表情になっている。


「岡本さん」

「フヒ」

「いや、食べながらで結構です」

「あ……」


 間が悪くサンドウィッチを頬張った岡本さんは変な感じの返事になるが、慌てて口に押し込むと冷めたコーヒーでそれを流し込んだ。そして、


「はい、なんですか?」


 と高橋陸将補に向き直る。対して高橋陸将補は、


「実は、明日朝から体育館内メイズに逃げ込んだ人達の救出作戦を始めることになっているんだが……」


 そこまで言うと、一度口を真一文字に引き結ぶ。道場では見た事ない厳しい表情になる。そして、


「チーム岡本として協力してくれないだろうか?」

「は?」

「なんで?」

「フボッ」

「え?」


 予想外の申し出に岡本さん以下、俺も飯田も朱音もそんな反応になった。


*********************


「我々自衛隊が3つのメイズを管轄していることは知っていると思うが、そのメイズで一部部隊による局地戦闘訓練を定期的に実施している。いわゆるCQBやCQCと呼ばれる至近距離戦闘の訓練だ」


 高橋陸将補の後を受けて説明を始めたのは森岡中央情報ナントカの副隊長さん。彼はそんな風に切り出すと、


「勿論、特殊な環境でのモンスターを相手にした実戦そのものな訓練だから、それを教導する専門部隊が存在している。彼等は平時の訓練とは別に管理を受け持つ3つのメイズの調査、踏破階層の深化という役割も持っているのだが――」


 と続ける。意味は分かるが、何が言いたいのか良く分からない。そんな森岡副隊長さんの遠回りな話は、要約するとこんな感じだった。


 ――教導部隊は2016年から国内メイズの内部調査に関わってきた精鋭で構成されている。部隊規模では大きく劣るが、練度や能力、踏破したメイズの階層は米国陸軍の専門部隊と比較しても引けを取らない精鋭部隊だ。その精鋭部隊がつい数日前に自衛隊が管理する或る中規模メイズで遂に15層に到達した。だが、その15層で遭遇したモンスターによって撤退を余儀なくされてしまった。


 自衛隊が誇るメイズ訓練教導部隊を撤退に追い込んだモンスターとは、先程チーム岡本が来場者会館前で死闘を繰り広げた赤い鬣を持つ巨大な犬レッドメーン。その姿を防犯監視カメラの映像で確認した瞬間、その場に居た全員が、避難しようとバスに乗り込んだ人々を含めた全滅を覚悟した。


 しかし、戦闘の結果、チーム岡本は負傷しつつも2匹を斃してしまった。しかもその戦闘は魔法スキルの存在こそ確認できたものの、銃火器を全く使用しないまさしく・・・・肉弾戦法。これは大いに驚くべき光景だ――


 とのこと。それで、


「失礼な話だが、君たちの戦闘能力・・・・を解析させてもらった」


 と続ける。戦闘力の解析って何のことだ? そんなマンガみたいな話があるのか、と思わず俺達は里奈を含めて顔を見合わす。対して森岡副隊長は、


「まぁ……そういう解析ソフトを開発したのだよ。それで分かった事は、君たちチーム岡本の各人の戦闘能力がLv6~7ということ。驚くべき数字だ。先日退却した教導部隊の平均戦闘能力がLv6であることから考えて、これは高い数値だ。しかも、普段は[受託業者]としての活動をしていない五十嵐さん、貴女でさえ戦闘能力がLv5を超えている」


 この辺りで森岡副隊長は少し興奮気味になる。表情はそのままだが少し早口になりだした。そして、


「しかも習得したスキルは有用な物ばかりで、バランスが良い」

「え?」

「森岡君!」


 その森岡副隊長の言葉に思わず俺は「え?」と声が出してしまった。というのも、外面的な能力ならば、「解析ソフト」とやらで監視カメラの映像でも解析すれば、何かしらの推量をすることはできるだろう。でも、内面的なスキルの種類まで分かるのは、流石にオカシイ。


 目の前では、高橋陸将補に鋭く叱責された森岡副隊長が「しまった」という顔。一方、その横では倉田連隊長がそっと額に手を当てている。その光景に、俺はなんというか、分かった気・・・・・になって、さっきから自己紹介もしないスーツ姿の30代男を見る。すると一瞬目が合ったが、直ぐにその男は目を逸らした。そして、


「私の用は済みましたので、これで失礼――」


 と言って席を立ち、佐原課長と吉池さんをかき分けるようにしてボックス席を後にした。


「スキルまで分かるなんてすごい解析ソフトですね」


 その背中にも聞こえるように、俺は敢えて大き目の声で驚いた風に言う。まぁ、そう言う事にしておいてあげよう、という意味だ。


「そうなんだよ、いや~日本の技術力は凄いね~」


 対して高橋陸将補は良く知る「高橋さん」の顔でそう言った。生え際が上がって広くなった額がテカッと汗で光沢を帯びて見える。


*********************


 それで高橋陸将補が切り出した「協力要請」の中身とは、明日朝に予定されている救出作戦に同行し、部隊の戦力のバックアップになって欲しいというもの。


「いや、決して君たちを戦闘の前面に押し出すつもりはない。ただ、バックアップとして万一の備えになって欲しいんだ。実は[管理機構]経由でランク上位・・・・・の[受託業者]にも依頼を出している」


 と言う高橋陸将補に対して岡本さんは、


「ひと晩考えて決めます。ただ、やる気になったとしても報酬面が『日当5,000円』なんてふざけた内容だったら協力は出来ませんよ」


 と言った。明らかに先日の荒川公園メイズでの初期調査を引き合いに出した[管理機構]への当てこすり・・・・・で、それを聞いた佐原課長は縮こまってしまった。ざまぁ。


 それで、高橋陸将補は、


「そうか、良い返事を待っている。救出作戦は明日の7:30。それまでに住民の避難が終わっていればだが、予定は7:30開始だ。6:00に皆さんの自宅へ迎えを送る」


 と、読み取れない表情で言った。安心と不安、懸念、自責、色々な感情が入り混じったところに蓋をして重石を乗せたような、複雑な表情が印象的だった。

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