*34話 打たせ上手な高橋さん
スーツ姿の若い男は「内閣危機管理局の吉池です」と名乗った。差し出した名刺には「政策1係・係長」の文字がある。それで里奈は少し緊張したようだった。後で聞いたところ「エリートキャリアよ」とのこと。
ただ、吉池さん自身は全く嫌味の無い人物で、疲れた様子が表情に滲み出ているが、それさえなければ爽やかイケメンな感じだった。
そんな吉池さんは「ご同行を」と申し出たが、早速岡本さんの反発を喰らうことになった。まぁ、これは仕方ない。だって、岡本さんの2人のお子さんはさっき救急車で病院に搬送されたばかりだ。怪我などは無かったから、念のための病院行きなのだろう。しかし、搬送直前を自衛官達に遮られたので、岡本さんはお子さんに同行するどころか、搬送先さえ聞けていない。ということで、岡本さんは、
「どけよ!」
といきなりご立腹モードだ。まぁ、疲れているし空腹でもある。その上、子供と連絡を絶たれたら誰だって怒るよ。俺も
「すみません、岡本さん。お子さんの琢磨君と仁哉君の搬送先は聖華台病院になります。奥様が既に病院でお待ちですから――」
と吉池さんは、そう言って岡本さんを宥める。しかも、
「いまは携帯電話が通じませんが、あちらで自衛隊の回線を使って奥様と連絡を取れるようにします」
などと、抜け目ない。ただ、琢磨君の存在自体は小学校経由で調べられるが、なぜ仁哉君のことまで分かるのだろう? 大体、こちらは名乗っていないのに何で名前まで知ってるんだ? と疑問に思う。しかも、救急車が出発して2分も経っていないのに、岡本さんの奥さんの居場所や搬送先など
「……あの、どういうことですか?」
同じ疑問を里奈も感じたようで、そんな声を発した。
「それも含めて、あちらでお話を」
対する吉池さんは、そう言うとロータリーの端の方を指す。その先には妙に見慣れたファミレスのシルエットが薄暗がりに浮かんでいる。「チッ」と岡本さんの舌打ちが短く響いた。
*********************
案内されたのはロータリーの西端にある1軒のファミレス。看板の電灯が落とされ、店外照明も消えているが、まぎれもなく我らチーム岡本の元職場、FZアメージングフーズが展開する洋食ファミレスチェーンの店舗だ。
今はブラインドが落とされ明らかに営業していないが、中の明かりが外に漏れている。それに駐車場には[小金井市]や[小平市]、[東京都]とプリントされた公用乗用車やパトカーなどが多数駐車している。
見慣れた店内(花小金井店はチーム岡本の管轄外だけど、店の造りは何処も同じもの)に入ると、中は制服姿の警察官や消防隊員、スーツ姿の男、野暮ったい作業服姿の市役所職員などが忙しく動き回っている。その様子が通常の営業時よりも盛況に見えて何とも皮肉だ。
ただ、テーブルの上に並べられたのは自慢の(ファミレスとしては多少割高な)セットメニューではなく無骨な通信機器やPC類にモニター類ばかり。店舗奥の事務所からLANケーブルが幾つも伸びている事から、メイズによる電波障害の中で重要な通信拠点になっているようだ。
これは後から聞いた話だが、FZグループ総帥の
ということで、店内70席を超えるテーブルの内、使わずに取ってあるような喫煙席スペースに案内されたチーム岡本の面々はそこで複数の男達に出迎えられた。
まず、最初に立ち上がって駆け寄って来たのはスーツ姿の中年男性。彼は里奈の上司で佐原課長という。
「無事でよかった!」
と言う言葉に偽りは無さそうだけど、里奈達[管理機構]巡回係の面々をほぼ無防備な装備で現場に送り込んだ上司だ。
「里奈じゃなければ死んでましたよ、大体危険な現場なのは分かっている筈なのに、何の備えも無しに放り出すなんて、どうなっているんですか? そもそも、里奈達は公務員といっても警官や自衛官じゃないんでしょう、それなのに――」
イカン、話し始めると興奮してきた。ちょっと落ち着け、俺。
(おお珍しいのだ、コータ殿、言っちゃえ言っちゃえ、なのだ!)
頭の中では
と、この時、前方のボックス席から声が上がった。それは、ちょっと親し気な調子で、
「コータ君、もうそれくらいにしてあげなさい」
と言う。聞き覚えのある穏やかな声だ。ただ、この場の物々しい雰囲気とは結び付かない。そのため、
「へ?」
「え?」
俺と、それに里奈が思わず間の抜けた声を出してしまう。対して、声の主はボックス席から立ち上がりこちらを振り返る。
「やぁ、里奈ちゃんが無事で良かったよ」
「た……」
「高橋さん?」
振り返ったのは、五十嵐心然流の高弟で豪志先生不在の際は代稽古を勤める、「打たせ上手」な高橋さんだった。ただ、道場での稽古着ではなく、今は
「やぁ、道場の外で会うのも、制服姿を見せるのも、これが初めてだね」
高橋さんはそう言うと、自分の制服の胸の辺りを摘まんで引っ張り上げながら、顔だけは道場に居る時のように穏やかに笑って見せた。
*********************
「第一師団副師団長で練馬駐屯地司令を兼任されている高橋陸将補です……お知り合いとはお聞きしていましたが」
「まぁ、彼等が知っているのは道場での師範代の高橋ですから」
高橋陸将補の登場で毒気を抜かれた俺を始めとして、チーム岡本と里奈はファミレス内の喫煙席エリアに案内された。一番奥の8人掛けボックス席が2セット連結したスペースだ。そこで、安全保障局の吉池さんから改めて紹介された高橋さんは「陸将補」という肩書の偉い人だった。それで、思わず、
「大企業の役員だって言ってたじゃないですか」
と俺が言うと、高橋さんの左右を固める制服の2人がジロッと俺を見た。睨んだ訳ではなさそうだけど、十分コワイです。
ちなみにボックス席には高橋陸将補とその制服自衛官2人、吉池さん、佐原課長、そしてスーツ姿の30代前半位の男性が居る。その内制服自衛官2人は
一方、スーツ姿の30代男性は一言も発しない。時折こちらをチラチラと見ながら、何やら手元のタブレットPCにメモを書き込んでいるようだ。掴み処のない感じで、「特徴が無いのが特徴」といった風だが、何者なんだろうか? 吉池さんの同僚という感じではなさそうに感じる。
「ははは、あれは冗談だよ。大体、道場内には外の立場は持ち込まないのが豪志先生のやり方だよ」
一方高橋陸将補は俺の言葉を笑って流す。そして、
「豪志先生には里奈ちゃんの無事を伝えてある。随分心配していたよ、ああ見えてもやっぱりお父さんだね……で、これで一旦私的な会話を止めにして、本題に取り掛かろう」
と切り出し、居住まいを正して陸将補の顔になると、
「まず、子供たちを中心とした民間人の救出劇は途中から監視カメラの映像で確認していた。大したものだと思う。国家国民の安全を担う職責として、皆さんにお礼を言う。ありがとう」
と言い頭を下げた。これに2人の制服自衛官と吉池さんが
その後の高橋陸将補と吉池さんの説明では、時間にして16:00前から、緑地公園内に点在している防犯監視カメラの映像がオンラインで確認できるようになっていたとのこと。そのため、来場者会館周辺での戦闘の幾つかは、不鮮明な映像ながら確認できていたらしい。その映像から、活動しているのが[受託業者]のチーム岡本だと分かり、先程の吉池さんの
「戦闘の様子を見させてもらったので、それについても後でお願いがあるが、先ずは、体育館の方に避難している集団について、詳細を教えて欲しい」
高橋陸将補は後に含みのある言い方をするが、当面重要なのは避難中の集団に関する詳細情報の様子。そう言って、再び頭を下げた。
*********************
緑地公園内の市立体育館に出来たメイズ。その中に子供たちを中心とする集団が逃げ込んでいることは、その間際に体育館事務所の固定電話から入った通報によって認知されていた。里奈が言うには、小金井署の安井という地域課巡査部長が発した通報らしい。
ただ、その時は
「生徒の数は60人、小金井第六小学校の3年1組と2組の生徒です。先生は三田先生ともう1人は学年主任だと聞きました。先生はその2人です。後は、巡回係の大島さんと水原さん、それに小金井署の安井巡査部長と柿崎巡査。それに[群狼第3PT]の6人が中に居るはずです」
そう説明する里奈は、次いで中の人達の怪我の状況を伝えた。子供たちに大した怪我は無いが、その一方で柿崎巡査という人は右手首を失う大怪我だという。メイズハウンドに食い千切られたということだ。
その後、里奈は中に食料や飲料水の蓄えが無いことを伝え、直ぐにでも救出するよう高橋陸将補に訴える。別に里奈が悪い訳ではないし、寧ろ最悪の状況下で最善の策を取ったと思うが、里奈本人は責任を感じているようだ。多分「自分が誘導したのに自分だけが先に安全な場所に辿り着いてしまった」なんて考えているのだろう。全く、分かりやすい奴だ。
「お願いします」
里奈は高橋陸将補に何度も頭を下げる。対して高橋陸将補はそんな里奈を押しとめると、
「分かったから、救助は必ずする。それが我々の任務なのだから」
と言い聞かせるように言う。
するとその時、場の空気を全く読まない感じでスーツ姿の30代男が立ち上がる。そして、
「高橋さん、コレを」
と言いつつ、持っていたタブレットPCを(佐原課長と吉池さんの頭上越しに)差し出してきた。一体なんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます